「入社してはいけない悪質企業」はネットで公表されている…「日本からブラック企業が絶滅」の実現可能性

ブラック企業を見分けるにはどうすればいいか。ビジネスコンサルタントの新田龍さんは「働き方改革によって労働環境の改善に取り組むことは企業の必須要件になった。厚生労働省は、長時間労働など労働基準法違反を繰り返し、改善が見られない悪質な企業を公表している」という――。(後編/全2回)

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「ブラック企業は避けるべき」は共通認識

「ブラック企業」という言葉が生まれて二十余年。これまで、新語・流行語大賞のトップ10入りしたり、ブラック企業を題材とした映画が公開されたり、実際にブラック企業の労務トラブルが世間を騒がしたりしたことなどで広く知れ渡ることとなった。

現在はいちいち語義を解説しなくとも、「ブラック企業=労働環境が劣悪で、遵法意識も低く、従業員を使い潰すような悪質企業」との認識が共有されている。

ブラック企業を忌避する意識が広く浸透したことで、とくに人手不足が叫ばれる昨今においては、就職時や転職時に選択肢から疎外されることにより、「労働環境や経営者・管理職の意識を改めないことには、真っ当な人員を確保すること自体が困難になる」との共通認識も生まれた。

同時に、遵法意識を持ち、コンプライアンスにも配慮しなければ、ビジネス上の取引先としても選好されない、という環境にもなりつつあり、段階的にではあるが「ブラック企業のままでは生き永らえることが困難」という状況が以前よりも進展しているように感じられる。

「当たり前」が異常だと気づけるように

労働者側の視点で見ても、従前であれば「社会で働くとはこういうもの」という説明だけで、過重労働や組織内外の理不尽な要求を強制的に納得させられてきた人たちが、「自分が今いる環境は、実は『ブラック企業』なのでは?」「あの時の指導は、実は『パワハラ』だったのでは?」と気づくきっかけが生まれた。

それによって、より良好な労働環境の会社に転職したり、権利主張できるようになったりするなど、前向きな行動の動機となった面もある。

さらには、労働法制面でも大きな変化があった。2019年から順次施行された「働き方改革関連法」においては、労働基準法施行以来の画期的な「残業時間上限規制」や「年次有給休暇取得義務化」などを盛り込むという、これまでの議論の経緯から考えると相当に難度の高い結果が実現した。これにより、働き方改革に取り組むことは経営課題となり、労働環境改善の取り組みを進めることは必須要件となった。

悪質な企業名が毎月ネットで公表されている

厚生労働省は2013年9月から、離職率が高かったり、長時間労働で労働基準法違反の疑いがあったりする全国の約4000社に対して実態調査を開始。それを受けて2017年5月からは、重大で悪質な違反を繰り返し、改善が見られない企業の社名や違反内容を「労働基準関係法令違反に係る公表事案」として公表し始めた。毎月情報が更新されている。

労働基準関係法令違反に係る公表事案」の一部(2024年9月30日掲載)

働き方改革関連法施行当初、「物流・運送業」「建設業」「医療業」など一部業種では、業務内容の特性上、長時間労働になりやすい業態であることから、是正には時間がかかると判断され、時間外労働の上限規制適用が5年間猶予されていた。

その猶予期限もついに本年終了を迎え、2024年4月1日以降は他業界と同様に、時間外労働時間の年間上限が制限されることとなった。今後は原則としてすべての業種が残業時間上限規制の対象となるため、「ウチの業界は特殊だから……」といった言い訳は通用しなくなるわけだ。

厚生労働省 愛知労働局「働き方改革関連法の概要」より

いまは労基署に駆け込む以外に方法がある

実際の統計数字で検証してみよう。労働関係法令違反の事業所に対しておこなわれる、労働基準監督署による「臨検監督」の実施数は、直近の30年間において、毎年だいたい16万~18万件程度で推移している。

厚生労働省「厚生労働白書」監督実施状況の推移(昭和40年~平成20年)(平成21年~令和元年)より編集部作成

その中で、法違反が発覚する「違反率」は微増傾向にあるが、一方で労働者からの申告に基づいて実施される「申告監督」の件数は、従前の毎年4万件超から、平成24年以降は4万件を下回っている。

その理由は、従前であれば労基署に駆け込むしかなかった労務トラブルが、関係者の積極的な広報により、「法テラス」(法務省)、「労働相談ホットライン」(全国労働組合連合会)や、個人単位で加入できる「合同労働組合(ユニオン)」、そして昨今サービスの興隆を見せている「退職代行サービス」など、労基署以外のトラブル解決手法にリーチしやすくなったことや、人手不足で求人が増えたことを背景に、トラブルが複雑化する前に、ブラック企業にアッサリ見切りをつけて辞めるケースが増加したことなどが考えられる。

トラブル相談は高止まりだが、内容に変化

全国の労働局や労働基準監督署など379カ所に設置されている「総合労働相談コーナー」に寄せられる労務トラブルの相談件数は16年連続で100万件を超え、高止まり状態にある。

数字だけを見ればブラック企業は減っていないように感じるが、その内訳をみると、平成24年以前は相談割合として最も多くを占めていた「解雇」にまつわる相談件数が減少し、同年以降は「いじめ・嫌がらせ」、そして平成27年度以降は「自己都合退職」の相談件数が上回っている。

自己都合退職にまつわる相談とは、「辞めたいのに辞めさせてもらえない」(慰留、在籍強要、退職妨害)ということであり、いじめ・嫌がらせとはいわゆる「パワハラ」である。

労働者はブラック企業に見切りをつけて辞めたいのに、会社側は辞められると困るからなんとか引き留めようとする。引き留めがエスカレートしてハラスメント行為に至るという、「人手不足により、労働者に見捨てられるブラック企業」の構図が透けて見える。やはり、「ブラックのままでは生き残れない」のだ。

