10月の総選挙以降、「年収の壁」に関する動きが相次いでいます。与党と国民民主党は「103万円の壁」の見直し議論を本格的に開始しました。また厚生労働省は「106万円の壁」の解消などを検討しています。 【図表を見る】6つある「年収の壁」は働く本人や世帯収入など後半に影響が及ぶ いずれも働く人の税や社会保険に関わるものですが、そもそも年収の壁には、働く本人や世帯の年収に関わるものが6つもあって複雑です。しかし、自身の手取り額に大きな影響があるので、ここは頑張って、基本となる大事なポイントだけでも押さえておきたいところです。
■「100万円の壁」を越えると住民税が課税 年収の壁は大きく分けて、税金、社会保険、扶養手当等の3つに関わります。年収の低い順にみて最初の壁が、「①100万円の壁」です。 パート・アルバイトなどの給与収入が100万円までの場合には、所得にかかわらず定額を負担する均等割がかかる地域を除き、住民税がかかりません。 また、収入が給与収入のみの場合、年収100万円までは現在のところ所得税や社会保険加入の対象にもならないため、基本的には収入のほぼ全額が手取りになります。
しかし、年収100万円を超えると、超えた部分に対して10%の住民税(所得割)がかかります。 住民税に加えて所得税がかかり始めるのが「②103万円の壁」です。給与収入103万円までは、所得から基礎控除48万円と給与所得控除55万円を差し引けるため、所得税がかかりません。103万円を超えると、超えた部分に対して所得に応じた税率(5~45%)で課税されます。 この「103万円の壁」は現在、与党と国民民主党で引き上げが検討されています。見直し案としては「年収178万円」への引き上げが提示されていますが、今後の協議により調整される見通しです。
また、現況、16歳以上30歳未満の子どもがいる場合には、その年収が103万円以下であれば親の所得税で「扶養控除」(38万円)を受けられます。大学生などで19歳以上23歳未満であれば「特定扶養控除」として、控除額は63万円になります。 つまり、子どもの年収が「103万円の壁」を越えると、親の税負担が増すしくみにもなっています。国民民主党は、この控除対象となる年収基準の引き上げも要望しています。 ■「103万円の壁」は扶養手当に影響する場合も
配偶者や子どもを扶養している人が会社員・公務員などで、その勤務先で配偶者手当・家族手当などの扶養手当が支給されている場合には、「103万円の壁」が影響することがあります。 厚生労働省の令和2年就労条件総合調査によると、扶養手当等の制度は約69%の企業が設けていますが、その年収基準は103万円以下や130万円以下とされていることが多いためです。同調査では手当の支給額が平均月1万7600円という結果もありますので、手当が受け取れなくなると扶養している人の年収が20万円以上減ってしまう可能性もあります。
税金に加えて社会保険料の負担が生じる壁が、「③106万円の壁」です。現在は勤務先の企業規模が51人以上で、給与年収106万円相当(所定内賃金が月額8.8万円以上)以上、所定労働時間が週20時間以上などの要件に該当すると、勤務先で社会保険に加入することになっています(学生は除く)。 年収106万円未満などで勤務先の社会保険に加入しない場合には、自分で国民健康保険・国民年金に加入するか、家族の扶養に入ってその社会保険の被扶養者になる方法があります。
扶養に入っていれば、自分で健康保険料の負担はありません。会社員・公務員の妻が扶養に入るなどの場合には、国民年金の第3号被保険者となるため国民年金保険料の負担もありません。 これが、自分の勤務先で社会保険に加入すると、給与から健康保険料と厚生年金保険料(合わせて社会保険料)が天引きされます。現況、保険料は事業主と折半のため、国民健康保険・国民年金に加入していた人には負担減になることがありますが、扶養に入っていた人には負担増になります。
■社会保険料の負担額は大きい 社会保険料の負担額は「103万円の壁」による税金の負担に比べて大きいため、手取り収入を気にしながらパートやアルバイトとして働いている人にとって、「106万円の壁」は重要なポイントとなります。 ただ、社会保険の加入要件は近年見直しが相次いでいて、厚生労働省は来年の通常国会でも見直し案を提示する予定です。企業規模要件は、他の要件に優先して撤廃される見通しです。また、年収要件も撤廃に向けて議論が進んでいます。
実現すれば年収額にかかわらず社会保険に加入することになりますが、現在は労使折半となっている保険料の負担割合を、企業側が多く負担するなど変えられるようにする案も挙がっています。 会社員・公務員の配偶者や子どもで、年収が130万円未満であれば、社会保険の扶養に入ることができます。これが「④130万円の壁」です。上記の「106万円の壁」とは何が違うのでしょうか? 「106万円の壁」によりパート・アルバイト先で社会保険の加入対象となればそちらが優先されますが、要件に該当しないケースもあります。その際は、夫や親などの勤務先の社会保険に被扶養者として加入します。被扶養者には、社会保険料の負担はありません。
しかし、年収が130万円以上になると、扶養に入ることはできなくなります。従業員50人以下のパート・アルバイト先で働き社会保険の対象となっていなかった人なども、基本的には国民年金・国民健康保険に加入します。保険料は全額が自己負担のため、扶養に入っていた場合に比べて手取り収入が大幅に減少します。この点において、「106万円の壁」と並び、「130万円の壁」も重要なポイントです。 この「130万円の壁」解消に向けた動きとしては、立憲民主党が2024年11月に「就労促進支援給付」の導入案を衆議院に提出しました。年収130万円を超えて働き、年金と健康保険の保険料負担によって手取り収入が減少する人に対して、最大約30万円を給付するとしています。年収200万円までを対象に、年収に応じた金額が給付されるという内容です。
■「150万円の壁」を越えると… 103万円や130万円に比べるとあまり注目されることがないものの、世帯年収に影響することがあるのが「⑤150万円の壁」です。配偶者の合計所得金額が95万円(給与収入の場合は150万円)以下までは、納税する人(扶養する人)の所得税で「配偶者控除」または「配偶者特別控除」として最大38万円を所得控除できます。 これが、年収150万円を超えると、配偶者特別控除の控除額が段階的に減額されます。このため、納税する人の課税所得が増え、税額が高くなることがあります。
なお、配偶者控除の対象となる配偶者の年収基準は103万円までですが、配偶者控除も配偶者特別控除も、控除額は最大38万円で同額です。したがって、配偶者の年収が103万円を超えても、150万円までは扶養する人の税負担が増すことはありません。 ■「201万円の壁」を越えると税の優遇がなくなる 配偶者特別控除をまったく適用できなくなるのが、配偶者の給与年収が201.6万円以上になったときです。控除が使えなくなるため、配偶者を扶養している人の税負担が増します。
つまり税、社会保険、手当のいずれの優遇措置もなくなるのが「⑥201万円の壁」ともいえます。 このように年収の壁は税金・社会保険・手当それぞれに存在し、パート・アルバイトで働く本人だけでなく配偶者や世帯の手取り収入にも影響しています。該当する要件もそれぞれの「年収の壁」で異なり、複雑です。 今後、税と社会保険両面で見直しが進めば、その様相も大きく変わることになります。見直し内容によっては、将来の働き方を再検討する必要が出てくるかもしれません。
加藤 梨里 :FP、マネーステップオフィス代表取締役