ドイツが短い労働時間で高業績を誇っている背景には、国ぐるみで勤労者を守る「働かせ方」が関わっていました(写真:alvarez/iStock)
日本よりも労働時間が圧倒的に短いドイツ。にもかかわらず、名目GDP(2017年度)は世界4位にいます。ドイツ人にとって、「長時間労働がありえない理由」を在独ジャーナリストの熊谷徹氏が解説します。
日本とドイツはどちらも物づくりに強い経済大国だ。しかしその働き方には天と地ほどの違いがある。
まず、ドイツ人の労働時間は日本に比べて圧倒的に短い。OECDによると、ドイツの労働者1人あたりの2017年の年間労働時間は、1356時間で、日本(1710時間)よりも約21%短い。彼らが働く時間は、日本人よりも毎年354時間短いことになる。EU平均と比べても、約17%短い。ドイツ人の労働時間は、OECD加盟国の中で最も短い。
勤労者を守る「厳しい法律」
なぜドイツの労働時間は大幅に短いのだろうか。1つの理由は、法律だ。ドイツ政府は、勤労者の健康を守るために、労働時間についての法律による縛りを日本よりもはるかに厳しくしている。
ドイツの労働時間法によると、1日の労働時間は原則として8時間を超えてはならない。1日あたりの労働時間は10時間まで延長できるが、ほかの日の労働時間を短くすることによって、6カ月間の平均労働時間を、1日あたり8時間以下にしなくてはならない。
1日につき10時間を超える労働は、禁止されている。この上限については例外はありえず、「繁忙期だから」とか、「客からの注文が急に増えたから」という言い訳は通用しない。
経営者は、業務が増えそうだと思ったら、社員1人あたりの1日の労働時間が10時間を超えないように、社員の数を増やさなければならない。
さらに、監督官庁による労働時間の監視が日本よりも厳しい。事業所監督局という役所が時折抜き打ちで、企業の社員の労働時間の記録を検査する。その結果、企業が社員を組織的に毎日10時間を超えて働かせていることが判明した場合、事業所監督局は、企業に対して最高1万5000ユーロ(約195万円)の罰金を科すことができる。社員が労働条件の改善を要求しても経営者が対応しない場合には、社員が事業所監督局に通報することもある。
事業所監督局は、とくに悪質なケースについて、経営者を検察庁に刑事告発することもある。例えば企業経営者が一度長時間労働について摘発された後も、同じ違反を何度も繰り返したり、社員の健康や安全に危険を及ぼすような長時間労働を強制したりした場合である。
裁判所から有罪判決を受けた場合、企業経営者は最長1年間の禁錮刑に処せられる可能性がある。長時間労働を社員に強いるブラック企業の経営者には、罰金ばかりでなく刑務所も待っているのだ。つまり、労働時間の規制を守らない経営者は、「前科者」になるリスクを抱えている。
企業の中には、罰金を科された場合、長時間労働をさせていた部長、課長など管理職にポケットマネーで罰金を払わせることがある。さらに長時間労働を部下に強いていた管理職の社内の勤務評定は非常に悪くなる。このため、ドイツの管理職たちは繁忙期でも社員たちに対し口を酸っぱくして、1日10時間を超えて働かないように命じるのだ。
10時間を超える労働には警告
会社によっては、1日の労働時間が10時間近くなると、社員のPC画面に「このまま勤務を続けると労働時間が10時間を超えます。10時間を超える労働は法律違反です。ただちに退社してください」という警告が出るケースもある。
また、管理職のPCの画面に、部下の1日の労働時間が10時間を超えると警告が出るようにしている企業もある。このようにしてドイツの管理職たちは、売上高や収益を増やすだけではなく、部下たちの労働時間の管理にも心を砕かなくてはならないのだ。
日本の働き方改革は残業時間に上限を設けるものだが、ドイツでは1日あたりの労働時間に上限を設けている。これは大きな違いである。
ドイツの企業では、自宅のPCから企業のサーバーにログインして働く「ホーム・オフィス」制度も急速に広がっている。とくに金融サービス業界では、書類の大半が電子化されているので、自宅からの労働が可能になる。会議には電話で参加する。自宅で働いた時間は、会社に自分で申告する。
