“4K2K”はテレビの救世主になるか? 評論家・増田和夫が迫る

国内メーカーのテレビは、需要の低下と急激な低価格化、そして国際競争の激化などで、かつてない苦境に立たされている。こうした危機的な状況を打開するために、テレビに新しい付加価値が求められている。その一つがフルハイビジョンの4倍の解像度をもつ4K2K表示(※)に対応したテレビである。
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 4K2K対応の映像機器は昨年開催された「CEATEC JAPAN 2011」などで発表されているが、ここにきて新しい展開があるようだ。東芝は昨年12月に発売した4K2K対応ハイエンド液晶テレビ「REGZA 55X3」専用の4K入力アダプターを発売。一方、ソニーはPlayStation 3で同社のプロジェクターに写真を4K2K出力するソフトウエアの提供を開始した。
 遠い将来と思われた4K2Kの出番は、意外に早いかもしれない。4K2Kの今を検証してみよう。
※4K2K……フルハイビジョン(1920×1080ドット)の約4倍(3840×2160ドットあるいは4096×2160ドット)の超高解像度を実現した映像のこと。現在のFHD(Full High Definition)に対してQFHD(Quad [4倍] Full High Definition)と略される。
東芝・本村氏「4K2Kテレビには“ワクワク感”がある」
 まず、東芝の液晶テレビ「REGZAシリーズ」のコンセプトリーダーである本村裕史氏に、薄型テレビの現状と課題について聞いてみよう。
 国内メーカーのテレビ作りが問われているが、同社のテレビ作りの基本コンセプトとは何か、本村氏にたずねた。
 「テレビはエンタテインメントのメディアですから、お客様にワクワクしていただけるテレビを作り続けることが大切だと考えております。テレビの進化には節目があって、古くは白黒からカラーテレビになった時、衛星放送に対応した時、そしてハイビジョンになった時など、皆さんワクワクしてテレビをお買い求めになったと思います。我々の使命はREGZAシリーズを通じて、この“ワクワク感”をお客様に提供することだと考えています」(本村氏)
 薄型テレビは進化してきたが、ここにきて、いわゆるコモデティー化(機能に大差がなくなって価格だけで選ばれるようになること)がいっそう進み、国内メーカーのテレビ作りは危機的な状況にある。同社はこの事態をどうとらえているのだろうか。
 「ワクワク感がなくなった瞬間にテレビのコモデティー化が進むのだと思います。1990年代のブラウン管テレビの最後の時期に、テレビの値段が大きく下がった時代がありました。当時はブラウン管テレビの機能が頭打ちになって、お客様がワクワクできなくなった。だから『テレビなんてどれでも同じ、安ければいい』という流れになってしまったのです」(本村氏)
 当時の状況は、価格でテレビが選ばれる現在と似ているということだろうか。
 「状況は似ていると思います。現状は薄型テレビやハイビジョンが当然になり、画質や機能に大きな差がなくなって、ワクワク感を感じにくくなってしまったのです。ブラウン管から薄型テレビへの移行期に話を戻しますと、2000年代に薄型テレビが登場し、当初の価格は100万円前後に跳ね上がりました。しかし、それでも『薄型テレビが欲しい!』という流れに変わったのです。
 トレンドを変えられた理由は、薄さと画質によって、100万円出しても欲しい、と思えるワクワク感を復活できたからだと思います。このように、我々の仕事は次の新しいワクワク感を創出することだと考えています」(本村氏)
 ワクワク感という言葉は、商品企画のノウハウに長けた本村氏らしい表現だと思う。そうしたテレビの新しい付加価値として3D機能が提案されたが、多くのユーザーがワクワクしたかといえば課題を感じざるを得ない。
 一方、ネットのクラウドサービスを使った「スマートテレビ」も期待されているが、本当に使えてワクワクできるかは未知数だ。こうした状況の中で、同社は次世代テレビの新機能をどこに求めているのだろうか。
 「『3D』やいわゆる『スマートテレビ』も新しい機能ですが、それらよりもワクワク感に繋がる機能があると確信しています。その1つが4K2Kの超高解像度映像です。当社は昨年末に世界初の民生用4K2Kテレビ『REGZA 55X3』を発売しました。そして今回、当初のお約束どおり、55X3への4K2K入力アダプターも発売いたします。この4K2K映像をご覧いただければ、多くの方々がその圧倒的で自然な解像感にワクワクされ、『欲しい!』と思えるでしょう」(本村氏)
 4K2Kは未来のテレビのように思う方も多いだろうが、インタビューから分かるように、東芝が次世代テレビの1つのターゲットを4K2Kに定め、着実に対応を進めていることが分かる。
 2011年12月に発売された液晶テレビ「REGZA 55X3」は、フルHDの4倍の解像度のQFHD(3840×2160ドット)液晶パネルを採用し「インテグラルイメージング」による3Dメガネなしの裸眼3D表示に対応するハイエンドモデルである。
