子どもに「お金持ちになるにはどうすればいいか」と聞かれたら、どう答えればいいのか。多くの富裕層と交流がある不動産コンサルタントの午堂登紀雄さんは「これには正解がなく、子どもによって適切な表現があるでしょう。ただ、小2の長男が『不登校宣言』をしたときに、私がかけた言葉は参考になるかもしれません」という――。
お金をたくさんもらえる人の特徴
夏休みもあとわずか。子どもたちから意表を突いた質問をされ、答えに窮することもあったでしょう。
たとえば「お金持ちになるにはどうすればいいの?」と聞かれたら、どう答えるでしょうか。
ここに正解はないとは思いますし、子の年齢や感受性、理解力などによっても最適な回答は異なるでしょう。
そもそもなぜお金持ちになりたいと思ったのか動機が気になるところですが、私ならこう答えるだろうと思います。
「人や社会の役に立つ人間になって、『ありがとう』という感謝の声をたくさんもらえる大人になることだよ」
するとおそらく「それどういうこと?」と聞かれると思います。そこで、
「お金をたくさんもらえる人は、難しい問題を解決したり、みんなが喜ぶような商品やサービスを作ったり、人の願いをかなえてあげたり、人に夢や希望を与える人なんだ。だからその感謝の対価としてお金をいただけるんだ」と説明します。
あらゆる仕事は顧客の問題解決業
わかりやすい例を挙げると、たとえば売れっ子漫画家は、日本だけではなく世界中の読者を楽しませている。だから売れる。だからたくさんの印税や版権収入を得られる。売れっ子作曲家も、多くの人が感動したり元気をもらえるような楽曲を作っているから、たくさんの印税収入が入る。作家やクリエイターなども同じです。
実業であっても、たとえば弁護士は顧客の法的課題を解決するからこそお金をいただける。その課題がより難しく複雑で、さらにほかの弁護士よりもより満足度の高いソリューションを提供できる弁護士が、より多くの報酬をいただける。
あるいはエステサロンや植毛などは、顧客の「こうなりたい」という願望(課題)をかなえる仕事ですが、それを望んでいる人が多いからこそ、これほど巨大な産業になっているわけです。
そもそもあらゆる仕事は顧客の問題解決業です。
その中でもより多くのお金を手にできるのは、その問題解決を、他人よりもうまくできるとか、速く正確にできるとか、より顧客に満足してもらえるからでしょう。あるいは、ほかにやってくれる人が少ないという場合もあるとは思います。
むろん顧客とは、直接的な得意客や消費者だけでなく、会社員なら自分の上司や自部門、自分が勤めている会社そのものも顧客になるでしょう。
逆に言うと、顧客からの「ありがとう」の声が小さいとか、ありがとうの数を少ししか集められない人は、お金持ち(ここでは資産額ではなく収入を前提にします)にはなれないということになります。
これは、高校生や大学生など、ある程度の社会的知識や職業知識を持ってからの方がピンと来るかもしれません。
小2の長男が「不登校宣言」したときに、かけた言葉
そしておそらく次に来るであろう子どもの疑問は「じゃあ、どうしたらそんな人になれるの?」ではないでしょうか。
そこで私が数カ月前、小学2年生の長男に言ったのは「たくさん勉強することだよ」でした。
私の長男は発達障害(自閉症スペクトラム)ということもあり、集団生活が苦手です。
それで今年2年生に上がってすぐ、「学校楽しくない! 学童楽しくない! もう行きたくない!」といきなりの不登校宣言(普段は支援級ですが、普通級にも合流していますし、1学年300人近くいるマンモス校ゆえに学童も人でいっぱいなのです)。
そこで、こう話しました。
「学童はやめていいよ。ほかの民間学童を探してみよう。でも学校の勉強は大事。たくさん勉強すれば、お金持ちになれるよ。お金持ちになれば、ニンテンドースイッチもたくさんできるよ。動画もたくさん観られるよ。でも勉強しなかったら、お金持ちになれないから、ニンテンドースイッチもできないよ。だから学校は行こうね」
