■経費削減、人手不足、アルコール離れ…
日本の「夜の街」がピンチだ。
東京商工リサーチによれば、2024年上半期(1~6月)の「バー、キャバレー、ナイトクラブ」の倒産は、過去10年間で最多の47件になった。これは前年同期比で161.1%増だという
この苦境についてはさまざまな要因が指摘されている。物価上昇による値上げの中で、実質賃金も伸び悩んでいるという景気の問題、さらには企業の経費削減で、飲み会や接待がかつてより減少していることがボディブローのように効いているという人もいれば、店の人手不足やコロナ支援が打ち切られたことが問題だという人もいる。
そんな中で、かなりの人が「実感」をもって語られているのが、「夜の街離れ」だ。
かねてキャバクラ、ラウンジ、ガールズバーに足繁く通ってお金を落とすような男性が減ってきた、という声が現場で働く人たちからも聞こえていたが、昨今の若者の「アルコール離れ」もあって、その傾向がここにきてさらに拍車がかかっているというのである。
■「カネをドブに捨てるようで虚しくならないですか?」
実際、筆者も20~30代の若い男性たちと飲みに行くと、こんな「正論」を突きつけられることが多い。
「そんなに女性と会話をしたければ今はマッチングアプリとか相席屋とかもあるのに、なんでわざわざバカ高いカネを払ってキャバクラとかラウンジに行くんですか? しかも、そこで気が合ってLINE交換したところで営業やら同伴の誘いばかり。会社の経費で行くならまだ我慢できますが、自腹でそういう店に行くなんてカネをドブに捨てるようで虚しくならないですか?」
つまり、給料日にキャバクラやガールズバーで散財みたいな遊び方は、今の若い男性たちにとっては完全に「オワコン」だというのだ。
大学生の時に東京・麻布十番の会員制クラブでバイトをしていた頃から数えて、かれこれ30年にわたって「夜の街」で散財してきた身としては、なんとも耳の痛いご指摘でグウの音もでない。
ただ、そういう自分を棚に上げて偉そうなことを言わせていただくと、このような感覚の若者が増えているのは喜ばしいことだと思っている。「パワハラで受けた心の傷を、酒と女で癒す男」が減ってきているからだ。
■承認欲求の塊のような「痛客」が来店する
そもそも、なぜ男が「夜の街」に通いつめるのかというと、根本的なところでは「寂しくて辛い」ということがある。河島英五の「酒と泪と男と女」ではないが、「飲んで 飲んで飲まれて飲んで 飲んで泣き潰れて眠るまで飲んで やがて男は静かに眠るのでしょう」という、心にポッカリと穴が開いた男だ。
「なに決めつけてんだ! オレは女性に不自由してないし、純粋にキャバクラやクラブで飲むのが楽しく通っているだけだぞ!」とご立腹のスマートな遊び人も多くいらっしゃるだろうが、接客する側の声に耳を傾ければ、「寂しさや辛さを酒と女で癒す男」というのもかなりいるのだ。
2020年3月、株式会社コンプライアンスが現役キャバ嬢1006人を対象に実態調査を実施した。その中で、「この人は無理だと感じるお客さんの特徴を教えてください(複数回答可)」と質問したところもっとも多いのが「お触りしてくる」(43.7%)というのは予想できるが、その次に多いのはなんと「すぐに説教してくる」(40.5%)という。
さらに注目すべきは、「何かとアフターや同伴を求めてくる」(31.5%)という王道の迷惑客と並んで、「口が悪い」(31.0%)というカスハラ的な客や、「過去の武勇伝自慢をする」(29.3%)という承認欲求の塊のような客も多いということだ。
ちなみに、このように女性側を困らせる迷惑男たちは通称「痛客」と呼ばれ、キャバ嬢やラウンジ嬢たちが、痛客とのLINEのやりとりを晒している。検索をかければ山ほど出てくるので、興味のある方はご覧いただきたい。
■自分より弱い立場の人相手にストレス発散
では、このような「イタい男たち」の言動から、彼らの心情を想像してもらいたい。
まず、女性のお尻や太ももを触ろうとしたり、店外デートに持ち込むのに必死な男たちに関しては根本的なところで言うと、「自分の寂しさを女性で癒したい」ということがある。恋人がいない、あるいは恋人がいたり結婚したりするけれど、心の中で孤独を抱えているケースだ。このような「イタい男たち」の事情は正直、人それぞれだろう。
問題は、見ず知らずの若い女性を相手に説教、暴言、自慢話を繰り返す男たちがかなりいるという事実だ。本来は高いカネを払って女性と楽しくおしゃべりをするような場所で、なぜこんな暴挙に出るのかというと、自分より弱い立場の人を相手にストレスを発散している、つまりは「八つ当たり」である可能性が高い。