 先日、同社は55X3のQFHDパネルをさらに生かすオプション「4倍画素QFHD映像入力アダプター THD-MBA1」を発売した。本機はREGZA 55X3発表時にアナウンスされていた入力アダプターである。以前にアナウンスされた通りに年度内(3月末)に発売され、実勢価格は20万円前後となっている。
REGZA 55X3専用「4倍画素QFHD映像入力アダプター THD-MBA1」
 本機はREGZA 55X3専用のアダプターで、HDMI入力端子を1系統4端子備え、4分割された4K2K映像(4つのハイビジョン映像)を合成して、55X3のQFHDパネルに転送する。映像の合成と同期などを行うのが本機の役目だ。音声出力は、光デジタルとアナログ音声出力端子を各1系統備え、4つのHDMI音声の中から1つを選んで出力する仕組みだ。
 映像ソースとの接続はHDMIで行う。HDMI(Ver1.4)ケーブル1本でも4K2K映像に対応できるが、非圧縮などデータ量の多い場合は4本のHDMIケーブルに分割して入力する。本アダプターとREGZA 55X3は独自の専用ケーブルで接続される。
 表示されたWebブラウザーのマップはとても緻密で情報量が多い。一眼レフで撮影された写真はモデルの髪の毛1本1本の滑らかな質感まで伝わってくる。PCディスプレイよりも見栄えのする映像だ。REGZA 55X3は色空間を指定した映像調整に対応していないので、本格的なフォトレタッチなどには向かないが、迫力のあるテレビ的な絵作りで映像やPCゲームを楽める点では、新しい超高解像度表示機器と言えるだろう。
 業務用の4K非圧縮SSD搭載のビデオレコーダー「アストロデザイン HR-7512-A」から4本のHDMIで本機に入力した映像を体験した。非圧縮の4K2K映像は圧縮ノイズがないため非常にクリアだ。自然な奥行き感と圧倒的な描写力で、風景に風や空気感が感じられるほどである。近寄って見ていると、実際の風景を見ているように感じられた。
 JVCケンウッドの4K2Kカメラ「GY-HMQ10」から本機に4本のHDMIで入力した映像も試してみた。色再現などは業務用カメラとは異なるものの、噴水を細やかに描写するなど、非圧縮映像の良さを十分に表現できていた。
4K2K映像をテレビで鑑賞できるシステムがそろった
 本アダプターの実勢価格は20万円前後と簡単に手がでる値段ではないが、4K2K映像を鑑賞できるシステムが一応そろったことは評価できる。
 何よりも映像の自然さとリアルさが4K2Kの魅力だ。「超高解像度の2D映像こそ3D以上の臨場感や奥行き感を得られる」というのが筆者の印象である。
 目の前の映像が、ある解像度を越えると画素を見分けられなくり、実際の風景を見ているのと区別できなくなる。脳内で画素を風景に変換するストレスがなくなり、リアルな3D感が得られるのだと思う。
 このためには4K2Kよりさらに超高精細なスーパーハイビジョン(7680×4320ドット)映像が理想的だが、4K2Kでも超高解像度の醍醐味は十分に感じられた。昨年のCEATEC JAPAN 2011でREGZA 55X3が発表された時よりも、入力ソースと入力処理の向上が感じられ、より高S/N(低ノイズ)で細精感の高い映像が楽しめた。
 筆者は従来、4K2K表示には100インチ超クラスの大画面が必要……つまり日本の家庭向きではないと考えていた。だが今回のデモを見ると、REGZA 55X3の55V型画面でも超高細精映像を十分に堪能できた。むしろ密度感があって、100インチよりも良いかもしれない。
 PC用の超高解像度ディスプレイは以前からあるが、テレビの4K2K映像はひと味違う印象で、立体感と奥行き感のある絵作りはテレビ映像ならではと感じられた。
 REGZA 55X3は3Dメガネなしの裸眼3Dに対応しているが、パッシブ3Dメガネ方式も4K2K向きに思える。パッシブ3Dはフリッカー(ちらつき)やクロストーク(左右の目に映る映像の干渉)がなく、視野角が広く見やすい点がメリットであるが、その仕組み上、水平解像度が半分に落ちてしまう欠点がある。このデメリットを4K2Kで補えば解像感を確保できるので、対応パネルが用意できれば、理想的なパッシブ3Dが実現できそうだ。
 とりあえずREGZA 55X3へのネイティブ(素の)4K2K入力環境はそろったが、気になるのは4K2Kのコンテンツが未整備である点だ。これについて本村氏は次のように答える。
 「4K2Kのコンテンツが少ない点にはあまり心配していません。ハイビジョン放送やBDをソースにして、これらを超解像技術によって4K2K相当に解像度アップすることでも十分にワクワクできるからです。4K2Kとともに、こうした超解像のテクノロジーも日本のテレビの新しい付加価値になると思います」
 テレビの絵作りや超解像処理など、国内メーカーの映像回路のノウハウは、筆者の目で見る限り、明らかに海外勢よりも優れている。こうしたアドバンテージを生かせる4K2Kは、繊細な細やかさを大切にする日本向きの高画質機能と言えるだろう。超解像機能さえあれば、特殊な装備なしで4K2Kを常時楽しめる、という点で3D以上の支持を得られるかもしれない。