長男はニンテンドースイッチが大好きなので、これをエサにしたのです。
すると長男は純粋だからなのか「うん、僕、お金持ちになる。お金持ちになってニンテンドースイッチいっぱい買う。だから勉強する」と言って以来、一度も学校に行きたくないとか勉強したくないとは言わず、毎日黙々と学校へ行き、学童の代わりに選んだ個別学習塾へも淡々と通っています。夏休みの現在は毎日夏期講習ですが、文句の一つも言わず「行ってきます!」と塾へ行っています。
ゲームをエサにしてもいいのか
重要なのは、この回答がいいとか悪いとかではなく、私の長男の年齢や個性、自閉症の特性、理解力を考えたとき、こういう表現でもやる気になってくれたなら彼には合っていたのだろう、ということです。
たとえば小遣いをエサにするとやる気が出る子もいれば、逆に報酬がないと勉強しなくなるという子もいるでしょう。何ごともその子への適性があると思います。
お金持ちになるかどうかはともかく、学校の勉強、特に基礎学力が重要なのは以前の記事(「受験勉強のやり方が全然違う」高学歴なのに稼げない人、稼げる人を分ける“ある能力”)でも書いた通りです。ゆえに私は折に触れてたとえば、
「ニンテンドースイッチを作ったのは、学校でたくさん勉強した人たちなんだ。ゲームのプログラムとか音楽とか、多くの部品をこんな小さな端末に実装する技術とか、これができるのは学校で一生懸命勉強したからなんだ。でも勉強しなかったら、ニンテンドースイッチは作れないんだよ」
みたいな話をしています。
冒頭で「正解はない」と書きましたが、読者の皆さまも、もし子どもから同じような質問を受けたとき、自分ならどう答えるか考えてみてはいかがでしょうか。
自己決定力を高める
次に私が意識していることは、「本人に決めさせる」ことです。
毎日着ていく服、外食時に選ぶメニュー、文房具など、できる限り本人に決めさせ、親が先回りして介入したり選ばないようにしています。
なぜかというと、その判断の結果を検証し根拠を振り返る習慣が身に付くという期待を込めているからです。
たとえば親から「これにしておきなさい」と言われて判断する機会を奪われれば、自分で考える必要もなく、「は~い」と従うしかない。あるいは与えられるのが当然となる。
しかし自分で決めていいとなれば、自分が最も満足する方を選びます。そしてその結果がかんばしくなかったら、後悔するでしょう。
「何でこっちにしてしまったんだろう?」「何がいけなかったんだろう?」「次回はどうすればいいだろう?」と自分の判断の過ちを反省し、次に生かそうとします。
あるいは「自分で決めたことだから最後までやり抜こう」「自分で決めたことだからもう少しがんばろう」「自分で決めたことだから弱音を吐いてはいられない」などと、責任を果たそうとするかもしれない。
その結果が望ましくなくても、「自分で決めたことだから」と受け入れます。
自己決定は「納得感」となり、自己責任意識につながります。
決断と検証の思考習慣を持つことがお金持ちへの道
しかし誰かに決めてもらったものは、自分で決めたわけではないので振り返る必要がありません。判断の根拠もわからないから、反省のしようもありません。だから教訓も引き出せない。だから次に生かせられない。応用が利かない。
仮にその結果が不満だったとしたら、それは自分のせいではなく、それを決めた他人のせいにするでしょう。親が悪い、先生が悪い、上司が悪い、会社が悪い、政府が悪い、社会が悪い、というわけです。
お金持ちになぜ起業家や経営者が多いか、それは毎日が決断の連続だから、というのも要因の一つです。
自分で決めるからこそ、どうすれば最も満足度が高くなるか、有利になるか、不利を避けられるかを考えます。自分の判断を振り返り、次の判断の精度を上げようとします。
「経営者のカン」と言われるのは、積み重ねてきた仮説検証の蓄積が、瞬時の判断でも適切な意思決定になるということです。
そういう思考習慣を持ってほしくて、彼の判断を尊重するようにしています(まあ、期待通りになるかはわかりませんが)。