なぜそんなことが言えるのかというと、夜の街の女性たちと同様、決して歯向かってこない「客商売」の人たち相手に説教をしたり、暴言を吐いたり、あるいは得意気に論破をしたりすることで、ストレスを発散する男たちが増えているからだ。
そう、「カスハラ」である。
■カスハラをするのは40代以上男性がほとんど
ご存じの方も多いだろうが、カスハラは基本的に「おじさん」に顕著に見られる。
交通・運輸・観光などの産業で働く約60万人が加盟する全日本交通運輸産業労働組合協議会(以下、交運労協)が2021年5~8月に全国の公共交通機関、物流、観光産業の現場で働く2万908人を対象に直近2年以内の「カスハラ」を調査したところ、驚くべき「加害者像」が浮かび上がった。
それは男性が86.4%で、しかもその7割は40代以上だったのである。30代は10%、20代は4.1%と若くなるにつれてカスハラ加害率は低くなる。
昭和の映画やドラマでは、定食屋や居酒屋で店員にちょっかい出したりクレームを入れたりするのは「若いチンピラ」だったが、今ではそういうシーンは「おじさん」や「おじいちゃん」にしないと現実味がないのだ。
では、なぜ社会人経験豊富で、血気盛んな若い男たちよりも分別のつく「大人の男」が、立場の弱い人を相手に口汚く罵り、ネチネチと説教をして、論破をして悦に入ってしまうのかというと、自分が接客で嫌な目に遭ったので、今度は客の立場で「八つ当たり」をしているという側面が強い。
■パワハラの「被害者」が今度は「加害者」に
カスハラについて定期的に調査をしているUAゼンゼン(全国繊維化学食品流通サービス一般労働組合同盟)の流通部門副事務局長の安藤賢太氏は21年にメディアの取材にこう答えている。
「2017年にカスハラのヒアリング調査をした時、カスハラ加害者はサービス業が多いという結果が出ました。働く現場でカスハラを見ているので、自分がサービスを受ける側になってちょっとでも不具合があると、すぐ怒りに変わってしまうんです」(BUSINESS INSIDER 21年6月7日)
実はこれはカスハラだけではない。
報道対策アドバイザーとして企業のパワハラ不祥事などの実態を聞く機会があるのだが、そこで部下にパワハラをした管理職などにヒアリングをすると、かなりの高い確率で「自分が若い時はもっとひどいことをやられた」という武勇伝なのか、釈明なのかよくわからない主張を聞く。
つまり、平社員時代に凄まじいパワハラを受けてきた「被害者」がキャリアを積んで、管理職や幹部社員になったことで今度は「加害者」として、部下たちにパワハラを繰り返してしまうのだ。
■夜の街でも「負の連鎖」が起きていた
ザ・ブルーハーツの名曲『TRAIN TRAIN』の中に「弱い者たちが夕暮れ、さらに弱い者をたたく」という歌詞があるが、ハラスメントには「被害者が自分よりも弱い者を見つけて今度は加害者になる」という醜悪な構図があるのだ。
そして、実はこれは「夜の街」にも思いっきり当てはまる。
キャバクラやクラブ、ガールズバーに入り浸って、女性に説教をしたり、オラついた暴言を吐いたり、耳にタコができるほど武勇伝を語るような男は「被害者」であることが往々にして多い。
つまり、自分自身が会社や職場で「上」や「客」から説教をされたり、オラついた暴言を吐かれたり、クソつまらない武勇伝を聞かされて心に傷を負った男である。そういう男たちのほとんどは健全に酒を飲んでストレスを発散するのだが、中には「客」という優位な立場で女性に八つ当たりをする不届な輩もいる。それが「痛客」の正体だ。
写真=iStock.com/AlexLinch
※写真はイメージです – 写真=iStock.com/AlexLinch
■「辛さ」や「寂しさ」を発散する男たち
先ほども申し上げたように筆者は学生時代、会員制クラブのボーイとして働いてきたこともあって、このような場にやってくる男たちの「酒の飲み方」を観察する癖がついた。
それはメディアの世界に入ってからも変わらずで、取材や打ち合わせで政治家、官僚、企業経営者、芸能人からヤクザや半グレと呼ばれるような多種多様な人たちとクラブやラウンジで飲むようになってからも、彼らがどのようにホステスやラウンジ嬢と接しているのか、というのを興味深く見ていた。
そういうことを30年続けてくると、ある興味深い「パターン」に気づいた。「軍隊のような厳しい縦社会」の中で生き馬の目を抜くような競争に明け暮れている男ほど、女性のいる店でパワハラ・セクハラ的な言動をしがち、なのだ。
