感染リスクに怯えつつ満員電車に揺られ、ひとたびパニックが起きればスーパーや薬局には買い溜めの列が。そんな都会に見切りをつけ、地方移住を視野に入れた動きが広がり始めている。
◆都会での暮らしに不安。自粛を機に移住の機運高まる
長引く自粛要請でスーパーや商店街に人が溢れ、公園や緑道も週末となれば驚くほどの密っぷり。今回のコロナ禍で、改めて首都圏の人口密度の高さが浮き彫りになった。それもあって、ここ最近、伊豆や房総といった都市近郊の沿岸部の物件を扱う不動産屋に問い合わせが増えているという。都内の広告代理店に勤める男性は語る。
「先日、中途採用が決まっていた20代男性から、内定辞退の連絡があったんです。入社日が自粛要請と重なり、自宅待機するうち、田舎で働きたくなったとかで」
東日本大震災を機に東京脱出の機運が高まったように、今回も地方回帰が始まった形だ。そんななか、早くも移住に向けて動きだしたのは、政令指定都市の岡山市内で飲食店を営む池本由言さん(44歳)。
「もともと、野草やジビエに関心があり、5年以内に生産現場でもある田舎に移住したいと思っていたんです。3月にコロナの影響で売り上げが落ちるなか、社会情勢も鑑みて先の見通しが立たないと判断。移住を実行に移そうとネットなどで移住先を絞り込み、候補地に連絡しました。(自粛要請前の)4月頭に山口県の周防大島を回り、6月末には移住の予定です」
自宅に戻ってからは移住計画と廃業手続き、店舗の赤字をいかに減らすかを考えながらひとりで営業も続ける日々。過労とストレスで一時は体調を崩したものの、「多くの移住者さんとお話しする機会をいただき、人生の転機にこのフィールドで頑張りたい」と意欲を燃やす。
◆移住とは人と地域のお見合いのようなもの
オンラインでの移住フェアや各自治体の相談窓口設置といった動きも出てきている。全国規模のオンライン全国移住フェアを5月31日に開催するのは、山口県周防大島町の総務省地域力創造アドバイザー・いずたにかつとし氏だ。予算が確保しにくい自治体や若い団体でも参加しやすく出展料を無料に設定。現時点での参加団体は北海道から沖縄まで31道府県に及び、全部で100団体を越えるという。どのようなイベントになるのか?
「画面は昔の2ちゃんねるの掲示板のように情報だけのスレッドが並んでいるので、気になったエリアの情報に飛んでもらい、情報を収集してもらえれば。Zoomのように各地域の担当者と一対一で話ができるミーティングルームも用意しているので、移住のイメージを固めてもらうこともできます」
移住は、「お見合い」のような要素があると語るいずたに氏。では、マッチングを成功させるために気をつけておきたいことは?
「風景がキレイなどのイメージだけで移住先を決めて、『虫が出る!』と驚かれる方がいるんです。でも、自然が多いところに虫が出るのは当たり前。あと、僕たちは自虐的に言うんですけど、中国地方は曇天率が高い(笑)。家を引き払い、仕事も辞めて退路を断った状態で移住した後にそういうことを知ると、減点加点のなかでどうしても減点のほうが大きくなってしまいます。移住後もニュートラルな気持ちで物事に対応するために、マイナスの部分も先に知っておいてもらえたら」
多くの自治体では体験ツアーやワークステイ、就農体験用の施設などを用意している。そういったサービスを利用しながら、移住先を絞り込むのもいいだろう。今の環境を手放すことに二の足を踏む向きには、都市とその近郊との多拠点生活という手もある。こう語るのは、U、I、Jターンを通して地域で暮らす人や文化の魅力を発信する雑誌『TURNS』編集ディレクターのミネシンゴ氏だ。
「僕の本拠地は神奈川県の三崎ですが、東京での仕事も多いし、いきなり都市部と分断された山奥に行こうとは思わない。そう考えつつ、ローカルっぽさも担保するとなると、都市部から車で1時間から1時間半ぐらい、おおよそ70㎞圏内のエリアに分散が進む気がします。多拠点移住が進めば、そこでの商売を視野に入れた複数インカムの流れも出てくるでしょうね。今は、空き家を利用して月額4万円から全国各地の拠点に住み放題のADDressなど、人が移動するカルチャーをつくって地方を盛り上げようというミドルサイズの組織も増えていますから」
