ユニークな科学研究に与えられるイグ・ノーベル賞の2010年度授賞式が9月30日、ハーバード大学サンダーズシアターで開かれた。クジラの“鼻水”の画期的な採取方法、罵倒による痛みの緩和などユーモアあふれた研究が今年もこの賞に輝いた。日本人研究者も昨年に続き受賞している。
科学誌「Annals of Improbable Research」とハーバード大学の学生グループが主催するこの賞は、「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる」研究に対して贈られる。第20回にあたる今年度の受賞研究は次のとおり。
◆ラジコンヘリでクジラの鼻水を収集:工学賞
工学賞を受賞したのは、遠隔操作型のヘリコプターでクジラの“鼻水”を収集できることを証明したメキシコ国立工科大学の研究チーム。同チームは、クジラの鼻孔から吹き上げられる潮を調べることにより、年齢、種類、健康状態などを調査している。
だが世界最大級の哺乳類であるクジラに触れずに潮を採取することは困難とされていた。 そこでチームは、非侵襲的な(痛みや危険を伴わない)画期的方法を実現した。ボートから全長約1メートルのラジコンヘリをクジラの上に飛ばして、ヘリに取り付けたシャーレで潮の採取に成功。クジラはヘリに気づいていたが、普段と変わらない様子だったという。
◆罵倒が鎮痛剤?:平和賞
平和賞に輝いたのは、呪いや罵りの言葉を吐くと痛みが和らぐことを証明したイギリス、キール大学の研究チーム。
氷水に一定の時間以上、手を浸す対照実験を行ったところ、罵倒し続ける被験者は、何も言わない被験者よりも約50%長く痛みに耐えることができた。心拍数も上がり疼痛知覚が低下したのは、脅威の感受性を低下させる闘争逃走反応が働いたと推測される。
ただし追跡調査では、穏やかな人の方が大きく痛みが軽減するとも明らかになった。普段から罵り倒すクセの人にはほとんど効果が得られず、役に立たないので注意が必要だ。
◆水と油は混ざる:化学賞
化学賞が贈られたのは、メキシコ湾原油流出事故を起こしたイギリス石油会社BPと、マサチューセッツ工科大学(MIT)、テキサスA&M大学、ハワイ大学の研究チーム。油と水は混ざらないという古い定説の間違いを証明した。
「もし海が静止していたなら、メキシコ湾に流出した原油はすぐ海面に浮かび上がり、海水と混ざることはなかっただろう」と、テキサスA&M大学のスコット・スコロフスキー(Scott Socolofsky)氏は説明する。「だが実験に加え実際の現地調査でも、海には海流があり海水の密度分布も一様ではないと判明した。結果、原油が微細な粒子となって拡散し、プルームという層が海中に形成されている」。
「原油が海水と混じり、海中に留まっていれば、微生物による分解が進みやすい。海面や海岸の野生生物への被害を防ぐことができるという利点もある」と同氏は付け加えている。
◆ジェットコースターで喘息が改善:医学賞
ジェットコースターが喘息治療に効果的であることを発見した、オランダのアムステルダム大学の研究チームに医学賞が贈られた。「ジェットコースターに乗る前は、不安などの否定的な気持ちを感じて息苦しくなる。喘息患者でなくてもそうだ」と同大学のサイモン・リートフェルト氏は言う。「だが、乗った後は興奮や高揚感などの肯定的な感情で楽になる。喘息患者にも同じ効果が見られた」。
◆研究者はあごひげに要注意:公衆衛生賞
公衆衛生賞を勝ち取ったのは、研究者のあごひげに微生物が付着することを実証したアメリカ、メリーランド州フォート・デトリックにある労働安全衛生機関の研究チーム。研究施設で微生物に汚染された場合、顔を規則通りに洗浄してもひげの微生物は死滅しにくいため、特に注意が必要だと警鐘を鳴らした。
◆粘菌が交通網を整備?:交通計画賞
公立はこだて未来大学の中垣俊之教授らが率いる日本とハンガリーの共同研究チームが、粘菌が最適な鉄道網を設計できることを証明して交通計画賞に輝いた。同チームは2008年にも粘菌に迷路を解かせる研究で認知科学賞を受賞しており、2度目のイグ・ノーベル賞受賞となる。
東京都近郊を描いた地図上で培養された粘菌は、各都市にあたる場所にエサを配置すると細長く伸びてネットワークを効率的に形成し、その様子は東京の交通網そのものだったという。
◆氷上では靴下を:物理学賞
靴やブーツの上から靴下を履くと氷上で転びにくくなることを証明した、ニュージーランドのオタゴ大学の研究チームが物理学賞を受賞した。
「一部の“進取の気性に富んだ”人たちは凍結した道路を歩く際、靴の上から靴下を履くという慣習を実践していた」と同大学のリアンネ・パーキン氏は述べる。この慣習を科学的に検証することで、多くの笑いを誘い、考えさせることができたようだ。
◆ランダムに昇進させよう:経営学賞
経営学賞は、従業員の昇進を成果主義ではなくランダムに行う方が、より効率的な組織にできることをコンピューターモデルで証明したイタリア、カターニア大学の研究チームに授与された。
「これまでの仕事がうまくいったからといって、昇進後はどうなるかわからない。だから、ランダムに昇進させる方が組織全体の効率が上がる確率が高くなるというわけだ」と研究チームはこの結果を分析する。
◆オオコウモリのつがい行動:生物学賞
生物学賞を受賞したのは、オオコウモリがヒト同様にフェラチオを行っている事実を明らかにしたイギリスのブリストル大学と中国の共同研究チーム。
行動の正確な理由はわかっていないが、メスの唾液がバクテリアを殺す作用を持つ、交尾時間が長くなり成功率が上がるなどが考えられるという。
Brian Handwerk for National Geographic News