「約10倍近い異常な高値になっている状況です」
100%自然エネルギー由来をうたう新電力のハチドリ電力のWebページでは、電気の卸売取引価格の高騰について記載されている。同社がお知らせを公開した時点の電力卸売価格は、前年比で約10倍の100円/kWhであった。しかし、足元では関東エリアで250円/kWhと、前年比で25倍程度の水準まで膨れ上がっている。
そんな中、一部の消費者の間で、電気代の急騰を心配する声がSNS上で広がっている。中には「今月の電気代は10万円コース」と、価格上昇の影響を直に受ける消費者の声が目立った。この問題は、いわゆる新電力の「市場連動型契約」に加入した世帯で発生している。
●自腹を切って対応する電力会社も
2016年に電力自由化が実施されてから、市場連動型契約プランの人気がじわじわと高まっていた。
一般的な従量型契約プランの場合、電気の調達価格が安い時にも消費者にかかる電気料金が一定となるため、電力会社の利ザヤが増加する。市場連動型プランは、電気の調達価格に応じて価格が増減する点で電気代がお得になりやすいと説明されてきた。
現に、これまでの電力価格は一定の値幅の範囲で推移していたため、安い電気料金を享受できる傾向にあった。その結果、「市場要因による大幅な電気料金の高騰」や「請求が行われるまで電気料金が不明である」という大きなデメリットが目に見えづらくなっていった。それがこの度の電気料金の急激な高騰によって顕在化したかたちとなる。
市場連動型プランを提供している各社は、この度の価格上昇によって「市場連動型プラン」自体への信用失墜、ひいては顧客流出を食い止めるため、特別に割引をしたり、調達に伴う損失を自社でカバーしたりするといった対応に追われている。
市場連動型のプランを提供する新電力のダイレクトパワーでは、料金の割引に直接言及しなかったかわりに、2000円の解約手数料を無料とし、自社から他社へ切り替えるよう顧客に促しているような状態だ。電力契約のような平均の契約年数が長い業態においては、長期的な収益を鑑みれば一時的な大損失については自腹を切ってでもカバーすることが合理的な場合が多い。しかし、その一時的な損失が耐えがたいような場合には、顧客に解約を促すといった経営判断も止むを得ない。
●事態は3.11の計画停電時よりも深刻?
この度の電力不足が3.11よりもはるかに深刻であることを示すデータがある。日本卸電力取引所(JEPX)の取引データを見てみよう。「2010年4月から2013年の4月」、すなわち計画停電等が実施された「3.11近辺」と、ここ1カ月の「JEPXスポット市場」の価格推移を比較したものだ。
未曾有(みぞう)の大震災によって計画停電が実施された2011年3月から2012年初頭にかけて、大幅な電気料金の増加が確認できる。しかし、その水準は最高値で19円/kWh程度に落ち着いている。一方で、ここ1カ月のスポット市場価格の高まりはまさに“異常”というべきだ。
20年12月末までは80円/kWh程度で推移していたスポット市場価格であるが、7日に100円/kWhを超えてから一層価格上昇に弾みがついている。エリア別で見ると、直近では北海道・東北・関東が251円、その他の地域が226円で推移している。
では、なぜ計画停電という措置まで取られたはずの3.11よりも、今の電気不足は深刻になっているのだろうか。
●「3分の2支える」火力発電が原因
まず、3.11近辺の価格高騰は、「原子力発電所の操業停止」によるものであったことが大きい。資源エネルギー庁によれば、震災前の電力供給シェアは火力発電が6割以上であり、原発のシェアは32%だった。
震災後は原子力発電所の稼働が相次いで停止となったものの、電力の大半を火力発電でまかなっていたこともあり、価格の上昇は限定的だった。また、被災範囲が東北を中心とした東日本エリアに限定されていたこともあって、3.11当時における電力価格の上昇は一定の水準でくい止められたのだ。
一方で、この度の電力価格高騰は、全国的な寒波の到来という事情もあるが、最大の要因は火力発電にある。日本の電力供給シェアは、現在は原子力が10%となり、自然エネルギーが26%とシェアを伸ばしている状況だが、それでもなお、総電力の3分の2近い部分を火力発電に依存している。そして、火力発電の燃料である液化天然ガス(LNG)不足が電力価格の高騰を招いているのだ。
菅義偉政権も掲げる「カーボンニュートラル」や「脱炭素社会」といったスローガンが国際的にささやかれるようになってきたことも、LNGの需要増加に拍車をかけた。LNG燃料を利用した火力発電によって排出される温室効果ガスの量は石炭の約半分と、比較的エコロジーである。これも国際的なLNG需要を押し上げた。
市場では1月末まで価格が高止まりする可能性があり、2月以降も状況によっては高い電気料金が維持されるとみられており、予断を許さない状況にある。このような状況に対して電力会社が打てる手はなかったのだろうか。
●「電力先物」活用がカギ
電力のように価格が変動する商品(コモディティ)には、米や株式指数などと同じく「先物商品」が存在する。
電気料金が高騰することが見込まれる場合は、将来の調達量と同じだけの先物ポジションをあらかじめ購入しておくことで、その価格上昇リスクを軽減することができる。しかし、電力先物は大手電力会社を含め、活用が進んでいないのが現状だ。
東京商品取引所の電力先物(東エリア)と金の標準先物の出来高を比較すると、20年7月には電力先物が609枚で、金は37万4161枚と大幅に開きがある。電力会社は燃料費調達制度によって利用者に燃料費の上昇分を価格に転嫁しやすい。そのため、先物によって価格を固定するために追加のコストを支払うメリットは乏しいのだ。
しかし、自社で発電設備を持たない新電力にとっては、急激な電力価格変動が死活問題となる。前出のハチドリ電力では、電力価格の異常高騰分に関してはハチドリ電力側が肩代わりして負担することを告知しているが、これにより「月に数千万円の赤字」が見込まれるという。その告知からわずか数日で電力卸売価格はさらに2.5倍になっており、今後も予断を許さない状況から考えると、その見込みをはるかに上回る損失が出ることは避けられないだろう。
仮の話は空虚であるかもしれないが、もし各社が電力先物で買いヘッジできていれば、同社をはじめとした電力会社各社は、これほどまでの損失を被ることはなかっただろう。そして、ハチドリ電力のように「自腹を切る」ことをせず、消費者へ転嫁する電力会社にとっても、価格転嫁を抑制ないしは帳消しにできたはずだ。
20年12月の東京商品取引所における「東エリアベースロード電力」の出来高は、前月比4.5倍の2295枚と急増しているが、それでもガソリン先物の半分程度だ。特に今年は経営状況を悪化させる電力会社が増加する可能性がある。電力業界において、先物をはじめとした金融派生商品の活用が急務となるだろう。
(古田拓也 オコスモ代表/1級FP技能士)