一部上場企業の社長や企業幹部、政治家など、「トップエリートを対象としたプレゼン・スピーチなどのプライベートコーチング」に携わり、これまでに1000人の話し方を変えてきた岡本純子氏。
たった2時間のコーチングで、「棒読み・棒立ち」のエグゼクティブを、会場を「総立ち」にさせるほどの堂々とした話し手に変える「劇的な話し方の改善ぶり」と実績から「伝説の家庭教師」と呼ばれている。
その岡本氏が、全メソッドを公開し、累計20万部のベストセラーとなっている『世界最高の話し方』『世界最高の雑談力』に続き、待望の新刊『世界最高の伝え方── 人間関係のモヤモヤ、ストレスがいっきに消える!「伝説の家庭教師」が教える「7つの言い換え」の魔法』がついに発売された。
コミュニケーション戦略研究家でもある岡本氏が「小学校でのあだ名禁止」について解説する。
「あだ名」「呼び捨て」禁止「さん付け」指導の小学校
日本人のコミュ障化が止まりません。
「コミュニケーションの研究家」として、日本人の話し方、伝え方を観察してきましたが、コロナ禍もあって、人との距離感の縮め方に悩みを抱える人が増えています。
そうした傾向を象徴するようなニュースが話題になりました。
「クラスメートを『あだ名』で呼んだり『呼び捨て』せずに、『さん付け』するよう指導する小学校が増えている」というのです。
ニックネームの効用、禁止の弊害とは何でしょうか。
その是非について考えてみましょう。
2022年5月の読売新聞は、身体的特徴を揶揄するようなあだ名は、いじめにつながるケースがある、ニックネームや呼び捨ての代わりに「さん付け」を指導する学校が増加していると伝えました。
この10年で「さん付け」は半数近くにまで広がっている
たとえば、都内のある小学校では、7年前から、名字に「さん」付けするよう求められており、水戸市の小学校では、校則に「友だちを呼ぶときは『さん』をつけます」と明記されているそうです。
また、約160の公立小学校がある京都市のある校長先生によれば、「この10年で『さん付け』は半数近くにまで広がっている」とのこと。
それぞれの関係者は
「小さいうちから相手を尊重するという素地を育めば、人を攻撃するような行動は取らないはずだ」
「あだ名には身体的特徴や失敗行動など相手を蔑視したものが多く、呼び方だけでいじめを根絶できるわけではないが、抑止することにはつながる」「あだ名や呼び捨ては、相手を嫌な気分にさせることがあり、『さん付け』は人を大切にする呼び方」
とコメントしています。
つまり、あだ名や呼び捨てが相手を傷つけたり、いじめにつながる可能性がある。そのリスクを極力排除するための施策ということのようです。
その考え方もわかる一方で、なんだかモヤモヤしてしまう人も少なくありません。
75%が「あだ名を禁止すべきではない」という調査も
約6000人を対象にしたネット調査では、75%が「あだ名を禁止すべきではない」との回答で、とくに10代の女性の81%、男性の79%と高い割合で「あだ名肯定派」となっていました。
その理由としては、
「あだ名は仲を深めるひとつのきっかけにもなるので、マイナスな面だけで禁止するのは望ましくない」(女性・20代)
「何がダメで何がいいのかを考える機会を奪われると思うから」(男性・40代)
「ルールに縛り付けて従わせることが教育だとは思わない」(男性・30代)
「嫌なあだ名でいじめられたことはあるけど、気がついた大人が注意するか、嫌だと言える土壌(クラス)を作るべき」(男性・40代)
「禁止にしても、効果がないから(実際そうだった)」(性別非公開・10代)
「苗字に『さん付け』で呼ばれていたが、いじめられていた。あだ名といじめに相関はないと思う」(女性・20代)
「本名が嫌いだったので、あだ名に救われてきた」(男性・20代)
「小さい頃、キラキラネームで悩んでる友達があだ名で呼ばれると嬉しそうにしていたのを今でも覚えているから」(女性・10代)
といった意見があがっていました。
では、あだ名を禁止してしまうことのデメリットはないのでしょうか。じつは、そこには少なくないリスクが隠されています。
海外の研究によれば、あだ名は
「①性格」「②出来事」「③言葉による類推」
「④身体的特徴」「⑤動物の連想」「⑥キャラクター」
「⑦韻をふんだ言葉」「⑧接尾辞や接頭語をつける」「⑨略称」
などから付けられているそうです。
ちなみに私は、小学校の社会科の授業で、「陸稲(おかぼ)」について習った瞬間から「おかぼ」というニックネームになり、そこから中高時代を通じて、ずっとそう呼ばれていました。
