「現法トップ」にとっての人材難
中国に日本企業における社員の呼称は、日本企業ならではの暗黙のヒエラルキーを示している。
・駐在員
・現地採用(略称「ゲンサイ」)
・ローカル社員/スタッフ
・ワーカー
頂点は駐在員。最近は長期化しているが、一般的には3-4年サイクルで、総経理や工場長など現地法人幹部を務める。日本の本社から派遣され、赴任時に任期が決まっている場合が多く、その任期が終わると日本に戻る。任期中に社用で日本に出張する際は「一時帰国」であり、異動等で本社に戻る際は「本帰国」という駐在員用語もある。そのあいだの給料は日本法人水準が保証されている。
まず、現地採用(ゲンサイ)は、多くの場合、現地中国法人により採用された日本人を指す。駐在員の補佐的ポジションを担う。仕事ぶりが認められ「本社採用」「日本採用」される現地採用日本人も少なからず存在するが、ビジネスレベルの中国語レベルが求められる。
次のローカル社員やスタッフ、ワーカーから国籍が変わる。ほぼすべて中国人で現地で採用された社員だが「現地採用」とはなぜか呼ばれていない。デスクワーク中心で、通訳を兼任するケースが多く、日本人の現地採用より基本給を抑えられる傾向が強い。最近では通訳色が薄いぶん、業務スキルに秀でたローカル社員も増えてきた。
最下位のワーカーは、主に工場で生産系の肉体労働を担う中国人を指す。ローカル社員やスタッフと比べ、低学歴者が多く、日本語能力もほとんど求められず、賃金も抑え気味の傾向が強い。
――とここまで、あくまで一般論を並べてみた。銀行マン時代に駐在員経験のある私の知るかぎり、中国以外の海外における現地法人も、ほぼ同じ人事システムで運営されているはずだ。
日本語で読まれる日本在住のビジネスマンが読むメディアでは、ヒエラルキー最上位の「駐在員」視点から語られるレポートが重宝されると思う。拙稿でも、その視点から、ロックダウン解除から1年が経ち、同市最大の露天夜市がリニューアルオープンしたばかりの上海から「人材難」の現状をお伝えしたい。
「中国版ChatGPT」正解だが待遇の優位性は低下
いかに中国人をうまく活用するか。中国事業の成功のポイントとして長年語られてきた。しかしながら「なかなかいい人材がとれない」というボヤキは途切れることはない。「駐在員システム」を見直さないかぎり、ミスマッチは減らないのだろうか。そこで今流行の『中国版ChatGPT』に中国語で質問をしてみた。
日系企業で働くには以下の条件が必要です。
いくつかのメリットと特徴:
1.言語の優位性:日本語は日本企業の業務言語であるため、日系企業での業務には一定の日本語水準が必要で、滑らかな読み書き、コミュニケーションができることが望ましい。
2.文化適応性:日本企業には独特の文化・雰囲気があり、良好な文化適応能力、日本文化に対する理解と尊重、日本人同僚や取引先と有効なコミュニケーションが取れ、日本の文化を大切にし、日本の同僚とパートナーとの効菓的なコミュニケーションとインターアクションができること。
3.専門スキル:職位に応じて対応する専門技能と知識背景を備え、業務を担うことができる。
4.チームワーク能力:日本企業においては、チームワークと集団利益至上の理念が強調され、優れたチームワーク能力があり、チームメンバーと協力して業務を行うことができる。
5.誠実守信.:日本企業は従業員の道徳と職業規範を非常に重視し、誠実、守信と信頼を強調し、良好な道徳品質と職業操守を備える必要。
――そのため、日本語をマスターすることができて、日本の文化を理解することができて、専門の技能を備えて、チームワークが上手で、良好な道徳の品質を持っている人は、すべて比較的に日系企業で勤務することに適している。
