2度無職で「地位」手放した彼女の人生が好転した訳 「生産的なことを何もしない日々」がなぜ転機に?

病気、育児、介護、学業など、さまざまな理由で働くことができない時期がある人は少なくない。そんな離職・休職期間は、日本では「履歴書の空白」と呼ばれ、ネガティブに捉えられてきました。

しかし、近年そうした期間を「キャリアブレイク」と呼び、肯定的に捉える文化が日本にも広まりつつある。この連載では、そんな「キャリアブレイク」の経験について、さまざまな方にインタビューしていきます。

今回取材したのは「えとみほ」の愛称で知られる江藤美帆さん。サッカークラブである南葛SCマーケティングの部長のほか、株式会社マイナビ、株式会社カワチ薬品、株式会社リミックスポイントで社外取締役を務める江藤さんは、これまでに2度、働くことができなくなった経験があるといいます。

20代のとき、うつ病によって離職。その後、仕事に復帰した江藤さんだったが、37歳の頃、ふたたびキャリアブレイクを経験することになる。きっかけは、起業した会社の譲渡でした。前回記事に続き、江藤さんに聞いていきます。

前回記事:うつ、休職…「2度の無職」を経験した彼女の大発見

自分の会社を事業譲渡して「からっぽ」に

江藤さんは30歳のとき、イギリス企業のコンテンツライセンス管理会社を設立。禁煙支援プログラムを販売する事業を始めた。このプログラムは、江藤さんがイギリスにサッカー観戦のために滞在したときに出会ったものだ。

書籍・DVDの売り上げが累計300万部を達成するなど成功を収めたが、37歳のときに事業譲渡を決断。社員とのあいだにすれ違いが起きたことが理由だった。

「私自身、人に雇われたことがなかったので社員の気持ちをわかってあげられず、溝ができてしまったんだと思います。たとえば、事業にあまりコミットしてくれない社員に対して『なんで全力で働いてくれないんだろう』『自分ならもっとこうするのに』と不満を持ってしまって。そのほかにもいろんなことが重なって、自分は社長には向いてないんじゃないかと思い、代表を降りる決断をしました」

事業を譲渡した江藤さんはまったく先が見えない状態になり、実家がある富山に戻ることにする。37歳での挫折だった。

「それまで、その事業のことだけを考えて生きてきたので、ほかにやりたいことがないんですよ。自分がからっぽになってしまった感覚がありました」

まわりでは、自分と同じように起業した人たちが会社を成長させ、同年代の人は結婚をしていく。江藤さんのなかで「自分は何をやってるのだろう」と、焦りが首をもたげてきた。

そんな焦りを打ち消すように、江藤さんは韓流ドラマにハマっていった。TSUTAYAでDVDをレンタルし、睡眠時間を削ってドラマを観続ける日々。韓流ドラマは、つかのまの現実逃避をさせてくれた。

2度目のキャリアブレイクを終えるきっかけとなったのは、知人のあるひとことだった。ベンチャーキャピタルで働いていた知人に事業譲渡した経緯を話すと、「一度、人に雇われてみたら?」と言われたのだ。

「たしかに、雇われたことがないなと思って。なので、あえて会社員の仕事をしてみようかなと思ったんです」

7、8カ月ほど休んだあと、転職サイトからとあるITベンチャー企業の求人に応募し、採用された。人生で初めて、会社員として働く日々が始まった。この経験が、江藤さんの考え方を大きく変えることになる。

「それまで経営者の立場で、社員に対して『なぜ事業にコミットしないのか』と思うこともありました。でも、経営者と社員は立場が違うんだということがわかったんです。経営者は事業が儲かるほど、株などで直接的なリターンがありますが、会社員は必ずしもそうじゃない。だから、『なぜそこまでしないといけないの?』と思ってもおかしくないよな、と」