そこに違和感も、嫌悪感もなく、いつの間にかそれがアイデンティティになっていたわけです。
ある調査によると、社会人1400人のうち、小学生の頃にあだ名があったのは69%。多くの人が感じるように、ニックネーム・あだ名には「親近感や親しみやすさを醸成し、人と人との距離を縮める」という大きな効用があります。
「瞬間接着剤」の役割がある
人はどれだけ進化しても、基本的な動物的本能や欲求という点では、「群れを作って生きていた古代人」と本質的には変わっていません。
その目的はサバイバル、つまり、生き延びることですから、本能的につねに「目の前にいる人が敵か味方かを峻別する」ようにできています。
同じ民族、同じ村など自らの群れの一員である人には心を許し、そうでない人に対しては警戒モードに入る。
そういった意味で、民族、信条、宗教、出身地、言語などどれだけ共通項があるかが、仲間かどうかを判断する材料になるわけです。
あだ名は、そうした同じ群れ、グループ内だけで理解し合える「共通言語」であり、「秘密の暗号」のようなもの。瞬時にお互いを仲間だと認識する「瞬間接着剤」の役割を果たしています。
同じ群れの中で、「〇〇さん」、とくに「苗字+さん」などと呼ぶのは、よそよそしく、他人行儀に聞こえますよね。
ネブラスカ州ベルビュー大学の研究によると、とくに男性は、男らしさを損なわずに愛情を注ぐ方法として、お互いにあだ名をつけるのだそうです。
芸能人に「あだ名」が多い理由は?
また、あだ名は、他の人とは違う独自のアイデンティティを与えてくれます。
みちょぱ、めるる、ひろゆき、ホリエモン、松潤、キムタク、ウッチャン・ナンチャン、ブラピ、浜ちゃん、キョンキョン、ユーミン、マッチ、深キョン、永ちゃん……。
数多くの芸能人、有名人が「あだ名」「ニックネーム」を持っていますが、「呼びやすく、親しみやすく、覚えられやすくなる」というメリットがあるわけです。
ある広島のスタートアップ企業は、全員をニックネームで呼び合っているそうですが、そのメリットとして、社内からは、
★親しみを感じる
★話しやすい
★上下の垣根が減った
★話題の幅がひろがる
★相手への安心感がうまれた
★仕事のパフォーマンスがよくなった
といった声が上がったそうです。
私自身、昨年5月に、次世代リーダー向けの総合コミュニケーションスクール「世界最高の話し方の学校」を立ち上げましたが、「『先生』とは呼ばないで、『純ちゃん』と呼んで」とお願いしています。
私も生徒の名前をなるべく下の名前で呼ぶようにしており、これによって、学校としての一体感や心理的安全性が格段に上がっていると感じます。
ニックネームの効用はこれだけにとどまりません。実は、ニックネームがある人ほど、成功するという研究さえあるのです。
あるアメリカ企業の社長がLinkedIn上で発表した記事によると、フォーチュン50のCEOの60%がニックネームかニックネームに似た短いファーストネームを持っていることがわかりました。
つまり、
William → Bill
Jeffery → Jeff
Timothy → Tim
Margaret → Meg
Robert → Bob
といったように、成功しているCEOは、本名ではなく、短くて言いやすい名前を通称にしている人が多い、という結果でした。
この著者は「短い名前やニックネームは、親密さ、信頼、友情の証である。これらはしばしば、組織を成功させるうえで重要な属性となりうる。長くて堅苦しい名前が『壁を作る』のに対し、短い名前は『壁を取り払う』ことができる」と分析しています。
以上のように、あだ名には、デメリットを上回る大きなメリットがある、ということになります。
極端な日本人独特の「リスク回避志向」が背景に
極端な「何かあったらどうする」という日本人独特の「リスク回避志向」ゆえに、教育現場はその要因をすべて取り除いておこうという発想になりやすいかもしれません。
岡本純子さんの「伝え方セミナー」を8月6日(日)に紀伊國屋書店札幌本店(詳しくはこちら)、9月13日(水)に紀伊國屋書店梅田本店で(詳しくはこちら)それぞれ実施します。
しかし、どういったあだ名ならいいのかを生徒自身に決めてもらうなど、対話をする過程で、いじめ問題について話し合うなど、もっと「自主性を重んじる」という方向性があってもいいように感じます。
友達との関係性の構築は、子どもの人格形成に大きく影響します。
そもそも、マスク着用を続けている子どもも少なくない中で、いかに子ども同士のつながりを深めていけるかをもっと考えていくべきではないでしょうか。
(岡本 純子 : コミュニケーション戦略研究家・コミュ力伝道師)