幼い子どもを抱える社員の間では、ホーム・オフィスは好評である。「毎週金曜日は、ホーム・オフィス」と決めている社員も少なくない。1990年代までドイツでは、社員に対して「午前9時から午後3時までは、オフィスにいる義務」を課す企業が多かったが、最近では「オフィスにいなくても、成果が上がればよい」と考えるのが当たり前になっている。
ドイツ政府と産業界が一体となって進めている製造業のデジタル化プロジェクト「インダストリー4.0」が普及すれば、銀行や保険会社だけではなくメーカーでも自宅からの作業が可能になる。
有給休暇は「30日」が基本
もう1つ、日独の働き方の大きな違いは、有給休暇である。1963年、つまり今から半世紀以上前に施行された「連邦休暇法」によって、企業経営者は社員に毎年最低24日間の有給休暇を与えなくてはならない。
だが実際には、ドイツの大半の企業が社員に毎年30日間の有給休暇を与えている(有給休暇の日数が33日の企業もある)。これに加えて、残業時間を1年間に10日間まで代休によって振り替えることを許している企業も多い。つまり、多くの企業では約40日間の有給休暇が与えられていることになる。
さらに土日と祝日も合わせると、ドイツ人のサラリーマンは毎年約150日休んでいることになる。1年のうち41%は働かないのに会社が回っており、ドイツが世界第4位の経済大国としての地位を保っていられるのは、驚きである。
OECDが2016年12月に発表した統計は、各国の法律で定められた最低有給休暇の日数、法定ではないが大半の企業が認めている有給休暇の日数と、祝日の数を比較している。ドイツの大半の企業が認めている有給休暇(30日)と祝日(9~13日間=州によって異なる)を足すと、39~43日間となり世界で最も多い。日本では法律が定める最低有給休暇(10日)と祝日(16日)を足すと、26日間であり、ドイツに大きく水をあけられている。
日本の特徴は、法律が定める有給休暇の最低日数が10日と非常に少ないことだ。これはドイツ(24日)の半分以下である。しかも、ドイツでは大半の企業が、法定最低日数(24日)ではなく、30日という気前のいい日数の有給休暇を与えている。
日本では、継続勤務年数によって有給休暇の日数が増えていく。例えば、半年働くと10日間の有給休暇が与えられ、3年半以上働いた人の有給休暇日数は14日、勤続年数が6年半を超えると、20日間の有給休暇を取れる。
これに対し、ドイツの大半の企業では、6カ月間の試用期間を無事にパスすれば、最初から30日間の有給休暇が与えられる。この面でも、日本のサラリーマンはドイツの勤労者に比べて不利な立場に置かれている。
さらに、日独の大きな違いを浮き彫りにするのが、有給休暇の取得率である。旅行会社エクスペディア・ジャパンが2018年12月に発表した調査結果によると、同年の日本の有給休暇取得率は50%。これは、同社が調査した19カ国の中で最低である。
「有給取得率100%」が常識
ドイツは、エクスペディアの統計に含まれていない。しかし、私がこの国に29年住んでさまざまな企業を観察した結果から言うと、ドイツ企業では管理職を除く平社員は、30日間の有給休暇を100%消化するのが常識だ。
有給休暇をすべて取らないと、上司から「なぜ全部消化しないのだ」と問いただされる会社もある。管理職は、組合から「なぜあなたの課には、有給休暇を100%消化しない社員がいるのか。あなたの人事管理のやり方が悪いので、休みを取りにくくなっているのではないか」と追及されるかもしれない。したがって、管理職は上司や組合から白い目で見られたくないので、部下に対して、有給休暇を100%取ることを事実上義務付けている。
つまり、ドイツの平社員は、30日間の有給休暇を完全に消化しなくてはならない。日本人のわれわれの目から見ると、「休暇を取らなくてはならない」というのは、なんと幸せなことだろうか。しかも毎年30日、つまり6週間である。
さらに、エクスペディアの調査によると日本では、「有給休暇を取る際に罪悪感を感じる」と答えた人の比率が58%と非常に高かった。フランスでは、この比率はわずか25%だ。