日本を代表する一部上場企業の社長や企業幹部、政治家など、「トップエリートを対象としたプレゼン・スピーチなどのプライベートコーチング」に携わり、これまでに1000人の話し方を変えてきた岡本純子氏。
たった2時間のコーチングで、「棒読み・棒立ち」のエグゼクティブを、会場を「総立ち」にさせるほどの堂々とした話し手に変える「劇的な話し方の改善ぶり」と実績から「伝説の家庭教師」と呼ばれ、好評を博している。
その岡本氏が、全メソッドを初公開した『世界最高の話し方 1000人以上の社長・企業幹部の話し方を変えた!「伝説の家庭教師」が教える門外不出の50のルール』は発売後、たちまち14万部を突破するベストセラーになっている。
コミュニケーション戦略研究家でもある岡本氏が「菅総理の言葉がなぜ国民に響かないのか、信頼されないのか、伝え方の根本NG」について解説する。
なぜ、菅総理の言葉は「国民に響かない」のか
自民党総裁選の日程が決まり、菅総理の続投がなるか注目が集まっています。支持率は急落し、まさに背水の陣ですが、その「伝える力の欠如」が、アキレス腱になっているのは間違いありません。
デルタ株が猛威を奮う中では、誰が陣頭指揮をとっても厳しい状況に置かれることでしょう。世界に目をやれば、多くの国でも感染は広がっており、「家から出るな」という厳しいロックダウンをしてもなかなか感染者数の減らない国もあります。
確かに医療の逼迫は危機的状況ですが、これまで、比較的緩い規制の中で、犠牲者を相対的に抑え込むことができてきたことは事実です。ワクチン接種もスタートこそ立ち遅れたものの、順調に推移しており、その接種者も増えています。
一方で、国民の不満は爆発的に高まり、菅総理の支持率は20%台と落ち込み、不支持率は66%と非常に高い水準です。
なぜ、彼の言葉はここまで「響かない」のか。「最大の弱み」とは何か。国民の支持を得るためにリーダーが知るべき「伝え方の本質」について考えてみましょう。
モーニングコンサルト社による直近の世界のリーダーの支持率を見ると、アメリカのバイデン大統領は49%、イギリスのジョンソン首相は42%、ドイツのメルケル首相は54%。
支持率20%台の菅総理は、支持率から不支持率を引いた値が調査対象の13か国の中では一番低く、「世界で最も支持されないリーダー」の一人となっています。
国民の不満の根っこにあるのは、リーダーへの「信頼の欠如」です。信頼するリーダーであれば、国民も納得し、その声に耳を傾けるはず。
では、なぜ、その信頼を得ることができないのか。ここで「信頼」を科学的に考えてみましょう。
リーダーシップに最も必要なのは「関係性構築力」
アメリカのリーダーシップ研修会社「ゼンガー・フォークマン」が、8万7000人のリーダーに行った調査でわかったのは、「信頼は3つの要素で形作られる」ということでした。
その3つとは、「①ポジティブな関係性」「②決断力」「③実行力」です。
①関係性……支持者や仲間の悩みや課題に寄り添い、協力関係を作り出せるのか
②決断力……結果を出す知見や知恵を持ち、よい決断ができるか
③実行力……約束を実行し、コミットメントを守り、一貫して言行を一致させることができるか
この3つがそろったリーダーが理想なわけですが、このうち、「最も重要な条件」とはなんでしょうか? 多くの日本人が「決断力」や「実行力」と答えるかもしれません。
実は、この3つのうち、最も必要な力は「①ポジティブな関係性構築力」だったのです。いくら決断力や実行力があっても、関係性を築けなければ、強いリーダーシップは発揮できないという結果でした。
ハーバードビジネススクール、スタンフォードビジネススクールの研究者らは論文で、「関係性を構築」するにあたって最も求められるのは「相手の感情を理解し、寄り添う力」と結論づけました。特に「ポジティブな感情」より「ネガティブな感情に気づいてあげる」ほうが信頼性は上がるのだそうです。