ソニーは自社の4KプロジェクターとPS3を連携して4K2K表示を実現
 ソニーも4K2Kの新しい提案をしている。同社は2011年12月に世界初の民生用4Kホームシアタープロジェクター「VPL-VW1000ES」を発売したが、3月に本プロジェクター用の写真閲覧ソフトウエア「PlayMemories 4K edition」の提供を開始した。本ソフトはPlayStation 3から4K2K解像度の静止画をVPL-VW1000ESに転送するソフトウエアで、VPL-VW1000ESのユーザーに無料で提供される。
 VPL-VW1000ESは、新開発の「4K SXRD」(4096×2160ドット)パネルを搭載した民生用で世界初の4Kホームシアタープロジェクターである。投影は2Dと3Dに対応し、パネルの解像度は映画ソースに最適な4096×2160ドットを採用。完全暗室でなくても使える2000ルーメンの明るいランプを搭載する。
 4Kパネルのダイナミックレンジの広さに加えて、自動パネルアイリス制御機能によって100万対1という高いダイナミックコントラスト比を実現している。HD映像を4K2K相当に超解像処理(アップスケーリング)する機能として独自の「データベース型超解像処理LSI」を搭載している。
 PlayMemories 4K editionは、従来からある写真再生ソフト「PlayMemories」の4K2K対応バージョンである。PlayStation 3のHDDに記録されたデジタルカメラなどの高解像度静止画(最大解像度3840×2160ドット:約830万画素)を、HDMI経由でVPL-VW1000ESに転送して4K2K投影できる。
 PlayStation 3のHDMI回路は最高解像度がフルHD(1080P)であるため、4K2K解像度の静止画を12分割して順次転送し、PVL-VW1000ESで分割された静止画を繋ぎ合わせて表示する仕組みだ。PVL-VW1000ESは独自機能として静止画の結合機能を内蔵しているため、このような分割転送が可能だが、結合機能を持たない他の4K2Kテレビなどには対応できない。このほか、フルHDの3D静止画やパノラマ写真などの表示にも対応している。
 PlayStation 3のコントローラーを使ってサムネイル一覧から見たい静止画を選ぶと、フルHD解像度のプレビュー画面に移動する。ここでは拡大縮小、スクロール操作などができる。全画面モードを選ぶと4K2K表示に切り替わる。12分割で転送するので表示に数秒かかるが、大きなストレスは感じられない。音楽つきの4K2Kスライドショーも可能だ。
 PVL-VW1000ESは、ハイビジョン映像を4K2K解像度相当にアップスケールして投影できる。同社の映像処理技術「リアリティークリエーション」のノウハウを生かした超解像はハイレベルであるが、それでも超解像された4K2K映像と、ネイティブの4K2Kを比べると、明らかな差が感じられた。ネイティブ4K2Kでは輪郭にエッジが立たず滑らかで自然。ノイズ感も少なく発色や奥行き感もリアルだ。このため120インチクラスの大画面で見ると、あたかも風景の中にいるように感じられた。
 12分割の転送はHDMIケーブル1本で送れる点がメリットだが、分割するために動画には対応できない。また、プロジェクター側での画質調整は、色空間の設定など一部に限られてしまう。4K2Kの機器と規格が充実すると予想される数年後に見ると「当時はこんな力業で繋いでいたのか」と思えるだろうが、現状ではこうした手段がリーズナブルなのだろう。
 なお同社は、プロジェクターだけでなく、4K2K対応の次世代薄型テレビを発売する方針を明らかにしている。
 4K2Kの普及には、放送システムやコンテンツの供給、接続規格、ストレージなど、整備の余地が多く残されているが、確かにその超高精細でHi-Fi(忠実度が高く自然)な映像は魅力的だ。「ハイビジョンで十分」という意見もあるだろうが、人の目は贅沢である。たとえばフルHDを凌駕する最新型iPadの高精細画面に慣れると、以前のiPad 2のフォントがひどく粗く見えてしまう。このように、超高解像度に一度慣れると後戻りは難しい。そうしたHi-Fiなクオリティーを堪能するのがAV機器の醍醐味とも言えるだろう。
 各社の4K2Kのデモは昨年よりも画質が向上した印象で、視聴環境も徐々にだが整いつつある。テレビの危機を境にして、4K2Kに賭ける国内メーカーの意気込みが感じられるようになってきた。
 とはいえ、4K2Kがまだハイエンドであることは間違いない。4K2Kを一部のマニアックな映像趣味に終わらせるか、それともより広いユーザーの「ワクワク感」に繋げられるかは、今後の製品企画やコンテンツの充実などにかかっているだろう。
 高級テレビの買い替えとして60V型以上の超大画面テレビが注目されているが、4K2Kはこうした超大画面テレビから普及すると予想されるので、今後の展開に期待したい。
(文/増田 和夫)

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