厚生労働省「令和3年度個別労働紛争解決制度の施行状況」より

厚生労働省「令和3年度個別労働紛争解決制度の施行状況」より

「働きやすい企業」への競争が激化している

人手不足の影響で、とくに優秀な人材を採用したい企業においては、他社との差別化のためにも賃上げや労働環境改善を実施せざるを得ず、1社が実施すればその採用競合にあたる企業も後追いするため、結果的に労働条件改善競争が発生している。求職者にとっては絶好のタイミングである一方、労働条件を改善できないブラック企業にとっては採用・定着に大きく課題を抱える形になっている。

連合によると、2024春季生活闘争では、「定昇相当込み賃上げ計」は加重平均で1万5281円となり、1991年以来33年ぶりとなる5%台の賃上げが実現した。

この賃上げと併せて、初任給の引き上げを行う企業も数多く、マイナビが実施した「マイナビ2024年卒企業新卒採用活動調査」によると、2024年卒採用について、総合職採用で初任給の引き上げを行った企業は70.0%にものぼっている。

中小企業の「変革」はまだまだ鈍いが…

また労働環境面では、働き方改革関連法施行前後の時期から、KDDI、住友林業、アサヒビール、サッポロビール、オンワードホールディングス等各社で11時間の「勤務間インターバル制度」を導入。従業員の心身の健康にも配慮する流れができつつある。

ただし、これらの事例は、優秀人材の採用競争が熾烈な一部の大企業に限られた話。わが国の企業全体の99.7%を占める中小企業ではまた事情が異なる。

大同生命保険が本年3月に発表した、中小企業約6000社の経営者を対象にしたアンケート結果によれば、2024年に賃上げを「実施済・実施予定」と回答した企業は約4割、一方で「検討中・実施予定なし」は約6割という結果となっている(中小企業経営者アンケート調査「大同生命サーベイ」)。

しかし暗い話ばかりではない。地方の中小企業でも、たとえば人気ブランド日本酒「獺祭」を製造する旭酒造では、23年度の新卒初任給を一挙に9万円引き上げ30万円としたことが話題となった。

中小企業の場合、賃上げを実現できるのは同社のように強力な商材を保持していたり、経営努力によって合理化を実現していたりする一部企業に限られるが、こうした企業が増えていけば、努力もしなければブランドも有しない一介のブラック企業では、人材獲得が今後急速に困難となっていくことが予想される。

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若い人材の価値はどんどん高まっていく

また、確実に訪れるのは少子化の影響だ。現在、40代後半~50代前半の「第二次ベビーブーム」世代は、1歳ごとに200万人くらいいるが、今の新人世代はその半分の100万人くらい。2023年の出生数は72万6000人と、8年連続で過去最少の出生数となってしまった。

もう「お前の代わりなんていくらでもいるんだ!」などという時代ではないどころか、これから「若い人手」が何よりも貴重な時代に突入することになる。

2004年からわが国は人口減少傾向へと移行し、2010年ごろから「数年以内に抜本的な少子化対策を実施しないと、取り返しのつかない事態になる」と警鐘が鳴らされ始めた。

そこからは、東日本大震災の復興本格化、その後の東京五輪・パラリンピック開催決定という流れの中で、「明らかに人手が足りない」という認識が実感値として広がっていった感がある。

負荷が大きい「人口オーナス期」に突入

決定的な流れの変化は、大手広告代理店で起きた社員の過労自殺事件であった。これ以降、労働基準監督署もサービス残業や名ばかり管理職の問題を厳しく指導するようになり、世間の目も厳しくなっていき、法律改正への後押しとなった面があると思われる。

戦後日本は長らく「人口ボーナス期」に恵まれていた。この時代には、大量かつ均一な商品やサービスが求められるため、男性ばかりで長時間労働する同質的な組織が大成功し、その状況に最適化した人事制度や雇用慣行を今まで使い続けてきた。

しかし、高齢者に比べて労働力人口が少ない「人口オーナス期」となり、モノがあふれてすぐに飽きられ、買い手も減少していく時代となっては、大量生産よりも「商品やサービスにイノベーションが起きること」「多様な発想が生まれること」「育児や介護などの制約条件があっても働き続けられる組織であること」の重要性が増している。

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働き方改革が最優先の経営戦略になりつつある

また働く人の価値観も多様化し、報酬のあり方も決して「出世」や「昇給」ばかりでなく、「働く場所と時間」「副業」「ワーク・ライフ・バランス」などの「自由」や「柔軟性」が確保されている状態こそが魅力的な報酬と捉える傾向もある。

2015年ごろが一つの潮目であり、そのころから改革を実践してきた企業では、いま現在確実な成果が出ているところが多い。今後は働き方改革が単なる「福利厚生の一種」といった認識ではなく、「最優先すべき経営戦略」として位置づけられ、その流れに乗り遅れた企業は、採用困難化、人材流出顕著化など、着実に悪影響を被ることになるだろう。

実際、先進的な取り組みをする経営者が「働き方を変えてみたら、社員の結婚や出産が増えた」といった事例を発信するようになり、「このままでは社会だけでなく、企業も持続可能ではない」とマインドを変え始めた。

ようやく、男女ともに採用して短時間で効率よく働き、さまざまな人を内包する多様性のある組織にした方がいいとの実感が広まりつつある。

ぜひ「ブラックのままでは生き残れない」との認識が一般化し、すべての働く人が働きやすい環境を享受できる社会となるよう祈念するし、筆者自身もそのような社会を実現すべく働きかけ続けていきたい。

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