人の痛みや不安を敏感に感じ取り、理解し、言葉に出すというプロセスが大切というわけです。つまり、「共感力」と言い換えられるかもしれません。
ここが、菅総理の「最大の弱み」と言えるでしょう。派手なパフォーマンスを好まず、「決断と実行力さえあれば支持は得られる」という考え方は、旧来型の日本の政治家には少なくない考え方です。
まさに、「男は黙って〇〇〇〇ビール」「巧言令色鮮(すくな)し仁」とばかりに愚直に言葉少なく、仕事をすればいい。残念ながら、この未曽有の危機下には、そのような考え方は通用しません。
国民が望むのは「正面から向き合ってくれるリーダー」
菅総理は、「3つの勘違い」をしているように感じます。
【勘違い①】「コミュニケーションの大切さ」を理解していない。もしくは「今さらどうにもならない」と思っている
日本の政治家にとって「コミュニケーション」とは、まさに忖度であり、腹芸であり、政局。つまり、すべては密室の交渉で決まるのであり、「圧力や命令、権謀術数で人は動かすものである」という理解です。
つまり、その目線の先にあるのは、「党内」や「官庁」であり、「国民」ではない。「国民に寄り添い、共感する」などといったリーダーは多くはありませんでした。
「仕事師」と異名をとる菅総理は、きっと「俺の背中を見ろ」とばかり「結果を出せばわかってもらえる」と考えているのかもしれません。
しかし、パンデミックにおびえる国民が望むのは、「背中」ではなく「しっかりと正面から向き合うリーダー」です。コミュニケーションの重要性を切実に理解はしていなかったのか。それとも、わかっていても、今さら、何ができるわけはない、とあきらめたのか。
「話し方」は決して「才能」ではなく、「いつからでも、誰でも、本気になれば、変えられるもの」です。伝えることの重要性に気づき、全力でその改善に取り組んでいたなら、今のような事態にはきっと、なっていなかったはずです。
【勘違い②】「話せば伝わる」「話さなくても伝わる」と思い込んでいる
私は、これまで日本の多くのリーダーのコミュニケーションの家庭教師として、そのコミュ力改善のお手伝いをしてきましたが、「何か話せば、何かは伝わる」、もしくは「話さなくても伝わる」と思い込んでいる人が、あまりに多いことにいつも驚かされます。
「相手が受け取れないようなボールでも、数さえ投げれば、どれかは受け取ってくれるだろう」。もしくは、「ボールは投げないでも、相手は何かを察して、受け取ってくれるのでは」。そんな甘えた考え方をする人があまりに多いのです。
無味乾燥な官僚作文を淡々と読み上げるだけで、伝わるわけはない。ボディランゲージから声、表情、服装、プレゼン資料、原稿の構成・内容、何から何まで、まるで「素人」の領域では、話になりません。その「戦略性の欠如」は致命的です。
【勘違い③】「話すことは聴くこと」であることを理解していない
話すことで最も大切なのは「聴く」ことです。なぜなら、相手の話を聴き、気持ちやそのニーズを理解し、受け止め、対話をしていくことこそが「コミュニケーションの本質」だからです。
一方的に言いたいことを言うだけでは、相手を置き去りにするだけ。そういった意味で、菅総理には「傾聴力」がどこまであったでしょうか。周囲の意見、国民の意見に耳を傾け、チームとしての結束を呼びかけ、推進していく力がリーダーには絶対的に必要です。
「本気で国民と向き合う覚悟」を固めるべき
「上っ面の言葉だけで、国民にすり寄り、扇動するリーダー」よりは、「多少、口下手でも誠実なリーダー」のほうがマシ、という気もしますが、だからといって、「伝える努力」を放棄していいわけではありません。
巻き返しを図ろうとするのであれば、数の力や党内政治に頼るのではなく、「話し方」「伝え方」「コミュニケーション」を変え、「本気で国民と向き合う覚悟」を固めるべきでしょう。