ざっと見るかぎり正しい。日本企業が好む人材として間違ったことは書かれていない。同時に、これだけの条件が求められるわりに、日系企業の待遇面での劣位性が、以前と比べて際立っているといわざるを得ない。
上海平均賃金が2025年に日本越え
いい人材を採用する確度を上げるためにはどうすればいいか。良い待遇を提示し、トライ&エラーを繰り返すしかないことが普通に考えられる。
かといって、日本で人件費が伸び悩んでいる中なか、中国の人件費を気前よく上げられるものなのか。この約20年の動きを見ても、日本の平均賃金はほぼ変わらず、微減さえしている一方で、中国の平均賃金は年々上がってきている。
2025年、ついに上海の平均賃金が日本を越える可能性…日系企業が中国で見向きもされなくなる日がやってくる© 現代ビジネス
この表を見るかぎり、まだまだ日本のほうが中国よりも平均賃金が大きく上回るが、上海のような大都市になると再来年の2025年には、日本を追い抜くペースで上昇している。しかもこれはあくまで全体平均であり、オフィスワーカーだとこの水準を上回ることは言うまでもない。
ワーカーや宅配員より高い給与を希望
「ローカル社員やスタッフが当たり前のように“1万元以上”を要求してきます。先日は(ワーカーのうちベテランの類にはいる)“熟練工”を1万元で引き留めたばかりです。その噂が社内で瞬時に伝わったようで『ワーカーより低い賃金なんて納得できない』と責められました。最近ほぼ毎日、賃金アップの直談判を受けています」(日系精密部品中堅メーカー)
たしかに上海では、フードデリバリーの配達員やライドシェアの運転手で1~1.5万元(20~30万円)稼ぐことができるようになってきている。
主力は『農民工』と呼ばれる出稼ぎ労働者だ。同じ待遇ならならもっと稼げる職種へ転職するのは責められない。一昨年はじめて農民工の規模が初めて減少し、高齢化も進展している政府レポート(2021国家統計局「農民工観測調査報告」)が公表されたが、都市と農村が格差の埋まらないから、大都市圏の日本企業における不利な状況は好転しないと思われる。
日本語人材の草食化
もともと以前から、日本企業の待遇は「細かい要求が多いわりにケチ。伸びしろもわずか」と人気があるとは言えなかった。くわえて最近では優勝劣敗を地でいく中国地場系企業と比べても見劣りするケースが目立つ。
手っ取り早い頼みの綱は、大学時代に日本語を専攻し、中国地場系企業の弱肉強食を嫌う日本語人材ぐらいだろう。ところが――、
「最近の日本語人材はおとなしいタイプが多い。考え方や仕事ぶりの“お行儀”が良くなってきました。少なくてもがんがん稼ぐタイプではなく、上司に言われたこと“だけ”を忠実にこなす草食タイプです。
仕事上のプレッシャーを避け、プライベートが第一。家庭では外国語を操る賢いお母さん。高めの給料を得ているから面子も保てる。
日本語人材といえば(文系の外国語学習者ということで)女性が多いですから、男性社員が気を遣って気持ちよく働いてもらうのが企業文化になっています。産休と育休を合わせて1年以上のブランクを覚悟しています」(日系機械メーカー大手駐在員)
もちろん“肉食系”の人材も中国には豊富だ。欧米系中国地場系問わず、高級管理職ポストになると、日本企業の駐在員以上の待遇を得ている人材も少なくない。「駐在員」が軸の日本企業が求めていないだけかもしれないが、中国系求人サイトをとみると月給6万元、8万元、10万元以上といった高待遇の人材募集は珍しくない。
最近日本ではグローバルで待遇を統一しようという動きが活発な企業もあるが、これは一部大手企業のみにみられる動向で、この水準でオファーできる日本企業はまだまだ少数派だ。
拙稿の後編『激烈な経済成長を見せる中国で日本企業が人材会社の「お得意様」にされている……そのヤバすぎる「実情」』では、最近のリサーチと私自身の体験談をもとに、人材難の実情をお伝えする。(構成/週刊現代・加藤康夫)