離職期間がきっかけとなり、江藤さんのなかで「雇用される側の視点」が育まれていった。さらに、「キャリアを中断しても、社会復帰して働けるんだ」という自信もついたという。

その自信どおり、江藤さんはITベンチャーでのオウンドメディア立ち上げや、スマホで写真が売れるアプリの開発とCEOへの就任、サッカークラブでのマーケティング戦略部長など、現在に至るまでIT・スポーツ・メディアの領域を横断した活躍を続けている。

「本気で休む=生産的なことを何もしない」ことで視野広がる

20代後半でのうつ病による離職と、30代後半で事業譲渡をきっかけにした離職。2度のキャリアブレイクを振り返って、「本気で休む=生産的なことを何もしない」という経験が、人生をプラスの方向に変えてきたと江藤さんは考えている。

江藤さんも、かつては「生産的でないことには価値がない」と思っていた。たとえば、余暇もダラダラと過ごすことができず、隙間時間があればビジネス書を読んでいたという。「少しでも生産的なことをしていないと気持ちが悪い」という感覚があったのだ。

そんな考えがもとで、キャリアブレイクの時期にも少し余裕が出ると仕事に役立つ勉強などをしようとすることもあったが、余計に疲弊してしまった。そこで江藤さんは、「本気で休む=生産的なことを何もしない」と覚悟を決めたのだ。不思議なことに、それから視野が広がったという。

「『本気で休む=生産的なことを何もしない』と決めると、それまで目を向けなかったようなことをやり始める人が多いんですよね。私の場合、スポーツ観戦にハマったことで救われました。かつては『スポーツとかエンタメって、なんのために存在してるんだろう』とすら思ってたのに(笑)」

当時の江藤さんは、好きなチームをただただ夢中で応援していただけ。のちに自らがプロサッカークラブのマネジメントに関わるなんて、想像もしていなかったはずだ。結果論だが、休んでいるあいだに好きなことを見つけることが、将来への先行投資になっていた。

「だから少し元気が出てきたら、それが将来役に立つかなんて気にせずに、やりたいことをやってみるのが大事だと思いますね」

看板を捨てたから、希少な人材になれた

一般社団法人キャリアブレイク研究所が提唱する「無職の5段階」によれば、キャリアブレイクの期間には「実は◯◯がしたかった」といったような深層心理的な言葉が語られるようになる時期があるという。

江藤さんがスポーツ観戦と出会ったのも、まさに「実は◯◯がしたかった」という自分自身の声に気づくような体験だったのではないだろうか。

ただ、自分自身の「実は◯◯がしたかった」という声に気づいても、それを仕事につなげるためには乗り越えなければならない壁があったと江藤さんは語る。

その壁とは、地位や収入といった「看板を捨てる」ことである。

「自分の地位や収入がなくなるのがすごく怖かったんです。『何社の社長ですよ』という看板があってこそ、話を聞いてもらえる部分もあったと思うんですね。だから、それまでの看板を維持したまま、次の仕事を選びたいという気持ちがありました」

成功体験があればあるほど、なんとか過去の地位や収入にしがみつきたくなるのが人の常(つね)だ。しかしそうすると、せっかく広がろうとしている視野を狭めてしまうばかりか、その焦りに乗じて詐欺などの被害にあいやすくなるのだという。

だからこそ、看板を思い切って手放してみる。キャリアの選択基準を、収入や地位といった看板ではなく、「自分の心が躍るかどうか」に置いてみるのだ。

「すごくワクワクするけどあまり待遇がよくない仕事と、ワクワクしないけど待遇がいい仕事。どちらに転職するかを悩む方が多いですが、今の自分だったら絶対にワクワクするほうを選びます。そちらを選んで、後悔したことがないんですよね。それに、好きなことには時間と労力をかけるのが苦じゃなくなるので、のちのち収入もついてくると思っています」

