200万円以下でMTもある車に惹かれるワケ

ホンダ「N-VAN」、スズキ「スイフトスポーツ」「ジムニー」。一見ばらばらなこの3車種に共通する発想とは(写真:Honda Media Website、スズキ メディアサイト)

高性能なスポーツカーや豪華な高級セダン、カッコイイSUVなどに注目が集まりがちな自動車市場の中で、200万円以下で個性の強い小さなクルマ、それも5速や6速などの手動変速機(MT=マニュアルトランスミッション)も選べるモデルがひそかに人気を集めている。スズキ「ジムニー」「スイフトスポーツ」、ホンダ「N-VAN」などだ。

一時は納期が1年待ちにもなったスズキ「ジムニー」

典型がスズキ「ジムニー」だろう。2018年7月に現行型へフルモデルチェンジされ、1カ月当たりの販売計画が1250台(小型車のジムニーシエラは100台)と少なく、一時は納期が約1年まで延びた。

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ジムニーは悪路の走破力を高めた軽自動車サイズのSUVで、20年ぶりにフルモデルチェンジされた。新型の登場を待っていたユーザーも多く、注目されて当然といえる。ただしジムニーは悪路向けだから、多くのユーザーに適したSUVではない。その割に話題性が高い。

人気を得たいちばんの理由は、車両のコンセプトとそれを表現する外観にある。潔いSUVの原点回帰を感じさせたからだ。SUVは人気のカテゴリーだが、大柄で豪華な車種も多く、キズ付くのを恐れずに悪路へ乗り入れる雰囲気ではない。「最近のSUVは、ちょっと軟弱になったなぁ」と思い始めたところで、現行ジムニーが発売された。

ジムニーの外観はシンプルで、国産SUVでナンバーワンの悪路走破力を軽自動車のボディに凝縮させた。ホイールベース(前輪と後輪の間隔)は2250mmと短く、最低地上高(路面とボディの最も低い部分との間隔)は205mmと高いから、悪路のデコボコも乗り越えやすい。コンパクトだから混雑した街中や駐車場でも運転しやすい。

この外観を見ているだけで、自分がジムニーを日常生活の中で使ったり、雪道を走る姿を想像できる。余分な付加価値を持たないから個性が明確で、使い勝手をイメージしやすい。

価格も手頃で、装備の充実したXCの4速AT仕様は184万1400円だ。中級のXLに5速MTを組み合わせると158万2200円に収まる。

ホンダ「N-VAN」も2018年夏に登場して話題になった。軽乗用車のホンダN-BOXをベースに開発された軽商用バンだ。N-BOXは2018年に国内販売の1位になったから、外観の似通ったN-VANもなじみやすい。

ただしN-VANは、N-BOXを単純に商用車へ改造したクルマではない。N-VANは左側のピラー(柱)をドアに内蔵させ、前後ともに開くと開口幅が1580mmに達する。「タント」の左側も同様のつくりだが、開口幅は1490mmだからN-VANが上まわる。そしてN-BOXにはこのような機能がない。

さらにN-VANは、助手席も後席と同じくコンパクトに畳める。したがって1人で乗るときは、ドライバーの周囲をすべてフラットな荷室に変更できる。

本来ならば、エンジンを荷室の下に搭載して十分な荷室長を確保する「アクティバン」をフルモデルチェンジすべきだった。しかし今の需要では、軽商用車に独自のプラットフォームやサスペンションを与えたら採算が取れない。N-VANと競合するスズキ「エブリイ」やダイハツ工業「ハイゼットカーゴ」は独自の設計だが、それぞれ複数のメーカーにOEM(相手先ブランドによる生産)供給しているから成り立つ。ホンダはOEM関係を持たないことからアクティバンを廃止して、N-BOXをベースにN-VANを開発した格好だ。

アクティバンの荷室長は1725mmだが、N-VANはボディの前側にエンジンルームがあるから、荷室長を1510mmしか確保できない。この重大な欠点を補うため、左側のピラーをドアに内蔵させたり、助手席を小さく畳めるようにしたりした。

いわば苦肉の策だが、この工夫がファンを生んだ。後席と助手席を畳んで左側のドアを全開にすれば、ボディの側面とリアゲートの両方から荷物を積んだり、車内に出入りしたりできる。駐車時には風通しのよい小部屋という感覚で、趣味の空間としても気持ちよく使える。

エンジンは動力性能の高いターボも用意され、ノーマルエンジンでは、ホンダの軽スポーツカー「S660」用に開発された6速MTを選択できる。ギアの入りもよく、軽商用バンなのに小気味いいシフトワークを楽しめる。仕事に使う軽商用バンでありながら、面白い要素をちりばめた。

