中国のGDPはすでに日本の約5倍。2040年には約10倍になる。防衛費の規模では、とても競争できない相手になってしまった。「日本は守る価値がある国」だと、自由主義諸国に認めさせることが必要だ。では、日本はそうしたものを持っているか? 【写真】防衛費増税、裏金問題…自民党総裁選で候補者たちが明言しない「大問題」
選挙の争点は政治資金問題だけでない
秋に総選挙が行なわれる可能性がある。争点としては、まず政治資金。さらに、物価・ 賃金・ 円安も議論されるだろう。また、高齢化に対処するための社会保障負担の問題もある。 これらはいずれも重要な問題だ。ただし、解決のおおよその方向付けは明らかだ。政治資金の流れの透明化と適切な課税。物価の安定と実質賃金の引き上げ、そして、負担能力に応じた高齢者負担の拡大など。 しかし、これら以外に、日本が直面している極めて重大で深刻な問題がある。それは、強大化する中国の軍事力だ。これはあまりに大きな問題であるために、かえって、総選挙の争点として取り上げられることはないだろう。以下では、この問題について考えることとする。
中国が世界最大の経済大国になる
日中GDPの推移を見ると 図表1のとおりだ。 ■図表1 日本と中国のGDP(市場為替レートによるドル表示:単位10億ドル) 1980年代まで、中国の経済的影響力は、国際社会においてほとんど無視しうるものだった。中国は産業革命以前の状態にあったからだ。一方、日本はこの期間に急速な経済成長を遂げ、1980年代には世界第二位の経済大国としての地位を確立した。 しかし、1990年代に入ると状況は大きく変わった。まず、日本の経済成長が停滞した。他方、中国は経済改革を本格化させ、急速な経済成長を始めた。改革開放政策によって市場経済を導入し、製造業を中心に経済が急成長した。そして、中国は世界経済における重要なプレーヤーとして台頭することになった。 現在、中国のGDPは日本の約4.5倍に達している。2040年にはその差がさらに拡大し、中国のGDPは日本のほぼ10倍に達すると予測されている(図表1には示していない)。中国の経済規模はアメリカを超え、世界最大の経済大国としての地位を確立することになる。 中国は、その経済的な影響力を駆使して、国際社会における位置づけをさらに強化し、国際的なルールや規範の形成に影響を与えるだろう。国際機関や貿易協定の枠組みの中で、中国の意向が強く反映されることとなり、グローバルな規制や政策の方向性にも変化が生じる可能性がある。さまざまな国際的取り決めにおいて、中国の視点や利害がより多く取り入れられるようになるかもしれない。
中国の軍事力は日本の10倍に
このように、中国の経済的な成長は、国際社会全体に深遠な影響を及ぼすことが予測される。各国は、この変化に対応するための戦略を模索する必要がある。 日本の場合には、まず防衛費に深刻な影響が及ぶ。 兵器の保有量はほぼGDPの額に比例すると考えてよいだろう。現在すでに中国のGDPは日本の4.5倍なのだから、日本の戦車1台は、中国の戦車4~5台に立ち向かわなければならない。 岸田内閣は防衛費の対GDP比を1ポイント引き上げて2%にした。しかし、中国が防衛費の対GDP比を0.2ポイント引き上げれば、これは帳消しになってしまう。 これだけでも敵わないが 日本と中国のGDPの差は、将来はますます開く。2040年には、日本が防衛費の対GDPを1ポイント引き上げても、中国がわずか0.1ポイント引き上げるだけで帳消しになってしまう。 これでは、兵器の量の競争は、まったく不可能だ。 つまり、「防衛費を増やせば防衛力が高まる」という発想は、中国のGDPがあまりに大きくなってしまったので、中国を相手にしては、すでに無意味になっているのだ。 質的な面でも、中国軍事力の成長は目覚ましい。 例えば、中国は、AIを活用して複数のドローンを編隊で運用し、協調して攻撃を行う「編隊攻撃」の技術を確立している。これらのドローンは、リアルタイムでの情報処理と分析を行いながら、複数のドローンが協力して同時に攻撃を仕掛けることが可能だ。この技術は、従来の兵器システムや防御手段に対する大きな脅威となり得る。 特に注目されるのは、AI駆動型ドローンが、アメリカの空母などの高度な軍事プラットフォームを無力化する能力を持つに至っている点だ。ドローン編隊による攻撃は、空母の防御能力を超える可能性がある。 このような技術的な進展は、中国の軍事戦略に新たな次元をもたらし、国際的な軍事バランスにも影響を与える可能性がある。 中国に対抗するためには、単なる防衛予算の増加に頼るのではなく、包括的で多角的なアプローチが必要であり、そのための国際的な連携の強化、同盟と協力、そして革新的な防衛技術の開発が必要とされる。つまり、防衛力の向上に加えて、国際的な影響力を強化するための戦略的なアプローチが不可欠だ。防衛のための費用対効果を最大化するためには、技術革新や戦略的な投資など、より複合的な戦略が求められる。
同盟関係を実際に機能させるためには条件が必要
以上のような危惧に対して、いかに中国の軍事力が高まったところで、現実の世界で、中国が日本に対する脅威になることはない、と考える人が日本には多いだろう。 その根拠として、日本とアメリカの同盟関係が、こうした緊張を平和的に解決するための重要な要素になっていると指摘するだろう。実際、1951年に締結された 日米安全保障条約第5条には、日本に対する武力攻撃が発生した場合に、アメリカが自衛権を行使して日本を防衛する義務があると明記されている。したがって、中国の要求が武力行使を伴うものであれば、アメリカは条約に基づき日本を守るための行動をとらなければならない。また、アメリカは、経済制裁や外交的な圧力を通じて、中国に対して国際的な圧力をかけ、中国の行動を抑制するだろう。 ただし、実際の対応は、事態の具体的な状況や国際的な反応、アメリカの政府の判断によって異なる可能性がある。 だから、アメリカや他の自由主義諸国との連携や支援を実際に受けるためには、日本が「守る価値がある国」と認識されることが必要だ。
日本の戦略的な価値は高いといえるか?
では、日本は、そうした認識を獲得できるものを持っているだろうか? それは、軍事に直接関係する産業や技術でなくてもよい。例えば、最先端の医療技術で、どうしても他国が追随できないようなものがあれば、それは日本にとって強力な取引材料になるだろう。また、独自の産業を持つことは、日本の国際的な位置づけを強化する上で有利だ。 ただ1つでも日本がそういうものを持っていれば、それが大きな力になる。しかし、そうしたものを日本は持っているのだろうか? 台湾の半導体産業や韓国の産業力は、グローバルな供給チェーンにおいて非常に重要だ。では、日本には、それに匹敵するものがあるだろうか? 改めて見渡して見ると、何もない。ゾッとするような状況だ。 現実の日本は、台湾の半導体製造会社TSMCの工場を日本に誘致できたと喜んでいる状態だ。最先端でなく、時代遅れの工場なのに……。 日本が持っている技術や産業が、他国と比べて「守る価値がある」と認識されなければ、安全保障におけるリスクは高まる。日本は経済大国であり、技術力も高いと言われてきた。しかし、それは1980年代頃までの話だ。現在の日本がどういう状況になっているかを、図表1をもう一度よく見て、改めて認識すべきだ。
野口 悠紀雄(一橋大学名誉教授)