2020年春から5G(第5世代移動通信方式)の本格的な商用サービスがスタートする。メディアには「5Gで社会が変わる」「5Gが日本の未来を開く」など、仰々しいタイトルが並んでおり、何かスゴいことが起こるかのような雰囲気だが、スタートまで半年を切っているにもかかわらず、消費者がイメージできる具体的なサービスの話は聞こえてこない。そもそも5Gとはどのような技術で、誰トクのサービスなのだろうか。
通信速度は100倍、でもメリットは?
5Gは、現在主流となっている4G(あるいはLTE)に続く、次世代モバイル通信規格のことを指す。携帯電話の通信サービスにはさまざまな用語があって分かりづらく、4GとLTEの名称はかなり混同されている。厳密には4GとLTEの規格は異なるが、LTEも4Gとして扱ってよいとの合意ができているので、実質的にLTEは4Gに含まれると解釈されている。
10年より後にサービス契約したスマホであれば、たいていLTEか4Gなので、もし5Gが本格的に普及することになれば、10年ぶりに通信規格が大きく変わることになる(以下ではLTEについても4Gと記述する)。
5Gのサービスの最大の特徴は圧倒的な通信速度である。5Gにおける最大通信速度は毎秒20ギガビットとなっており、毎秒200メガビットから1ギガビット程度だった4Gと比較すると、20倍から100倍の速さということになる。20ギガビットはあくまでピーク時の通信速度なので、実際はその半分くらいだろうが、それでも現状と比較すると劇的に速くなるのは間違いない。
だが、スマホの利用者という立場からすると、通信速度が劇的に速くなることがどれだけのメリットかと言われると、少々返答に困る部分があるだろう。
ユーザーの大多数に実は「必須」ではない?
スマホで1日中動画を見続ける人や、光ファイバーを使った固定のインターネット回線(NTTの商品名でいえばフレッツなど)の代わりにモバイル通信でネット接続している利用者、あるいは出先でテザリング(スマホを使ってPCなどをネット接続すること)を多用する人の場合には、高速通信の恩恵を受けられるかもしれない。
総務省がアピールする5Gのメリット(出典:平成29年総務省情報通信審議会新世代モバイル通信システム委員会報告 同省Webサイトより引用)
だが、大多数の利用者がそうであるように、LINEを使ったメッセージのやりとりなど一般的なコミュニケーションが中心という人は、速い方がベターではあるだろうが、5Gレベルの性能が必須かというとそうはならないだろう。
海外メーカーが圧倒、5Gの経済効果も薄く……
一方で、株式投資の世界では5G銘柄の株価上昇に期待する声があり、一部の銘柄は実際に株価が上昇している。株式投資は「うわさで買って事実で売る」ものなので、話題性があるだけでも短期的な投資家にとってはメリットかもしれないが、5Gの導入によって経済全体に恩恵があるのかというと、実は少々怪しくなっている。
5Gについては、NTTドコモなど通信会社各社が、基地局を中心に5年間で3兆円規模の設備投資を行う計画となっており、これによって大きな経済波及効果があると喧伝(けんでん)されていた。しかし、現実にはそこまで効果は発揮されない可能性が高くなっている。
日本はかつて通信機器の分野で高い国際競争力を持っていたが、ここ10年で状況は大きく変わった。18年における世界の携帯基地局機器シェアは、エリクソンやノキアなど欧州勢が約50%、ファーウェイなど中国勢が約40%、韓国・サムスン電子が約5%の一方、日本メーカー各社はそれ以下であり実質的にゼロという状況に近い。
それでもNECや富士通といった、かつての旧電電ファミリー企業は、歴史的な経緯もあってNTTグループから継続して通信機器類を受注してきた。だが5Gについては、日本メーカーは欧州勢や中国勢と比較しても十分な研究開発投資をしておらず、海外メーカーに先行されている。
通信各社は5Gへの移行をきっかけに、海外メーカーからの調達を増やす可能性が高く、5Gによって日本メーカーが飛躍するというシナリオも描きにくくなっているのが現実だ。
産業構造の変化起こせるかは「国民の知恵次第」
利用者にとっても大きなメリットが感じられず、通信機器メーカーにとっても大きなビジネスにならないのだとすると、あれだけ「5G、5G」と大騒ぎしておいて、一体、誰がトクするのだろうかという疑問がわき上がってくる。
世界での5G回線数拡大の予測(出典:GSMA、総務省Webサイトより引用)
通信会社は5Gのサービス開始に伴って、大々的なキャンペーンを行うだろう。これをきっかけにサービス価格の安い、古いサービスから新サービスに乗り換える利用者が増えれば、通信会社の業績には多少のメリットになるかもしれない。だが、社会全体では、喧伝(けんでん)されている程の効果はないと思った方がよさそうである。
米国ではすでに一部地域で5Gのサービスが本格的に始まっているが、これは光ファイバーに代表される固定通信サービスが貧弱な地域に高速接続を提供することが主目的なので、今のところ、5Gならではというサービスが立ち上がっているわけではない。しかも米国の場合、いまだに3Gを使っている人も多く、日本のように高速通信で大騒ぎするということはあまりないのが実情だ。
だが、5Gにまったくメリットがないのかというとそうではない。むしろ使い方によっては大きな経済効果をもたらす可能性もある。その理由は、5Gの普及によってIoT(モノのインターネット)が一気に現実化し、産業構造の変化が期待できるからである。
5Gは通信速度が速いだけでなく、遅延が少なく、多数の機器を同時に接続できるという特長がある。近い将来、ほぼ全ての自動車はネットに接続され、ネットを通じて各種サービスが提供されることになるが、5Gはこうした新サービスの基礎インフラとなる。
ビルや工場の機器類もネットに接続することでリアルタイム監視が可能となり、メンテナンスコストの大幅削減が期待されているが、どうやってネットに接続するのかが最大の課題であった。5Gであれば、遅延がなく、しかも大量の端末が同時にネットに接続できるので、産業用機器のネット接続にはうってつけである。
こうした通信インフラが整えば、それをベースにした新しいサービスや付加価値が生まれる可能性があり、5Gはいわば、縁の下の力持ちということになる。だが逆にいうと、こうした新ビジネスが誕生しなければ、ただ、通信規格が変わるだけで、何の変化も起きないという事態にもなりかねない。
日本ではライドシェアなど、新しいサービスが出てくると、基本的に全否定され、禁止されてしまうケースが多いが、5Gを使った新サービスにも同じように禁止ばかりしていては、3兆円も投資した意味はなくなってしまうだろう。ネットが道具である以上、メリットを受けられるのかは国民の知恵次第ということである。