価格はLEDヘッドランプなどを備えたプラススタイルファンホンダセンシングが6速MT、CVT(無段変速AT)ともに156万600円だ。このターボ仕様は166万8600円になる。

運転の楽しいスポーティーカー

200万円以下で運転の楽しいスポーティーカーとしては、スズキ「スイフトスポーツ」が注目される。全長3890mm、全幅1735mmというコンパクトなボディに、直列4気筒1.4Lターボエンジンを搭載した。最高出力は140馬力、最大トルクは23.4kg・mだ。動力性能をノーマルエンジンに換算すると、2.3L並みになる。

1.4Lの小排気量ターボは、フォルクスワーゲンなどの欧州車が多く採用する手法だ。軽量化に力を入れて、車両重量は1トンを下回るから、加速性能に余裕がある。

トランスミッションは、6速MTと6速ATが用意されている。ATも有段式だから、CVTと違ってエンジン回転と速度の上下動がつねに一致する。ダイレクトな運転感覚を味わえて、速度の微調節もしやすい。

足回りに使われるショックアブソーバーは名門のモンロー製で、優れた走行安定性と、コンパクトカーとしては快適な乗り心地を両立させた。

このようにスイフトスポーツは、エンジン、トランスミッション、サスペンションなどを独自につくり込み、欧州のコンパクトスポーツモデルに負けない楽しい走りを味わえる。価格は緊急自動ブレーキを作動できるセーフティーパッケージ装着車の6速MTモデルが192万2400円だ。

3車種に共通するミニマリスト的なクルマづくり

ジムニー、N-VAN、スイフトスポーツは、脈絡のない3車種に思えるが、いわゆる断捨離、ミニマリスト的なクルマづくりで共通している。機能や装備を欲張らず、必要最小限にして、付加的な価値は取り去る発想だ。

付加価値を剥いでいくと、クルマの本質が残る。ジムニーはどのSUVにも負けない悪路走破力、N-VANはビジネスで使えば荷物の積みやすさだが、パーソナルユースなら空間活用の自由度と優れた乗降性になる。スイフトスポーツはエアロパーツなどの装備も多いが、小さな軽いボディで運転の楽しさを研ぎ澄ませた。

とくにN-VANの助手席と後席を畳んだ室内は、まさに断捨離だ。シンプルなインパネと運転席以外は何もない。自由な空間が広がり、左側のドアをフルオープンにすれば、車内が外界とつながる。まさに縁側のある小部屋で、どこでも出かけた場所が自分の庭になる。

今は「モノよりコト」といわれ、若年層を中心に、狭くても心地よい部屋を求める人たちが増えた。断捨離、ミニマリストといった言葉が日常的に使われ、身のまわりをシンプルにする生活が共感を呼んでいる。

ジムニー、N-VAN、スイフトスポーツなど、小さくて飾りを捨てた本質を追究するクルマづくりは、今のマインドにピタリと合う。自分でシフトレバーとクラッチペダルを操作するマニュアルトランスミッションも、同じ考え方に基づく原点回帰と受け取れる。

このように思いを巡らせると、新しいクルマのあり方が見えてくる。事故を避ける安全装備は充実させるが、それ以外の機能や装備はシンプルに抑える。ひとつ間違うとチープなクルマになるから、シンプルで心地よい素材とか、開放感を入念に計算せねばならない。今のクルマが失った視界の優れた明るい室内も不可欠だ。

スローライフの価値観とも親和性が高い。クルマは走るツールだから、価値観やデザインも「速さ」を重視しがちだが、断捨離の時代に必要なのは逆の発想だ。「心地よく運転できるから、ゆっくりと時間をかけて目的地まで行きたい」と思わせるようなクルマが欲しい。たとえば設計が古くなったが、日産自動車「キューブ」とかトヨタ自動車「ポルテ」には、それに近い雰囲気がある。

クルマの開発には、コンセプトやデザインの決定まで含めると、最短でも2年を要する。したがって時代の流れに合わせるのは難しい。それでも今後のユーザーが好むのは、シンプルでスローな価値観だ。そこに焦点を当てたクルマの登場に期待したい。

軽自動車はこの路線で結構頑張っている。以前はあからさまな女の子向けだったスズキ「ラパン」と対抗し、「ミラココア」の後継になるダイハツ「ミラ トコット」は、明るくシンプルで今の価値観に合う。ダイハツ「ムーヴキャンバス」も、それらしい雰囲気だ。

やはり国内向けに開発された軽自動車やコンパクトカーは、ジムニー、N-VAN、スイフトスポーツ(これは海外でも売られるが)を筆頭に、日本のユーザーに寄り沿うクルマづくりをしている。そのために断捨離、ミニマリストの価値観と相まって注目された。日本の新しいクルマづくりも、小さなクルマから始まるに違いない。

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