〈 「なぜ私に一言も報告がないんですか!?」「検察から口止めされていて…」西川廣人元日産社長がゴーンの“巨額不正”を知った瞬間 〉から続く
豪邸購入やコーポレートジェットの私的流用、実体のないコンサルティング契約に基づき実姉への巨額支払い……2008年11月、金融商品取引法違反で逮捕された日産自動車元会長のカルロス・ゴーン氏は刑事事件に発展した事案以外にも数々の不正が確認されていたという。ここでは事態の収拾にあたった西川廣人社長(当時)の著書 『わたしと日産 巨大自動車産業の光と影』(講談社) より一部抜粋。不正行為の実態に迫る。(全3回の3回目/ #1 、 #2 を読む)
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不正行為の実態
カルロス・ゴーンはどんな不正を犯したのか。いわゆる「ゴーン事件」の概要をまとめておきたい。
東京地検特捜部は2018年11月19日、金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)の容疑でゴーンを逮捕した。2015年3月期までの五年間の報酬を実際より約50億円も少なく見せていたという疑いだ。この時点でゴーンは日産自動車の代表取締役会長、ルノーの取締役会長兼最高経営責任者(CEO)、三菱自動車の取締役会長を兼務していた。
特捜部は同日、同容疑に関与したとして、日産の代表取締役だったグレッグ・ケリーも逮捕している。
日産は同年11月22日に臨時取締役会を開き、ゴーンの会長職と代表取締役の解任を全会一致で決議し、ケリーの代表取締役解任も同時に決めた。2人は代表権のない取締役になった。
当時の取締役会のメンバーを挙げておく。カルロス・ゴーン代表取締役会長(後に解任)、西川廣人代表取締役社長兼CEO、グレッグ・ケリー代表取締役(後に解任)、坂本秀行取締役副社長、志賀俊之取締役(前COO)、ジャン=バプティステ・ドゥザン社外取締役(ルノー出身)、ベルナール・レイ取締役(ルノー出身)、井原慶子社外取締役(レーサー、実業家)、豊田正和社外取締役(経済産業省出身)。
特捜部は同年十二月十日、金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)の罪でゴーンとケリーを起訴し、さらに直近の三年間も過少記載があったとの容疑で二人を再逮捕した。過少記載は8年間で約91億円に上った。
刑事事件に発展した事案のほかにも多くの不正があった
さらに特捜部は同年12月21日、ゴーンを会社法違反(特別背任)の容疑で再逮捕する。ゴーンが個人的に所有する金融商品の損失を一時的に日産に付け替えたほか、信用保証に協力したサウジアラビアの実業家に日産の資金を送金した疑いだ。
ゴーンは2019年3月6日にいったん保釈されたが、特捜部は4月4日、ゴーンが日産の資金をオマーンにも不正に支出していた疑いが強まったとして彼を再逮捕する。日産は4日後の4月8日に臨時株主総会を開き、ゴーン前会長とケリー前代表取締役を取締役から解任している。
結局、ゴーンは金商法違反と特別背任容疑で計4回逮捕され、すべての件で起訴されたのだった。しかし、ゴーンは保釈中の2019年12月29日に日本から不法に出国し、中東のレバノンに逃亡する。私が本書を執筆している2024年2月の時点で、ゴーンの公判は開かれていない。
そもそもゴーン事件は日産社内の内部通報に端を発し、外部法律事務所との連携による調査によって様々な不正が見つかったものであり、刑事事件に発展した事案のほかにも多くの不正が確認されている。
日産は2019年9月9日、それらをまとめた結果を「元会長らによる不正行為に関する社内調査報告について」として公表した。
同報告はゴーンによる「取締役報酬開示義務違反」や「役員退職慰労金打ち切り支給額の不正操作」に加えて、次のような日産の資産の私的流用を指摘している。
まずゴーンは「将来性のある技術に投資する」との名目でオランダに投資会社「ジーア社」を設立させ、同社の資金約二千七百万ドルをブラジルやレバノンにあるゴーン個人の豪華邸宅の購入費用などに充てていた。
さらに2003年から10年以上にわたり、実体のないコンサルティング契約に基づいてゴーンの実姉に計75万ドル超の金銭を支払っていた。
コーポレートジェットを私的流用
このほかにも会社所有のコーポレートジェット機をゴーンの家族が私的に利用していたこと、業務上必要ないにもかかわらずレバノンの大学に200万ドル超の寄付金を会社資金から支出していたことなども報告している。
傘下に収めた三菱自動車との合弁で設立した会社から2018年4月以降、取締役会の決議を経ずに給与などの名目で780万ユーロを受領していたことも不正と断定された。
ゴーン氏らによる一連の不正規模は350億円以上
ケリーについても海外関連会社を通じて受領した報酬の非開示などの開示義務違反があったと認定している。同報告書で最も重要といえるのは次のくだりである。ここに引用しておきたい。
「有価証券報告書における開示を回避しつつゴーンが受領しようとしていた報酬は推定で総額200億円以上に上り、しかもその一部はゴーンに支払い済みである。また、役員報酬の名目以外にゴーンが日産に現に不正に支出させ、あるいは支出させようとしていた金額は少なくとも合計150億円に上る。以上のとおり、ゴーンらの一連の不正の規模は全体で約350億円以上という極めて巨額のものとなる」
日産は2020年2月12日、ゴーンの不正行為によって損害を与えられたとして、ゴーンに100億円の損害賠償を求めて横浜地裁に提訴した。
「罪である」というゴーンの主張に同調する専門家もいる。しかしながら、それは最初の逮捕、起訴事案である「金商法上の所得開示義務違反」に当たるか否かという点で議論が分かれているにすぎない。当のゴーンが国外に逃亡してしまったため、金商法開示義務違反の共犯であるケリーの裁判だけが開かれ、そこから進展していないのが現状だ。
そのため所得開示義務違反に関する専門家の議論ばかり取り沙汰されてしまいがちだが、外部弁護士を含めた調査では、ほかにも経費の濫用など多くの不正行為が確認されている。ルノーにおける不正行為も含め、ゴーンの不正は議論の余地のない事実である。
(西川 廣人/Webオリジナル(外部転載))