「スタッフは9割が非正規」ウエディング業界を待ち受けるシナリオ

新型コロナウイルスの影響で、多くの結婚式場が休館を余儀なくされている。ウエディング業界は今後どうなるのか。マリッジ・ライフ・プランナーの安東徳子氏は「スタッフの9割はフリーランスのスペシャリスト。イベントが中止になれば、そのまま無収入になってしまう。延期としても、再開したときにはスペシャリストが消えている可能性がある」という——。

■キス、握手、ハグ……結婚式は「密」になることが目的だ

結婚式における代表的なシーンといえば、どんなものを思い浮かべるだろうか。誓いのキス、ゲストとの握手、メインテーブルでの写真撮影、花嫁から親への花束贈呈とハグ、アルコールを伴う飲食や合唱、ダンス……。どのシーンも新型コロナウイルスの感染防止という点では問題がある。

そもそも結婚式は「密」になることが目的のイベントであるがゆえに、感染予防のために呼びかけられている「社会的距離(ソーシャル・ディスタンシング)」とは相いれないものがある。

2020年4月末現在、結婚式・披露宴は自粛対象にはなっていない。東京都の担当者は「結婚式は人生の大きなイベントであり、生活に欠かせない部分の1つとして対象から外した。適切な感染防止対策をした上で実施してほしい」(東京新聞 2020年4月23日)としているが、実際に「適切な感染防止対策」を整備するのは極めて困難だ。

この結果、結婚式会場は自粛せざるを得ない状態にあり、大手のほとんどの会場は一斉休館となっており、ウエディング業界はほぼ停止状態にある。

■表面化した会場依存型ビジネスの問題点

私は30年ほど前からウエディング業界に関わっている。この立場から、新型コロナウイルス感染拡大とともに業界を俯瞰すると、これまで見過ごされてきた課題が顕在化したことに気づかされる。

結婚式の会場には「専門式場」というくくりがある。これは結婚式だけのために作られた単目的会場で、そこでは結婚式や披露宴が唯一の商品である。それを売ることができないとなれば、受ける打撃は計り知れない。

そして売るものがないと同時に、新たな商品を作りにくいのがこの業界の特性だ。専門性が高いほど汎用性は低くなり、新しい商品企画の発想につながりにくい。例えばシャープがマスクを作り、フォードが防護服を作るなど、製造業が柔軟な対応を見せたのに対し、ウエディング業界は「密な会場」という特性から逃げ切ることができないでいる。

打開策を持てないのは会場だけでなく、周辺のパートナー企業も同様である。例えば婚礼衣装を扱う企業は、自社で会場を持っていたり式場紹介業を展開しているケースもあるが、多くは単商品を扱う業態で、従来会場との提携というBtoB営業で発展してきた。会場との契約さえ取れれば、後は会場から仕事が入るのを待つのみという会場依存型のビジネスモデルである。

しかし、これがあだとなった。長らくこうした会場依存型のビジネスを展開してきた結果、集客手法を含め、ゼロから発想するというイノベーションの風土がほとんど育たなかったのだ。新型コロナウイルス感染拡大を機に突然、「さあ、ここからは自分たちの足で歩いてください」と言われても、単独歩行は不可能に近いと言える。

■結婚式が消えていく3つのフェーズ

当社は5月初旬、全国のウエディング系協議会と式場にコロナウイルスの結婚式への影響に関する調査を行った。それによると、3月、4月の結婚式の実施率は、3割弱だった。おそらく5月、6月も同様の状況が続くだろう。

なお新型コロナウイルス感染拡大の最初の影響は、「規模の縮小」から始まったことがわかった。2月初旬から結婚式を予定しているカップルからの問い合わせが増え始め、「式をやってもいいのか?」「他のカップルはどうしてる?」「老人は参加しない方が安全か?」などなど、実施を前提とした質問が主であった。

その頃は高齢者と基礎疾患のある人のリスクが高いという情報が主だったので、結果として妊婦を含めたリスクの高いゲストの参加とりやめが相次いだという。

その後、1カ月もしないうちに感染者数、死亡者数の増加とともに、「延期」という第2フェーズに入る。このフェーズには2段階あり、まずは春の予定を夏に延ばす程度の延期であった。ウエディング業界は夏は閑散期なので、一部では「業界始まって以来の忙しい夏になるのでは?」という声も聞こえたほどだ。

それが3月の後半になると、「夏も無理なら秋以降、あるいは1年先へ」の延期を考え出すカップルが見られるようになった。延期は決めたものの、日程は未定というカップルも多い。

そして最も懸念されるのが、「延期」から第3のフェーズ「中止」への動きである。結婚式をしないという結論により、ウエディング自体が消えていく。中止の理由はさまざまだが、妊娠、出産、転勤、引っ越しなど別のライフイベントが優先になったケースや、長期化しそうな不景気に対する警戒感、リストラへの不安もあるのだろう。

