この頃、街中で「冷凍ラーメン」を売る自動販売機が増えている。全国名店のラーメンが一堂に会し、24時間気軽に買えるのが売りだが、冷凍ラーメンはスーパーやコンビニ、ネットでも買え、他にも冷凍食のラインナップはコロナ禍を経て急増している。飲食店の営業自粛も緩和された中、“ラーメン自販機”が勢いを増している理由は何なのか。冷凍ラーメン自販機『ヌードルツアーズ』を全国170ヵ所以上で展開している丸山製麺に聞いた。
【画像】冷凍ラーメン、自販機からどうやって出てくる? バリ男、つじ田、雷神ほか製品中身
■冷凍食の常識を覆す“お店の味の完全コピー”、製麺所のプライドを懸けた商品開発
1958年創業の丸山製麺が、『ヌードルツアーズ』をリリースしたのは2年前の3月。いまや競合を含め、全国500台以上に広がっているラーメン自販機の先駆け的存在で、きっかけはコロナ禍だった。
「弊社は駅ナカの立ち食いそばや社食などがメインのB to B企業で、緊急事態宣言が発令された2020年には、最大8割の収入減という憂き目に遭いました。そこでなんとか売上を立てるべく、製麺工場の前で有人の直売所を月に1回やってみたところ、『業務用の美味しい麺が購入できる』という噂が広まり、行列ができるほどの盛況で、お客様から毎日やってほしいとの声がありました。そうなると社員に日曜日まで出勤してもらわなくてはいけなくなるので、直売所以外の方法を考え始めたのです」(丸山製麺取締役・丸山晃司氏/以下同)
ちょうど同じ頃、ラーメン店も軒並み売上を落としていた。ラーメン店のビジネスは客数×単価。それ以外の利益が生み出しづらかったところ、「弊社がラーメンスープを買い取ることによってラーメン屋さんの販路を広げられたら、と試行錯誤しており、最終的に自動販売機というアウトプットになりました」
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だが、「冷凍ラーメン」の開発は決して楽ではなかった。元々、社食がメインだったため、専門ラーメン店との販路が弱かった。勉強のために足を運んでいたラーメンフェスなどで培った人脈なども活用し、一から人気ラーメン店に声をかけた。
しかし、これまで取引のないラーメン店は、当然他の製麺所を使っている。ラーメン店自体も麺のレシピを知らない。麺の共同開発、つまり“お店の味の完全コピー”が至上命題となった。そこで、老舗である丸山製麺所のノウハウが活きた。麺の厚さ、色味、食感だけを手がかりに、粉や練り具合、茹で時間を予想し、試作を重ねた。ブラインドで試食してOKが出るまでやるお店もあり、完成まで半年かかったこともあった。
「ラーメン屋さんも、参加するからには店舗と同クオリティの商品を販売してほしいと皆さんおっしゃられていたので、『麺は多少異なりますが我慢してください』とは言えませんでした」と当時の苦労を語る丸山氏。1品1品が、製麺所としてのプライドを懸けた開発だった。
■5分に1回エゴサーチ、「失敗したくない」ユーザーも味方につけるSNS戦略
そして、史上初の「冷凍ラーメン自販機」が誕生した。これには近所の人々がすぐに反応。Twitterで話題にし始め、「夜中でも二郎系が買えるラーメン自販機ができた」「面白系自販機がある」などの声で拡散。その日の夜中には、噂を聞きつけた人気YouTuberが大阪からわざわざ上京し、撮影した動画が更なる話題を呼んだ。そうしたエンタメ性が受け、ピーク時には1日600食が出るほどに。ラーメン店の1日の売上が100~200食であることを考えると、想定以上のヒットを果たした。
「自販機には50食しか入らなかったので、自分も含めて社員が常に自販機の前にいました。面白いのは、自販機への補充の間、皆さん待っていてくれるんですよ。つまり手渡しではなく、“自動販売機で買う”というイベントに面白さを感じてくださったようですね」
現在では全国174ヵ所に置かれるほどの拡大を見せ、追従企業も相次いだ。その価格は運営会社によって異なるが、『ヌードルツアーズ』の場合は1食1000円(税込)。店舗に行くのと同等の値段で、冷凍のためすぐに持ち帰らなければならない。その上、スーパーやコンビニ、ネットでも手に入る冷凍ラーメンの自販機が、ここまで広まった理由は何なのだろうか。
