フライパン1つで、家庭でも簡単手軽においしく調理できる商品として、幅広い世代から支持されている『マルちゃん焼そば』。発売からすでに47年を迎えるロングセラー商品だが、実は、これまでに一度もテレビCMを展開していないことが分かった。発売元の東洋水産といえば、「同じ俳優を起用したテレビCMを最も長い間放映し続けている商品」として『赤いきつね』がギネス世界記録に認定されるなど、CM戦略に長けたメーカーとして知られる。一体、なぜ『マルちゃん焼そば』はCM展開しないのか。担当者に話を聞いた。
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■1日の生産数は富士山3つ分、年間販売数は約3億食の超ロングセラー商品
“食数換算すると麺市場で最も売れている”とも言われる『マルちゃん焼そば』。発売元の東洋水産では具体的な生産数を公表していないが、「敢えて言うなら、1日の生産数が富士山を3つ重ねたくらいの高さの量になりますでしょうか。3食の『マルちゃん焼そば』の袋の厚みが約4センチと計算して…」と、担当の低温食品部部長・斎藤和巳さんはヒントを示す。
富士山の高さが3776mなので、その3つ分を1袋の高さで計算すると約27万袋。そんな名実ともに同社の看板商品である『マルちゃん焼そば』だが、当初は社員の手売りで始まったという。
「今でこそ、スーパーマーケットなどで定番品として扱ってもらっていますが、47年前の発売当初、焼きそばは外食で食べるもので、家庭用のチルド麺を提供するところがほとんどありませんでした。我々は“これから家庭用の焼きそばが来る”と信じて製造しましたが、当時は、チルド流通網が発達していませんでした。そこで、工場の社員が自ら販売ルートを開拓しようと動いた先が青果市場でした。青果市場には商店や小売店の方が大勢来る。まずは、その方たちに訴求しようと。早朝の青果市場へトラックで焼きそばを持ち込み、屋台さながらに実演販売したと聞いています」
早朝の青果市場で作り立てのソース焼きそばは話題となり、少しずつ販路を開拓していくが、当時馴染みのなかった“家庭用焼きそば”の普及に成功したのは、「地元の製麺所と共存できたのも大きい」と話す斎藤さん。実は、この地元の製麺所こそが『マルちゃん焼そば』のCM展開にも深く関係していた。
■企業パワーは使わない…地元製麺所との共存共栄を望んだ創業者の気概
『マルちゃん焼そば』が発売されたのは、1975年(昭和50年)11月。経済成長時代であり、大都市でも町中にうどんやそばの生麺を作って販売する製麺所が多数存在していた。業務用はもちろん、家庭で食される麺の提供もこれらの製麺所が担っていた。
「焼きそばは蒸し麺で、町中の製麺所とは商品では競合しませんでしたが、敢えて派手なコマーシャルはしない”と決めたと聞いています」
企業が大々的にテレビCMを展開したら、その影響力は絶大だ。しかし、『マルちゃん焼そば』は自社利益よりも、全国にあった製麺所と共存共栄を望んだのだ。これは創業者である森和夫氏が常々「会社は公器」として考えていたからだろう。そして、その経営哲学がいまも受け継がれ、“47年間一度もテレビCM展開なし”という驚きの事実につながっている。
「“マルちゃん焼そば”は看板商品であると同時に、先輩社員の方々の色んな想いや沢山の努力が詰まった無二の商品です。その想いを現社員たちも大切にしています」
ちなみに『赤いきつね』に関しては、1978年(昭和53年)の発売当初から武田鉄矢を起用したテレビCMを流している。このシリーズはギネス記録に認定されているほど長く続いているが、これについては「カップ麺市場は販売戦略が異なるため」と斎藤さん。大手がひしめく市場ならではの戦略があるという。
「PBはつくらない」「味わい変えない」別格中の別格だからこその“徹底した守り”
東洋水産の社内でも“無二の商品”と位置付けられている『マルちゃん焼そば』。実は、スパイシーな粉末ソースの味わいも発売当初からほとんど変わっていない。その配合は社内でもトップシークレットだ。
スーパーマーケットなど小売店から独自のプライベートブランド(PB)が登場しはじめた1980年代。消費者の選択範囲も広がり、2000年代前半に様々なPB商品がブームになったことで東洋水産にも受託製造企画が持ち込まれた。
「チルド麺の“マルちゃん焼そば”に関しては一切PBはお断りしています。といいますのは、PB展開すると麺やソースのレシピをコラボ企業側に公開する必要がありますが、そこは当社として社外秘なのです」
他社の追随を許さないほど完成されたチルド麺、20種類以上ものスパイスを独自の配合で仕上げたソースの技術は、製造開始以来、徹底的に守られ限られた人物しか知らないのだという。それにしても、発売以来ほとんど変えずに、今なお多くの人に愛される完成度の高さに驚く。
「麺に関しては、ほぐれやすさを高めるように2014年に改良を行っていますが、品質や味わいは47年間変わりませんね」
ずっと変わらない、この味を『マルちゃん焼そば』だと語る斎藤さん。超ロングセラー商品だからこそ、安易に変更できない面もあるが、一方で、時代のニーズに合わせた商品展開も社内で議論されたことは想像に難くない。しかし、不変の味を提供しつづけることで定番としての絶対的位置を確立したとも言えるだろう。
既製品でありながら各家庭でいろいろな具材を加えることで、その家庭の味が生まれる点も『マルちゃん焼そば』の魅力のひとつだ。
「家庭によって入れる野菜や肉の量も違いますし、ひと手間の調理によってそれぞれの家庭の味になります。コロナ禍以降は、30代の消費者が増えているというデータもあります。テレワークで在宅時間が増え、家庭内調理が増えたことにより、ひと手間かけることができるようになったのかもしれません」
食においても簡便・時短が望まれる時代だが、食卓に買ってきたお惣菜を並べるだけではあまりにも侘びしい。ひと手間かけて我が家の味になる商品が売れ続けるのは当然のことなのかもしれない。