実際に江藤さんは、まったくの未経験からスポーツ業界に飛び込んだ。当初は収入も下がったというが、「やりたい」という気持ちに従ったことで、結果的に自らの市場価値が上がることにつながったと感じているという。

「新しい世界に飛び込むと、過去にどんなことを成し遂げている人でも新人。だから最初は難しいこともたくさんありますが、だんだんと力がついてくると、前の仕事の経験も生かせるようになって大きく飛躍するんだと思います。私の場合、ITとスポーツ、両方のことをわかってる人って珍しいので、そこを買ってもらえているのかもしれません」

江藤さんは経営者として、社員や選手をマネジメントする側でもある。マネジメントをする際の考えにも、キャリアブレイクで得た気づきが生かされているようだ。その考えとは、「社員のパフォーマンスは7割くらいがいい」というものである。

「100%のパフォーマンスは、長く続かないと思うんですよ。経営者の方で、すごく頑張っていた社員が急に辞めると言い出す『びっくり退職』に頭を抱えている方もいると思いますが、それは不思議なことではなくて。全力で走る人は一時的にはパフォーマンスを出せても、かつての私のように燃え尽きたり、『このままではいけない』と急に方向転換せざるをえなくなる時期があるんです」

だからこそ、マネジメント側もメンバーの「3割の部分」を尊重し、支援することが必要だという。

「一見生産性がないと思えるような時間がないと、人は長く走り続けられないと思います。その意味では、会社を辞める、辞めないは関係なく、組織として個人が休んだり、遊びの時間をつくれるようにサポートするのがいいんだろうなと」

マネジメント側が、個人の「本気で休む=生産的なことを何もしない」時間を支援する。それは結果的に、個人が長期的にパフォーマンスを発揮することにつながり、組織の生産性を上げることにつながるかもしれない。

だが、江藤さんが経営者として「本気で休む=生産的なことを何もしない」ことを尊重する理由は、ほかにもある。

「昔は『とにかく生産性を上げる』ことが経営者の務めでしたよね。もちろん今でも生産性は大事ですが、それ以上に『働く人たちの幸せ』を実現することが、経営者の務めだと思うんです。会社は、1人ひとりが幸せになるために存在するもの。みんなを不幸にしてしまったら本末転倒ですから」

人生は思いどおりにいかなくても、幸福に生きられる

かつて江藤さんは、自ら起こした事業を手放すこととなった。それは小さくない挫折だっただろう。

けれどキャリアブレイクを経て、「1人ひとりが幸せになるために、会社や仕事が存在している」という考えにたどり着いた。そんな経営者としての現在の姿は、かつて江藤さん自身が思い描いていたものとは異なるかもしれない。

実は江藤さん、学生のときには『何歳で就職して、何歳で結婚して……』という細かい計画があり、『そこを外れたら、もうダメだ』と考えていたらしい。

「だけど、いきなり就職からつまずいてるわけですよ(笑)。その後も、病気になったり、事業を手放したり、これまでを振り返ると自分でコントロールできないことがすごく多かったです」

自らの選択で、キャリアブレイクに踏み出す人もいる。一方で江藤さんのように、思いがけず離職や休職を余儀なくされる人も多いのではないだろうか。

人生は計画どおりにはいかない。しかし「計画を外れたら、もうダメ」では決してないということを、江藤さんのユニークな歩みが示してくれている。なにしろ離職を経験していなかったら、サッカークラブで働くことはなかったかもしれないのだ。

「アスリートで、小さい頃に書いた卒業文集の夢をかなえてる人がいるじゃないですか。それはそれですばらしいなと思うんですけど、大方の人は多分そのとおりにならないですよね。

でも、人生が思いどおりにならなくても、まったく悲観する必要はない。幸せに生きられるよ、ということは、『計画から外れたら、もうダメだ』と思っている方にお伝えしたいなと思いますね」

前回記事:うつ、休職…「2度の無職」を経験した彼女の大発見

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著者:山中 散歩

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