「コロナ禍に人との接触がなく買える点や、昨今冷凍食が充実したことで“冷凍ラーメンは意外に美味しい”という認識が拡大していた点があったかと思います。SNS上でユーザーさんの反応を見てみると、『想像しているよりも美味しかった』という感想が非常に多いんですよね。何より、買うユーザーより写真を撮るユーザーが多い時期もあり、『うちの近くにもあった』と発信したくなる自販機というコンテンツの強さが一番大きいと思います」
一方で、その“エンタメ性”は一度買えば満足してしまうパターンも多い。味でしっかりと満足させるのももちろんだが、ヌードルツアーズの「ファン」になってもらうことが重要だと丸山氏は踏んでいた。そこで注力しているのが、SNSコミュニケーションだ。
毎日5分に1回エゴサーチをし、ヌードルツアーズに関する投稿にはこまめにリプライしている。また、「#ヌードルツアーズ」で有名ラーメン店の丼が当たるなどのキャンペーンも実施。自販機という無人ビジネスである以上、ユーザーとの接点が作りづらいがゆえに、SNSを活用しながら「ファン」になってもらう努力を惜しまない。
結果、SNSで検索するとヌードルツアーズの投稿がたくさん出てくることに。「昨今のお客様は、新しいものに挑戦する前にいきなり買わず、SNSでリサーチしてから買う方も多くいらっしゃいます。しかも一食1000円しますから、失敗したくないお客様も多い。ステマではないかと疑う方でも、SNSで純粋な良い感想が多く見つかることで、安心して買ってもらえるようになりました」
■飲料自販機や証明写真機の相次ぐ撤退も追い風に 広がる自販機産業、競合はテレブース
客層は20代後半~50代と幅広い。うち女性が4割を占める。普通のラーメン店では1割程度で、入るのに勇気がいる、食べたらすぐ出なければいけないような空気に足踏みする女性は多い。また家族連れなどの場合、小さい子どもがいると座敷がないと難しかったりもする。冷凍ラーメン自販機は、“おいしいラーメンを食べたいけど、普段ラーメン店には入りづらい”層のニーズも満たす。
東京だけではなく、地方でも好評だ。特にラーメンのジャンルが少ないエリアでは、反響が大きかった。「例えば、岐阜の方は二郎系を食べるために名古屋まで行く方もいます。中毒性の高いラーメンの特性として、食べたい時にすぐ食べたい。とはいえ、スーパーやコンビニでは味に満足できない。通販では1食だけだと送料の方が高くつき、届くまで1週間ほどかかるため、食べたいピークを過ぎてしまうのです」
購買の多い時間帯は、帰宅時の17~18時。無人となると気兼ねがなくなるので、二郎系やジャンクなものが人気だそう。特に女性は、コンビニでは「この人この時間に二郎系買っている…」と思われるのが恥ずかしいためか、自販機では夜中の二郎系の購買率が上がるという。
置き場所は都内だと商業施設や駅ナカ。地方はフランチャイズ展開で、コインランドリー、ガソリンスタンドなど置く場所がある店からリクエストが来るそうだ。「昨今減少傾向にある飲料自販機や証明写真機の跡地に置かれることも多いです。競合はテレブースですね(笑)」
現在はパチンコのダイナムなど大手事業者との提携も増え、SEIYUやPARCO、マンションのエントランスにも置かれている。宅配サービスだと2000円ほどかかり麺も伸びるが、同自販機だと1000円でできたての味が食べられる。
「ご参画いただけるラーメン店さんも徐々に増えており、現在のラインナップは25種類。『ヌードルツアーズ』と銘打ってるだけに店の選定にもこだわっており、あっさり、こってり、鹿児島などのご当地ラーメンからミシュラン系まで、行くたびに違う商品が買えるのも自販機ならではの楽しみです。最初は地方で東京の有名ラーメンが食べられるということで販路拡大していましたが、昨今では地方の名店の味が東京でも食べられるというように変化もしています」
老若男女に愛されるラーメンだが、ラーメン店の客層はかなり偏りがある。そこに隠れたニーズを見事に浮き彫りにした冷凍ラーメン自販機。飲料自販機や証明写真機の撤退が相次ぐ中、どんな味わいが楽しめるのかわからない「ガチャ」にも似た“エンタメ性”を秘めた自販機ビジネスは、今後ますます広がりを見せていきそうだ。(取材・文=衣輪晋一)