CM起用社数ランキングに異変あり 時代は木村拓哉より出川哲朗を求めている?

レントの人気のバロメーターのひとつにCM出演数がある。年末などの節目のタイミングになると各社が「CM契約社数ランキング」や「CM出演秒数ランキング」といったデータを公開している。「あぁ確かにあの人最近よく出てるなぁ」「やっぱり上戸彩は唯一無二のCM女王だよね」などと思いながら顔ぶれを眺めたことがある人も多いのではないだろうか。

CM総合研究所でも、CM好感度調査とあわせてCMタレント好感度や出演社数・作品数といったタレントに関するデータを採録し続けている。上位にはその時々の人気者たちが多く名を連ねており、過去のランキングと比較するとその時代特有の傾向が見られたりしてなかなか興味深い。今回は男性タレントのCM起用社数から、消費者の心模様の変化を探ってみよう。

■お笑い芸人の大躍進

 2018年度(2018年4月度〜2019年3月度)と、10年前にあたる2008年度(2008年4月度〜2009年3月度)の男性タレントCM起用社数ランキングをご覧いただきたい。直近1年間で最もCM起用社数が多かったのは、“嫌いな男”“抱かれたくない男”の汚名を返上し、今や子どもからお年寄りまで広く人気を誇る出川哲朗と、昨年の「好きな芸人ランキング」で1位に輝いたサンドウィッチマンの伊達みきお、富澤たけしで、ともに14社に上った。次いで12社に起用されたのはアンジャッシュの渡部建だ。お笑いタレントとしてだけではなく、グルメやスポーツなど幅広い知識を持ち人気番組のMCも務める。さらに“夫”“パパ”としてのイメージも加わり、活躍の幅を広げている。俳優として最多の起用社数となったのは高橋一生で11社。スーパーの店長やビジネスマン、家族思いの父親などさまざまなキャラクターを演じ分け、食品や飲料、金融商品、企業広告といった多様な企業から引っ張りだこだ。独特な世界観を持つロバート秋山竜次は10社のCMに登場。個性の強いお笑いタレントが出演するとなると、子どもか男性向けの商品というイメージがあるが、秋山は女性向けのヘアケアブランドやチョコレート菓子のCMにも起用され、全方位的な人気がうかがえる。

 以降の詳細は割愛するが、7社以上に起用された男性タレント48名のうち15名がお笑いタレントという結果になった。

 一方、10年前はどうか。同じく7社以上に起用されたのは26名と少なく、最多は木村拓哉の11社だった。タレント1人あたりのCM露出を調整するために事務所側が意図的に契約社数を制限したりという事情もあったかもしれない。いずれにしろその中で上位に食い込んだお笑いタレントは世界のナベアツ(現・桂三度)と矢作兼の2名のみ。割合的に見ても2018年度の1/4程度にとどまっており、近年お笑いタレントのCM出演が増加傾向にあるのは間違いない。これは何も“芸人が出演するとインパクトが強い”とか“演出の制約が少なくてコスパがいい”といった表面的な理由だけではないだろう。

 2008年度のCM好感度上位にランクインした作品の一例を挙げると、前年に「白戸家」シリーズがスタートした『SoftBank』、「25年後の磯野家」を描いた江崎グリコの『OTONA GLICO』、妻夫木聡のコミカルな演技が人気を博した東京ガスの『ガス・パッ・チョ!』といった、キャラクターやシーンが設定されたフィクション型のシリーズCMが目立つ。もちろん今も携帯キャリア各社に代表されるシリーズCMは好感度上位の常連だが、千鳥が楽屋で携帯を手に会話をする『スマートニュース』や、ヒロミと長嶋一茂が自然体で商品を飲む姿を映した『金麦ゴールド・ラガー』のように、“日常”“ありのまま”を切り取ったCMがランキング上位に飛び込んでくるようになった。

 おそらく10年前はまだ、CMとは「テレビの中の世界」のものであり、視聴者が住む世界とは異なる場所の出来事として受け止められていたと思われる。だから人気俳優が登場するドラマチックなストーリーに釘付けになったり、美しい女優をぜいたくに起用したブランドに憧れたりと、CMは消費者のライフスタイルや価値観をリードするものだった。しかしこの10年間で、消費者が得られる情報量が爆発的に増え、また一人ひとりが発信者になり得る時代に変わったことで、メディアと一般生活者との距離感が大きく変化した。情報の正確さはさておき、さまざまな情報源があり、疑似体験を容易に得られるようになった現代では、テレビの中だけが特別扱いされることも減った。テレビの内容をそのまま信じることがまるで騙されているかのように言われることすらあり、CMはなかなか信じてもらえない時代になってしまった。実際はテレビCMを放送するためには事前に厳しい考査を通らなければならないので、嘘はつけないのだが。

 逆説的に考えると、玉石混淆の情報にまみれているがゆえに“信じられること”の価値が上がっていると言えよう。日常風景を切り取ったような“等身大”のCMが支持されるということは、視聴者が “非日常への憧れ”や奇抜な演出だけではなく、リアリティや信じられる根拠をCMに求めるようになったということだ。 CMが「企業にとって都合のよい情報だけを詰め込んだもの」という前提で見られている中で、“誰かを演じる”のではなく“自分の言葉を話す”ことで勝負をするお笑いタレントは、正直なイメージや共感を持たれやすいのだろう。もちろん重要なのはお笑いタレントであるということではなく、自分の頭で考えて本音を言う人(のように見える人)ということだ。

■長嶋一茂ブームはなぜ?

 たとえばご意見番的存在のマツコ・デラックスは安定して番組にもCMにも起用されている。「金麦ゴールド・ラガー」に出演している長嶋一茂は昨年大ブレイクし、様々な番組で目にする機会が増えた。多様性や個性の尊重が叫ばれつつも、実際のところなかなかそうはいかなことも知っている“忖度疲れ”の人々にとっては、臆さず正直に物言う彼らがまぶしく映るのだろう。とはいえ、いくらテレビの中からであっても「本音を言おう!」とか「人目を気にするな!」と真正面から言われたらしんどい。仕事を終えて疲れて帰ってテレビをつけたときには、肩の力を抜いてヘラヘラ笑いながら本音を漏らす、くらい救いのあるCMが今はちょうどいいのかもしれない。

●CM総合研究所/1984年設立。「好感は行動の前提」をテーマに、生活者の「好き」のメカニズム解明に挑戦し続けている。平成元年から毎月実施しているCM好感度調査をもとに、テレビCMを通じて消費者マインドの動きを観測・分析しているほか、広告主である企業へダイレクトにコンサルティングを行い、広告効果の最大化および経済活性化の一助となることを目指す。

タイトルとURLをコピーしました