野村総合研究所の発表によると、2033年には全国の空き家率が30.2%になるとの予測も。こういった形での空き家の活用は、地元にとっても大歓迎だろう。
◆AIが予測する地域分散型社会への移行
田舎暮らしに憧れはあれど、気がかりは仕事とお金のこと。だが、業種さえより好みしなければ仕事はあるといずたに氏は断言する。
「地方と一口に言っても地方都市であれば安定した働き口はありますし、我々が住む島は観光業がメインですが、民宿、旅館、軒並み人手不足です。どうしてもやりたいことがあるなら別ですが、『この仕事しかしたことがないから』という保守的な理由なら、業種にこだわらずに飛び込んでみてもいいのでは? 求められることで、やりがいも感じてもらえると思います。究極的なことをいえば、空き家もあるし、草刈りを手伝う代わりに野菜をもらうなどの交換経済もある。都心部よりセーフティネットも利いています」
冬の電気代やガソリン代など移住先のランニングコストを細かく計算すれば、「使える金額が可視化され、精神的にも安定する」とはミネ氏。さらには、こんな職の探し方もあるという。
「『TURNS』で提唱している“継業”という言葉があるんです。これは、地元で何十年も続いた定食屋や喫茶店、銭湯なんかが後継者に恵まれなくて廃業という時に、血縁関係ではない第三者が代を継ぐ考え方。継業のいいところは、地元のファンを引き継ぎつつ、イニシャルコストをかけずにお店を持てるということ。元の主人には家賃が入りますし、地元には若い人が増える。今後、後継者に困っているお店が“見える化”して、移住者とマッチングさせるスキームができればいいですね」
ここまで移住の現場に近い識者に話を聞いてきた。では、研究者はアフターコロナの人口がどう動くと予想しているのだろう? 京都大学こころの未来研究センター教授の広井良典氏に話を聞いた。
「実は’17年にAIを活用し、2050年の未来に向けて、2万通りのシナリオから今後の日本社会のシミュレーションを行ったんです。その際、東京一極集中に象徴される都市集中型の社会から、地方分散型社会への分岐が2025年から2027年頃に生じる可能性が高いという結果が出ました。学生を見ていてもローカル志向が強まっていると感じますし、この傾向はコロナによって加速するでしょう。これからは住む場所の選択を含めて個人が今より多様なライフコースを可能にしていくと思います。またそれが結果として、経済や人口にとってプラスに働き、社会全体の持続可能性を高めていくことになると思います」
令和に入り、昭和・平成的な価値観や社会構造が薄れつつあったが、その流れはさらに進みそうだ。
◆<移住前に確認しておきたいこと>
▼住居
・空き家バンク制度やそれに代わる制度はあるか?
・移住者向けに家賃や住宅購入の補助はあるか?
・防災マップやハザードマップの確認
▼仕事
・ワークステイ、ワーキングホリデーを実施しているか?
・移住者の就業・就職を支援する体制が整っているか?
・高速インターネット網が整備されているか?
▼生活環境
・食料や日用品が購入できる場所、病院や学校までの距離
・高速のインターや最寄りの駅、空港までかかる時間
・年間を通しての寒暖差や日照時間など
【いずたにかつとし氏】
総務省地域力創造アドバイザー。地方と人を繋ぐLOCONECT主催。5月31日にオンライン移住フェアを開催
【ミネシンゴ氏】
三崎で出版社アタシ社と蔵書室カフェ「本と屯」「花暮美容室」を営む。『TURNS』編集ディレクター。現在、泊まれるシェアオフィス準備中
【広井良典氏】
京都大学こころの未来研究センター教授。『コミュニティを問いなおす』で第9回大佛次郎論壇賞受賞。近著に『人口減少社会のデザイン』など
<取材・文/山脇麻生>
※週刊SPA!5月26日発売号より