政治家からゴリゴリに詰められる高級官僚、出世争いに奔走しているバンカー、上納金を求められるヤクザなど、厳しいピラミッド社会を駆けあがろうとしている者ほど、接客する女性のちょっとしたミスを荒っぽく注意をしたり、常識がないことをネチネチと説教をしたり、人格否定的な暴言を吐く確率が高い。
だから、歌舞伎役者の香川照之さんが銀座の高級クラブで性加害をおこなった際も正直そんなに驚かなかった。梨園のように厳しい縦社会の中で、46歳から歌舞伎役者に挑戦し「澤瀉屋」という名跡を背負うこととなった香川さんのプレッシャーは凄まじいものがあったはずだ。その「辛さ」や「寂しさ」を「夜の街」で発散をしていたのではないか。
■若者がキャバクラに魅力を感じないのは当然
しかし、時代は変わった。「軍隊のような厳しい縦社会」そのものが時代錯誤とされて、今やブラック企業や裏社会、職人の世界などほんの一部にしか残っていない。今の若者たちは上司から厳しく注意をされたら「それってパワハラですよ」と言い返すことができる。
ジェンダー教育も進んだ。職場の飲み会で酒の勢いで、同僚の女性にお触りをしたり、お酌をさせたりするだけで処分が下る。では、そういう社会が「当たり前」の若い男性にとって、「夜の街」は楽しいだろうか。
女性に酒を作ってもらい、「ねえねえ、今度はアフターしよう。お寿司でも食べに行こうよ」「え? 今月はもうちょっと指名取れないとまずいから、明日も来てボトル入れてくれたら考えようかな」なんてやりとりが、心から楽しめるだろうか。
断っておくが「夜の街が悪い」などと言っているわけではない。キャバクラ、高級クラブ、ラウンジ、ガールズバーなどが「日本の飲酒文化」だということに異論はない。このような大人の社交場によって育まれた人間関係もあるし、さまざまなドラマもつくられた。こういう店があるおかげで「救われた」「今の自分がある」という方もたくさんいるだろう。
しかし、どんなに綺麗事を並べ立てたところで、この世界に「相手がどんな男でもカネを払う客である以上、女性側も愛想良く接客しなくてはいけない」というセクハラ・パワハラ臭がつきまとうのは動かし難い事実である。
写真=iStock.com/MarianVejcik
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■酒や歌を楽しむスナックに人が集まる
それは体罰・パワハラが当たり前で生きてきた、われわれのようなおじさん世代からすれば、居心地が良く、自分よりも弱い立場の人に優位に立つということで一種の精神安定剤のような役割を果たした。
しかし、ハラスメント防止やジェンダーについて、子供の時からしっかりと教育を受けてきた今の若者からすればこの「カネの力で女性に優しくしてもらう」的なコンセプトは違和感しかない。このギャップこそが、草食化とか不景気以前に、キャバクラやラウンジで高いカネを払って女性に酌をさせるような遊び方が、「オワコン」になっている根本的な原因である。
実際、若い男たちのすべてが「夜の街」から離れたわけではなく、おじさん世代が若い時と別の遊び方をしている。例えば近年は、「スナック」が若者たちに非常に人気なのだ。知り合いのスナックも数年前まで客といえば、疲れたおじさんばかりだったが、今ではよく若い男女の団体客がやってきて、さながらカラオケボックスのようなノリで楽しんでいる。
酒場は世相を映す。厳しい戦いに疲れた男たちを美しい「夜の蝶」が癒す、とういうスタイルの飲み屋は、昭和のパワハラ時代の徒花と言っていい。これからの時代はちょっと厳しいだろう。
今後は、男と女も、圧倒的に増えていく高齢者も、そして外国人なども関係なく、酒や歌が楽しめる一体感のある「スナック的な業態」が増えていくのではないか。
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窪田 順生(くぼた・まさき)
ノンフィクションライター
1974年生。テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者等を経て現職。報道対策アドバイザーとしても活動。数多くの広報コンサルティングや取材対応トレーニングを行っている。著書に『スピンドクター“モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)、『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)、『潜入旧統一教会 「解散命令請求」取材NG最深部の全貌』(徳間書店)など。
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(ノンフィクションライター 窪田 順生)