編集部は、40~60代で早くに亡くなった家族や友人を持つプレジデント読者に対して、故人の生活習慣や睡眠習慣についてのアンケート調査を実施。1012人から収集した回答をもとに、スリープクリニック調布院長の遠藤拓郎先生に早死にした人の睡眠の特徴を解説してもらった。
※調査概要:編集部は「睡眠」に関するアンケートを2024年5月17日から28日にかけて実施し、PRESIDENT Onlineの会員2338人から回答を収集した。回答者のうち、40~60代で早死にした家族や友人を持つ1012人から得られた故人の睡眠時間や睡眠の特徴について、ランキングを作成した。
■寝すぎは寝不足よりも7倍早死にする
まず、アンケート調査では早死にした故人の睡眠時間についての回答を収集。6時間以上7時間未満という選択肢が最も多い票を集めた。しかし、実は睡眠時間の多寡は極端でもない限り、早死にの原因にはなりえないという。「2021年に実施されたOECD(経済協力開発機構)の調査が明らかにしているように、日本人の平均睡眠時間は7時間22分と世界で最も短いです。厚生労働省は『21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)』というキャンペーンを展開して、睡眠時間を長くすることを奨励しています。しかし、睡眠時間を長くすることが本当に健康につながるのでしょうか。もし睡眠時間が短いほど寿命も短くなるというのであれば、日本人が世界一長寿であることを説明できません」
実は健康である人の場合、日中の活動時間が長くなる代わりに睡眠時間が短くなることは問題ない。むしろ、その短い睡眠が良質なものになることは翌日も活発に行動するための原動力につながるので、健康にとっては好循環が生まれるという。
一方で、睡眠時間を極端に長くするとどうなるのか。
「睡眠時間を長くしようとすると、日中の活動を減らして睡眠を優先する生活になり、エネルギー消費が少なくなって体力が減退します。また、日中に活動していないため、疲れていないのに眠ろうとしてもうまく寝付けず、睡眠薬に頼るようになってしまいます。
睡眠薬を服用すると昼間の活動量が落ち、体力がなくなって長く寝たくなり、長く寝たいので睡眠薬を使ってしまう――。睡眠薬を飲み始めるとこのような悪循環に陥ります。その結果、寝たきりになってしまう人があとを絶たないのです」
健康日本21に加えて、過重労働が社会悪とされたことで日本では「働き方改革」が進んでいる。たしかに睡眠時間が極端に短く、4時間を切るような生活を送っている人は10年後の死亡率が高いというデータがある。しかし、睡眠時間が6時間前後取れている人から、すでに10時間以上も睡眠を取っている人まで全員にもっと寝ることを奨励するのは間違いだという。
「40~60代になると会社の早期退職制度を利用したり、FIREしたりで時間を持て余す人が増えてきます。そういう方々は先の長い人生を考えて倹約に努めますが、そのとき一番お金を使わない娯楽は寝ること。その結果、寝ている時間が長くなって、やがて寝たきりになってしまいます。実は毎日10時間以上寝ている人は、4時間未満しか寝ていない人よりも10年後の死亡者数が7倍も多いのです。現在4時間未満しか寝ていない人はもっと睡眠したほうがいいですが、健康な人は日中の活動時間を増やして睡眠を良質にすることが早死にの回避につながります」
次に、早死にした故人が抱えていた睡眠の特徴の調査結果を見てみよう。遠藤先生によれば、睡眠時の部屋の明暗や泥のように眠ること、起床時間を決めずに就寝することは早死にと無関係だ。また、ショートスリーパーは個人の体質であり、うまく寝付けずに頻繁に覚醒することも加齢に伴う体の変化にすぎず、早死にとは無縁。
■早死にした人の多くに共通する「無呼吸症」とは
一方で、早死にの原因になる特徴も多くランキングに並んだ。「いびきをかいていた、歯ぎしりをしていた、寝言を発していたというのはいずれも睡眠時無呼吸症候群(無呼吸症)に該当します」
無呼吸症とは、いったいどのような病気なのか。
「いびきなどの無呼吸症が進行すると睡眠の質が低下して日中の眠気が強くなり、事故やミスが増えます。無呼吸症が重症化した人は自動車の交通事故の発生率が約2.5倍に増えるというデータもあります。また、事故やミスだけではなく、高血圧や不整脈、脳梗塞などの体の病気、うつ病などの心の病気、さらには認知症なども引き起こします。『眠れない(不眠)』は個人の問題ですが、『眠い(過眠)』は社会の問題と言っても過言ではありません。きちんと寝ているのに昼間眠い人は、必ず睡眠外来に行ってください」
■周囲からの指摘は金言、素直に受け止めて
無呼吸症が事故や病気を招き、死を早めることがわかった。しかし、心配する必要はない。無呼吸症は適切に治療をすればコントロールできる病気だ。
「無呼吸症は、CPAP(経鼻的持続陽圧呼吸療法)と呼ばれている専用の人工呼吸器を使えば大幅に改善できます。これは、睡眠時に専用のマスクをつけて呼吸を補助する器具で、健康保険を適用すれば1カ月5000円程度の自己負担でレンタルできます。CPAPを3時間使用すると眠気は半減、7時間以上の使用で眠気の80%以上は消失するという研究結果があります。装着時の違和感さえなければ、ほぼ完璧に眠気を抑えることができるのです」
無呼吸症は周囲の助けなくしては自覚しにくい病気だ。「いびきをかいていたり、寝言を発していてもなかなか自分では気づくことができません。しかし、せっかくご家族や友人が無呼吸症を指摘してくれたのに蔑ろにした経験がある人は少なくないのではないでしょうか。無呼吸症の指摘は金言ですので、素直に受け止めましょう」
ここまで、遠藤先生が有する最新の研究調査や編集部のアンケート結果をもとに、早死にと睡眠との関係を紐解いてきた。早死にしないためには、活動的な生活と良質な睡眠を追求し、無呼吸症の自覚があれば治療を進めることが重要。悔いを残さず残りの人生を全うするためにも、まずは自分自身の睡眠習慣を見直してみよう。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年7月5日号)の一部を再編集したものです。
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遠藤 拓郎(えんどう・たくろう)
スリープクリニック調布院長
スタンフォード大学医学部客員教授、医学博士。東京慈恵会医科大学卒業、同大学院医学研究科修了、スタンフォード大学、チューリッヒ大学、カリフォルニア大学サンディエゴ校へ留学。東京慈恵会医科大学助手、北海道大学医学部講師を経て、現職。祖父(青木義作)は、小説『楡家の人びと』のモデルとなった青山脳病院で副院長をしていた時代に不眠症の治療を始めた。父(遠藤四郎)は、日本航空の協賛で初めて時差ボケを研究。祖父、父、本人の3代で100年以上、睡眠の研究を続けている「世界で最も古い睡眠研究一家」である。
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(スリープクリニック調布院長 遠藤 拓郎)