■ウエディング業界から人材が消える日

いま業界が最も危機感を抱いているのが、「ウエディング=不要不急」という結論を下されることだ。

たしかにウエディングは不急ではないかもしれないが、決して不要ではないはずだ。いや、結婚式は必要である。儀式を通じてしか整理できない感情があり、儀式は2人のみならず周囲の人たちにとっても大きな意味を持つ。延期は致し方ないが、中止はせっかくの儀式経験を放棄することになり、その後の家族の心に何らかの影響が残ることは避けられない。結婚式とはいわば、「必要不急」のものではないだろうか。

もうひとつ、ウエディング業界には大きな特性がある。正社員の雇用率が低いことである。披露宴会場で働くスタッフを例に挙げれば、キャプテンやアシスタントと呼ばれる担当者以外は、ほぼフリーランスなのである。

例えば60名規模の結婚式・披露宴の場合。料飲サービススタッフ、司会者、音響オペレーター、ヘアメイクアップアーティスト、着付師、花嫁の介添えをするエスコート1名、フォトグラファー、アシスタント、ビデオグラファー、アシスタント――ざっと数えてみても十数名がフリーランスのスペシャリストであり、社員はわずか1割にすぎない。

ウエディングの現場は、こうしたフリーランスに支えられている。もちろんフリーランスには事務所からの定額の給与支払いはなく、ギャラが支払われるのは仕事が発生した時のみだ。

婚礼の実施がほぼなくなった今、彼らは国からの4000円ばかりの補助で、果たしてこのまま仕事を続けることができるのか? 現実問題として、廃業や転職を余儀なくされるケースは多いだろう。高齢のスタッフは年金生活にシフトする可能性もある。都市部で仕事をしていた人間は、実家を頼って地方に帰ることもあるだろう。

飲食店のキャッシュフローは1.5カ月と言われているが、フリーランスはそれ以下かもしれない。つまり長期的視点で将来を見れば、今は仕事がないが、アフターコロナには深刻な人手不足が待っている。業界にカップルが戻ってきても、ウエディング業界からスペシャリストが消えている可能性があるのだ。

かく言う弊社も、ウエディング業界の得意先への出張訪問や研修はほぼ中止になり、減益は免れない。一方で、試験的に始めたオンラインでの会議や研修では少しずつ利益が出始めている。同時に、ウエディングの知見を伝えるセミナー動画を制作し、得意先に無料で提供することも始めた。社員だけでなく、アルバイトやフリーランスの方々にもご覧いただくことで、「人離れ」の防止の一翼を担えれば、という気持ちからである。

■「オンライン・ウエディング」が持つ可能性

明けない夜はない。いつかコロナ禍は終息するだろう。人々は自由に移動し、集い、大声で話し合い、ハグし、握手するようになる。しかし、その世界はおそらく以前と同じものではなく、新型コロナが生み出した新しい価値観の世界になるだろう。

ウエディング業界は、間違いなく少人数化が加速する。今回の自粛生活で、「本当に一緒にいたい大切な人たちは誰か?」という問いを新型コロナは投げかけた。その価値観でウエディングの招待客を選択するカップルも増えるだろう。また、当分はマスクの着用が前提の「ウィズコロナ」のライフスタイルが続いていくはずだ。そうなれば、健康弱者への配慮もあり、ウエディングの人数は相当に縮小されることになる。

一方で、ウエディングにもオンライン化の動きがある。現状では一時的な対応策という印象は否めないが、実はオンライン・ウエディングには計り知れない可能性がある。なにしろ世界を同時につなぐことができるし、100人だろうが1000人だろうがキャパシティーの都合に左右されることなく招待できる。少人数化どころか、オンラインではゲストを無制限に増やすことができるのだ。

■自粛生活で感じた人恋しさの反動はあるか

「食事はどうするんだ!」「ITに弱い老人はどうするんだ!」「ビジネスモデルはどうなるんだ!」「ウェブ上のスピーチなんてしらじらしい」などと言う声も聞こえてくる。そこでイノベーションの出番だ。

もしかすると元通りにはならないウエディング業界で、できるだけ多くのカップルに儀式を体験してもらうためには、既存の価値観にとらわれないことが、アフターコロナの世界に踏み出す最初のステップかもしれない。

以上、最悪のシナリオをベースにウエディング業界の今後を考察してきた。緊急事態宣言が解除され、これから状況がどう変わっていくか。予断を許さない。個人的には、一連の予測がはずれ、自粛生活で感じた人恋しさの反動が、ウエディングの実施率を上げることを願っている。

———-安東 徳子(あんどう・のりこ)
マリッジ・ライフ・プランナー
エスプレシーボ・コム代表取締役。日本ホスピタリエ協会代表理事。明治学院大学社会学部社会学科卒業。大学卒業後、広告代理店勤務、ピアノ講師を経て、1986年からウエディングプランナーとして活動。その後、ウエディング、理美容業界、教育ビジネスなどホスピタリティ産業を中心とした、サービスビジネスコンサルタントとして活躍する。現在、サービス業に特化した講演会、セミナーは全国45都道府県での実施実績があり、年間120回を超える。著書に『究極のホスピタリティを実現する「共感力」の鍛え方――AIにはできない、人にしかできない!』(コスモトゥーワン)、『誰も書かなかった ハネムーンでしかできない10のこと』(コスモトゥーワン)など。エスプレシーボ・コム

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(マリッジ・ライフ・プランナー 安東 徳子)

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