厚生労働省によると、身体活動・運動の量が多い者は、少ない者と比較して循環器病、2型糖尿病、がん、うつ病、認知症等の発症・罹患リスクが低い。理学博士の石浦章一さんは「長生きするためには運動習慣を身につけなければならない。必要なものは筋肉。極度に肥満している場合を除き、体中に血流を送り出す太ももは太いほうが、死亡率が低くなることがわかった」という――。
※本稿は、石浦章一『70歳までに脳とからだを健康にする科学』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。
ふくらはぎは血流を良くするから、太ももは太いほうがいい
歩くと、ふくらはぎを使いますね。ふくらはぎを使うと血流が良くなるのです。血流がよくなると毛細血管へも血液が流れ込んでいきます。こうして体内に酸素が行き渡っていきます。だから激しい運動をしなくても、速歩きくらいで、結構、運動になっているのです。
強烈なデータが2009年に出てきました。それは、皆さんの太ももの大きさに関するものです。太ももが太ければ太いほど死亡率が下がり、太ももが細いと死亡率が上がる、というものです。例えば、太ももの周囲の長さが65センチの人の死亡率は、55センチの人の約半分。太ももが太いということは、運動している、歩いている、走っているということになりますね。もうそれだけで寿命が違うのです。だから皆さんも、運動習慣を付けることがいかに大事かということを、ぜひ頭に入れておいてください。
※「筋トレ(筋力トレーニング)」とは負荷をかけて筋力を向上させるための運動であり、自分の体重を負荷として利用する自重トレーニング(例:腕立て伏せやスクワット)やウエイト(おもり)を負荷として利用するウエイトトレーニング(例:マシンやダンベルなどを使用する運動)がある。成人及び高齢者に、筋トレを週2~3日実施することを推奨する。
高強度の筋トレVSジョギングなどの有酸素運動、どちらがいいのか
そこで、運動について少しお話ししましょう。年を取れば取るほどおなかに脂肪がついてくることは経験があると思います。そういうときには脂肪を燃やしてなくしたいと思うのは誰でも考えることですが、そのときに強い運動をしたほうがいいのか、弱い運動をしたほうがいいのか迷いますね。高強度の運動というのは、全力疾走とか重量挙げです。高強度の運動をする場合と、有酸素運動といって軽いジョギングなどの低〜中程度の運動、最大酸素摂取量の半分くらいの運動があります。どちらがより脂肪を燃やすことができるのでしょうか。
強い運動のときに使われるエネルギーは、糖の分解エネルギーです。脂肪はあまり使われないのです。だから100メートル走とか重量挙げばかりやっていると、糖が分解してからだの中に乳酸が蓄積します。疲労物質といわれている乳酸がたまると同時に、タンパク質も脂肪も分解されるのですが、その分解される分は非常に少ないことが分かっています。
一方、有酸素運動をすると、時間がたつとともに脂肪が燃えていくのです。エネルギーとして脂肪を使うようになります。だから有酸素運動をしなさいと言われるのです。出てくる乳酸の量も有酸素運動のほうが高強度の運動に比べて少ないことが分かっています。
食事でエネルギーを蓄える「グリコーゲンローディング」
もう1つ運動で気をつけなければいけないことがあります。それは、例えばマラソンの前の日とか2、3日前にはどうしたらいいかというと、からだにエネルギーを蓄えないといけないのです。からだにエネルギーを蓄えるとはどういうことかというと、からだにグリコーゲンを蓄積させる、つまりエネルギー源であるグリコーゲンを筋肉に蓄積させることが必要になってくるのです。そのためにどうしたらいいか。これをグリコーゲンローディングというのです。グリコーゲンをからだにロードする、蓄積させるという意味です。
方法は、マラソンの2日前くらいから、お餅主体の炭水化物を摂ることが大切になります。よく言うでしょう、お餅を食べるとおなかに力が入るというのは、そういうことですね。だから長い試合のときとか、朝から1日中試験を受ける前には、ご飯の量を増やす。分かりますね。油分はあまり摂らないようにして炭水化物を増やす。例えばおにぎりを1個、多く食べるとか、夜に炭水化物をちょっと摂ることをお勧めします。通常の食事よりも糖質をたくさん摂るようにすると、グリコーゲンローディングになることを覚えておいてください。だからテスト日の前は、少しご飯の量を多くするといいと思います。
<企業様向け>ビズリーチ【漫画】社内のエースが突然の退職…地方中小企業の社長の「大逆転劇」とは?
注目の腸内細菌、他人の便を移植して病気を治す方法も
今、科学の世界で話題になっている、腸内細菌と体力との関係をご紹介したいと思います。実は腸内細菌がからだのいろいろなところに効いていることが明らかになってきました。もちろん体調にも良いだけではなくて、他の病気にも効いている。脳にも効いているのではないか。腸内細菌が出す何かの物質によって、脳の能力が変わってくるのです。これを脳腸連関と言います。皆さんも、ストレスで胃が痛くなったり、怒りではらわたが煮えくり返る経験をしたことがあるのではないでしょうか。
腸内細菌で興味深い例があるので、ちょっとご紹介したいと思います。それは他人の便を移植する話です。便移植と言うと気持ちが悪いので腸内細菌叢移植と言われています。とにかく腸内細菌を移植すると、潰瘍性大腸炎といわれている難治性の炎症性腸疾患が治った、という報告がされました。その他に、アレルギーを防止したり、ダイエット目的でも他人の便を移植すると良い、など多くの報告が最近なされるようになりました。
他人の便をろ過して患者の腸に入れたら、がんまで治った?
