参議院選挙は10日が投票日。
選挙に関わっている人は、まさに一大イベントとして慌ただしくしていると思うが、世の中全体では必ずしも盛り上がりが出ていない。3年前に比べて投票率が低下する可能志を指摘する記事も散見される。
投票日が近付くと、多くの媒体で、「投票に行きましょう」というキャンペーンが行われるが、単に行きましょうと呼びかけるだけでは行動につながらないと実感している。
そこで、今回の選挙を、コストの側面から考えてみたい。
有権者1票のコストは「574円」
「選挙には多額の税金がかかる」と良く聞くが、具体的にいくらかかっていて、何に使われているのかを知っている人は少ない。そこで、政府が作成・公表している「行政事業レビューシート」から全体像を探ってみる。令和3年度行政事業レビューシート(政府資料から抜粋)
上記は、今回の参院選の事業費が書かれている「行政事業レビューシート」だ。予算は約605億円。3年前の選挙より30億円以上(執行額からすると約50億円)増えていることがわかる。
参院選公示前日の6月21日時点での有権者総数が1億543万8137人(3年前より約115万人減少)なので、有権者1人あたり、つまり1票にかかるコストは「574円」という計算が成り立つ。
この数字、選挙のたびに上昇している。2013年の参院選が1票あたり471円、2016年が496円、前回の2019年が536円。3回前の選挙から100円以上増えていることになる。この投票所入場券が600円近くかかるとも言える(写真は筆者の自宅に届いた投票所入場券)
3年前の参院選(選挙区)の投票率は48.80%、棄権者数(投票に行っていない人)は5421万人。単純化して言えば、291億円(536円×5421万人)分の選挙権が放棄されたことになるのだ。
605億円の使いみち
「行政事業レビューシート」を見ると、具体的な使い道も見えてくる。3年前の参院選の実績で見てみよう。表1:令和2年度行政事業レビューシート「資金の流れ」(政府資料から抜粋)
上記のお金の流れを見てみると、執行額558億円の93%にあたる516億円が都道府県への委託費用になっており、さらにその88%(455億円)が都道府県から市町村へ委託されている。これは、地方財政法と公職選挙法により、国政選挙に必要な経費はすべて国が全額負担することになっているためだ。
地方では具体的にどのようなことに使っているのか? それは下図を見るとわかる。
都道府県の中で最も多くの国費が投入された東京都では、市区町村への交付額が45億円、公選法によって公費で賄うことになっている、新聞広告・政見放送・ポスター作成などの経費が2.5億円、選挙事務全般の事務費が2.1億円、選挙啓発費が1100万円などと記載されている。
次に市区町村。一番国費が投入されている横浜市は、投開票所に係る人件費が計5.1億円、選挙事務全般の事務費が2.7億円、ポスター掲示場の設置と撤去費で6600万円、期日前投票所に係る人件費などで7300万円、選挙公報の配布費などで5600万円などとなっている。大まかに整理すると、都道府県は選挙に必要な機材の製作を担い、市区町村は人件費を中心に具体的な活動費が中心と言える。表2:令和2年度行政事業レビューシート「費目・使途」①(政府資料)
テレビと新聞に最低でも20億円以上の国費
選挙期間中にNHKで流れる候補者や政党の政見放送、新聞各紙の広告欄に登場する候補者や政党の広告は、候補者などが負担するわけではない。当然ながら各社のサービスでもなく、法律によってその経費は国が負担することになっている。表3:令和2年度行政事業レビューシート「費目・使途」②(政府資料)
表1~3のレビューシートの抜粋を見ると、政見・経歴放送にかかる経費として3200万円(うち3100万円がNHK)、新聞広告費として新聞社8社に14.6億円支出されていることがわかる。ただし選挙においてのメディアへの支出額はこれだけではなく、候補者個人の新聞広告や政見放送にかかる経費は先述の地方への委託費の中に含まれるため、さらに多くの国費がメディアに出されていることになる。表2で見ると、東京都は2.5億円の内数であることを考えると、少なく見積もっても20億円は超えるだろう。
なお、このほか、選挙運動用のハガキ(支持者が当該候補者を応援していることを自らの知人に表明することを目的としたハガキ)を選挙運動で利用することが認められているが、このハガキの郵送費は候補者側ではなく国費で負担すると定められている。計15億円は、日本郵便株式会社に支出していること(表3)や、選挙期間中の候補者の公共交通による移動も国費で負担することとなっていて、その金額が1.4億円だということも、行政事業レビューシート(表1)からわかる。
選挙費用558億円(今回は予算ベースで605億円)が高いかどうかは、個々人の考え方次第だと思うが、金額だけで判断するのではなく、その中身をしっかりチェックする必要はある。
例えば、近年、選挙に当選せずとも政見放送で「目立つ」ことでその後の活動につなげようとし、結果的にその品格が疑われる事例も出ている。また、インターネットによる選挙運動が解禁されている中で、15億円もの税金をかけてハガキを配ることが適切なのか、など議論の余地は多分にあろう。
605億円を使うことの成果指標は投票率の向上ではないのか?
とは言え、今回の選挙はこの仕組みの中で行われている。だからこそ、政治もメディアも国民も一緒になって、605億円が活きたお金になるような選挙にする努力が必要だと考える。
そのための重要な成果指標は「投票率」だろう。総務省のレビューシートの成果指標は下図の通り、
「本事業は、法律に基づき、任期満了により改選される参議院議員の選挙の管理執行を行うものであるため、定量的な成果目標を示すことは困難」とし、目標は「公正な国政選挙の確実な実施」、実績は「参議院通常選挙の公正な実施を確保した」
と記載されている。
公正な選挙を行うことは当然として、何のために候補者の宣伝経費や選挙啓発活動を国費で行っているのかを考えると、有権者に選挙への関心を持ってもらい投票に行ってもらうことが理由であるはずだ。表4:令和2年度行政事業レビューシート「成果目標」(政府資料)
3年前の参院選の投票率は史上2番目に低い投票率(48.80%)だった。総務省は「投票率の向上は有権者次第」と他人事になるのではなく、多額の国費を投入していることの意味を自分事として捉える必要があるのではないか。
それは私たち国民自身も同様だ。
「誰に投票しても何も変わらない」「自分たちには関係のないこと」などと切り捨てるのではなく、投票によって国や政治への意思表示をしていきたい。手元にまだ投票所入場券がある人には、その紙は600円近くかかっていることを考えてみてほしい。
「そもそも選挙に税金がかかり過ぎだ」と感じる人は、投票をしたうえで是非ともその指摘をしてほしい。少なくとも今回の選挙に600億円以上の国費がかかることは間違いないのだから、「投票引換券=574円の税金」を捨てることなく投票所に足を運んで欲しい。
伊藤伸構想日本総括ディレクター/内閣府政策参与