2016年の小売業界はどう動くべきか?

総合スーパー(GMS)にとって、2015年は大きな転換の年であったといえるだろう。ユニーとファミリーマートの経営統合、イトーヨーカ堂の40 店閉鎖検討、イオンリテールの全店改装報道、といったニュースは、GMSという業態が本格的な方向転換へと踏み込んだことを示している。

隆盛を極めた業態がその力を失った原因は何だったのか。みずほ銀行産業調査部では、こうした小売業界の変化の背景を分析し、およぼした影響についてレポー トで考察した。このレポートで示したことは、これまでの小売業態の盛衰に大きな影響を与えたのは、「モータリゼーション」であり、中でも女性の免許保有と パーソナルなクルマの普及であった、ということである。大まかに言えば以下の通りである。

小売業界の主役となる業態は、1970年代以降はGMS、2000年以降は専門店チェーンと変化してきた。こうした業態の変遷は、モータリゼーションの発展段階に応じて、消費者の生活動線が変化してきたことによって起こった。

クルマが一家に一台しかなく、女性の免許保有率が低かった、モータリゼーションの前半期には、週末にGMSでワンストップショッピングという買物スタイル が主流だった。しかし、カジュアル衣料品「ユニクロ」に代表されるようにロードサイドにコストパフォーマンスの高い専門店チェーンが現れ、女性に運転免許 が普及すると、自由度を増した消費者の買物の選択肢は多様化し、ワンストップショッピングの引力は低下していった。伸び悩むGMSは、専門店チェーンを配 したモールで同業間競争を継続することを選択したため、専門店チェーンの出店余地はさらに拡大し、商品ジャンル単位ではGMSを凌駕(りょうが)するまで に成長した、というものである。

こうした経緯が示すのは、小売業の盛衰に大きな影響をおよぼしたのは、消費者の行動を変える長期的な社会 環境変化であり、業界環境だけを見ていても対応は難しかったということである。ただ、さまざまな社会環境変化のうち、将来何が小売業界に影響を与えるかと いうのを予測することは容易なことではない。できるとすれば、現在影響を及ぼしつつある「兆し」を抽出し、今後顕在化するだろう変化を想定することしかな い。こうした兆しの中で今後の小売業界に最も影響を与えると考えられる「ICT環境の変化」について考えてみたい。

●新たな時代の幕開け

既に顕在化している事象はECチャネルの台頭であろう。現在のEC物販市場規模は6.8兆円(EC化率6.1%)に達しており、2025年に17.7兆円 (EC化率16.1%)へと拡大する見込みである(図1)。リアル小売業が本格的にEC市場拡大の影響を受ける時期が今後いよいよ到来すると言えるだろ う。例えば、イトーヨーカドーやイオンの大手を筆頭に、ネットスーパー事業を強化しているのはその表れといえる。

ただし、ECチャネルの 台頭は、小売企業と顧客の接点がICTによって根本的に変化していく過程の、ほんの始まりに過ぎない。ICT環境の整備がもたらす本質的な変化とは、消費 行動のデジタルデータ化とビッグデータ処理によって、小売業におけるマーケティングの革命的な進化が可能になったことにある。

具体的に は、モバイル環境、モバイル機器の普及、SNS(+スマートフォンアプリ)、ビッグデータの処理技術、非現金決済手段(電子マネーなど)によって、個人の さまざまな消費行動がデジタルデータとして足跡を残していく環境が整ったことがこれまでとの大きな違いであろう(図2)。このデジタルデータの足跡をたど ることで、今まで不可能だった個人の消費行動をデータとして蓄積し、分析することが可能となったのである。

加えて、決定的な変化は、こう したデータ収集分析がローコストで実現できる環境が整いつつあることであろう。これまでも、個人ごとの購買履歴からきめ細かいマーケティングを行うという ことは理論的には可能であったし、何度も試みられてきたが、費用対効果の問題から、小売業界においては顕著な成果を上げられていたとは言い難い。

しかし、個人が所有するスマホの機能は、初期のスーパーコンピュータ以上の処理能力を持つ時代になり、ICTインフラも整った今、コストのハードルはなく なったと言っていい。これによって、POSデータをベースとしたマーチャンダイジング中心のマスマーケティングを終焉(しゅうえん)させ、個人データを ベースとしたOne to One マーケティングへ移行するという歴史的な転換期になるだろう。いわば、「モノ」中心のマーケティングから、「ヒト」中心のマーケティングに変わっていく時 代の幕開けである(図3)。

●「モノ」から「ヒト」への変化が生み出すもの

One to One マーケティングのインフラを、ローコストで実現できた小売企業のマーケティングの精度は、データの蓄積とともに飛躍的に上がっていき、マーケティング仮説 が瞬時に検証可能となる。こうした企業は、川上からの新商品の優先的な提供がなされたり、商品開発のパートナーと目されたりすることで、バリューチェーン において不可欠な存在となる。こうした消費者行動分析の仕組みを持つことにより、「闇夜に鉄砲を撃っている」従来型企業との明確な差別化ができるだろう。

さらに言えば、ヒト中心のマーケティングの時代には、個人の生活における接点をいかに増やしていけるかが優劣を決める要素となっていくため、モノやサービ スの種類によって分かれていた業種を超えて、データを共有することが有効となるだろう。こうしたデータを保有する企業が、IDを業態の垣根を超えて統合す れば、「個人」を単位とした情報の集約が可能となり、消費生活の大半を把握できるようになる。ビッグデータを蓄積し精緻な分析が可能となれば、個人単位で の最適な消費生活の提案が可能となる。

ヒト中心のマーケティングの時代には、多くの顧客接点を構築した企業、もしくは特定のジャンル(商 品、サービス、エリアなど)における顧客接点を確保した企業が、業種を超えてさまざまなアライアンスを構築し、競い合っていくことになるだろう。現在進行 しつつある、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)、楽天、リクルート、携帯キャリア、商社などが推進するポイント経済圏は、こうした統合ID時 代を見据えたアライアンスのプロトタイプなのである。

このヒト中心のマーケティングが成立した時点で、モノ中心のマーケティグはほぼ無力 化されてしまうだろう。例えるならば、ヒト中心のマーケティングとは、消費者行動を把握するためのレーダーのようなものだ。第二次大戦期、初期のレーダー しか持ち合わせず、有視界戦をベースとした日本軍が、レーダーを完備した米軍の前に完敗を喫したように、新たなマーケティングに対応できない企業は退場を 余儀なくされるであろう。

最後にレーダーに関するサイドストーリーを紹介しておきたい。レーダーの基礎技術は1920年代の日本で開発さ れていたが、その技術を軍として採用、実用化したのは英米だった。日本軍がそのことを知ったのは開戦後であったらしい。当時の工業力、技術力の差であった といえばそれまでなのだが、軍の将来投資に対する思想の違いが明暗を分けたとも言われているようだ。

小売業界においても、消費行動把握のためのレーダーが、通常配備される時代が迫りつつある。2016年を「レーダー開発元年」とするか、否かの判断が、小売企業の今後の明暗を分けることになるだろう。

(中井彰人)

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