でも、考えてみてください。便を移植するのは気持ち悪いですよね。便を移植するというのは、便を口から飲むのか、便をお尻から入れるのか、どちらだと思いますか? 一般に、便というのは腸内細菌と食物繊維からできています。まず健康な人の便を取って、生理食塩水と混ぜて、ろ過するのです。そうするとろ過したフィルターの上には不溶性の食物繊維などがたまります。腸内細菌はろ紙を通って下の方に、溶液の方にいきます。そこで、下へろ過されてきた腸内細菌を注射器でお尻から別の人の腸へ移植するのです。しかし最近では、採取した腸内細菌をカプセル化して飲むことも行われています。
このような方法で、がんまで治ったと報告されました。なぜだか分かりません。だから今のところはまだ科学的に証明されたとまではいかない段階です。しかし、オプジーボと呼ばれるがんの治療薬で効果がなかったような患者さんに便移植をしたところ、メラノーマ(悪性黒色腫)が完治したという報告がされ、皆、驚いたのです。つまり腸内細菌はがんにも効いているのか、と。ある報告では自閉症にも効くとか、いろんな報告が今されている状況です。うつ病にも効く、などといった報告もあります。
<企業様向け>ビズリーチ【漫画】社内のエースが突然の退職…地方中小企業の社長の「大逆転劇」とは?
腸内の善玉菌を増やそうとしてヨーグルトを食べる人の誤解
腸内細菌というのは腸の中にいる細菌のことで、善玉菌、悪玉菌とかよく言いますね。善玉菌というのはビフィズス菌とか乳酸菌です。この2つは同じではありません。乳酸菌は小腸にいて、ビフィズス菌は主に大腸にいます。乳酸菌は自然界に広く分布し、名前の通り乳酸を出して腸内環境を酸性に保ちます。一方、ビフィズス菌は人や動物の腸内にいて乳酸や酢酸を出し、悪玉菌を殺す働きがあります。どちらも必要なんですね。
逆に悪玉菌というのはウェルシュ菌やブドウ球菌など、臭いもの、人体に悪いものをつくるような細菌です。それ以外には大腸菌(無菌株)など、ほとんど何の役に立っているのか分からないような日和見菌というものもいます。腸の中では日和見菌がほとんどで、本当の悪玉菌というのは10パーセントくらいです。一方、善玉菌は20パーセントくらいです。
皆さんの中には善玉菌を増やそうとしてヨーグルトを食べている人はいませんか。食べた菌はほとんど胃で分解されて、腸に届かないのです。大事なのは、腸で有用な菌を増やすことなのです。だから本当にヨーグルトだけでいいかとか、乳酸菌を食べればいいかというと、それもちょっとまだ分からないところがあります。このようにして腸内細菌も、最近、体力維持に関わっていることが話題になっています。
「ケイ素=シリカ」が入ったサプリメントが売れるという謎
人間のからだを構成する元素は、酸素が63パーセント、炭素20パーセント、水素9パーセント、窒素5パーセントで、残りがカルシウム1パーセントくらいです。ところが地球の地殻を構成する元素は、酸素47パーセント、酸素が多いことは同じなんですが、ケイ素が28パーセント、アルミニウムが8パーセントと人体と異なります。ケイ素やアルミニウムなど人間では使われないようなものが地殻に多いのです。
最近サプリメントでケイ素が入ったものが売れています。ケイ素とは書いておらずシリカと書いてある。不思議ですね、シリカと書くとなぜ売れるのでしょうか。普通は、全くからだの役に立たない物質です。皆さん、ひょっとして、シリカゲルが水を吸収するように、何かシリカが悪いものを吸収するとでも思っているのでしょうか。本当に不思議で、ミネラルウォーターに「天然水」と書くと売れるようなものなのでしょうね。ゴミやフンが入っていた自然の水の方が電気分解した水よりきれい、という不思議な感覚を持っている日本人が多いのです。
アルミがアルツハイマー病を引き起こすというのはデマだった
同様にアルミニウムがからだの中の化学反応に効いているという話はありません。昔、アルミニウムがアルツハイマー病を引き起こすという話(デマ)があって、アルミニウム鍋を捨てた人がいます。全くのデマだったのです。私たちは、アルミニウムは普通の水道の水から1日20ミリグラムから40ミリグラム、飲んでいます。しかし、何も起こりません。これは当然で、アルミニウムはからだの役に立っていないからです。
アルミニウムが一番たくさん入っているのは、海藻や葉もの野菜です。日本人の生活で、一番多くアルミニウムを多く含むものは、皆さんが胃を悪くしたときに飲む芳香性の消化薬です。この消化薬の中には、1回1さじの中にアルミニウムが273.4ミリグラム入っています。1回分で水道水の量の10倍以上入っています。
あとはミョウバンの中にも結構たくさん入っています。漬物の色出しに使います。だから皆さん、黙ってもアルミニウムをたくさん食べているのです。アルミニウムでぼけるとか、アルミニウムでアルツハイマー病になるというのは、一切ウソですから心配しなくていいのです。胃腸薬の中に入っている理由は、胃酸を中和するために入れているだけなのです。
やはり食事と運動は、一生、毎日続けるもので、この2つは皆さんの寿命に直結する大切なものです。ただ漫然と食べるのは良くなく、意識して運動しないといけないことがお分かりになったと思います。
———- 石浦 章一(いしうら・しょういち) 理学博士 1950年石川県生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業、東京大学理学系大学院修了。国立精神・神経センター神経研究所、東京大学分子細胞生物学研究所助教授、東京大学大学院総合文化研究科教授を経て、東京大学名誉教授。専門は分子認知科学、分子生物学、生化学。難病の解明をライフワークに、遺伝性神経疾患の分子細胞生物学研究をおこなっている。著書に『理数探究の考え方』(ちくま新書)、『運動・からだ図解 脳・神経のしくみ』(マイナビ出版)ほか。 ———-