EU「ガソリン車35年禁止」という名の狂想曲が始まった! BEV・FCVシフトか全方位戦略か、自動車業界に流れる“経営者受難”の悲しきメロディー

2035年ガソリン車などの販売禁止をEU議会が採決

 2023年2月14日に、段階的に自動車の新車のCO2排出量をゼロとする法案が、EU議会で可決された。これにより、2035年以降は、ガソリン車など内燃機関の自動車の販売がほとんどできなくなる。

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 2035年以降におけるガソリン車などの販売禁止は、2022年6月に行われたEU各国の環境担当大臣による会議で既に合意に達していたが、このEU議会の採択により本格的にゴーサインが出された形となった。

 ここで、今回採択された内容の一部をひもといてみる。

・2035年には、新車の乗用車および小型商用車のCO2排出量を、2021年と比較して100%削減する。2030年までの暫定目標として、乗用車で55%、小型商用車で 50% 削減する。

・年間1000~1万台の乗用車または1000~2万2000台の小型商用車しか製造しないメーカーに、2035年まで義務を免除することができる。また、年間1000台未満のメーカーは将来にわたって免除される。

・より多くのCO2排出量ゼロおよび低排出量の自動車を普及させるため、CO2排出量ゼロまたは最大50g/kmの車両を販売するメーカーにインセンティブを与える。なお、2025年から 2029 年までは、乗用車で25%、小型商用車で17%の販売をベンチマークとする。2030年以降はインセンティブを廃止する。

 ひとつだけ補足しておくと、この決定を受けて「EVへのシフトが加速する」との報道が多く見受けられたが、EU議会は、別に

「バッテリー式電気自動車(BEV)ではなければダメ」

といっているわけではない。CO2排出量がゼロになるなら、BEVでも、燃料電池車(FCV)でも、あるいはその他の方法でも問題ないのである。

BEV反対派の主な論点

法案可決のプレス発表(画像:EU議会)© Merkmal 提供

 環境保護に強い関心のあるBEV推進派は今回の可決を歓迎しているが、一方で反対派も根強い。

 反対派の主な論点を整理すると次のようになる。

・リチウムイオンバッテリー問題

・中国の覇権

・自動車産業における雇用機会の減少

 リチウムイオンバッテリー問題は、BEVの需要に製造能力が追いつくのかという疑問もあれば、リチウムの製造やバッテリー廃棄にまつわる環境への負荷や航続距離の問題も挙げられている。特に航続距離では、1回の充電で400km走るとされているBEVが、低温になる冬場は約200kmしか走らないため、使い物になるのかと具体的な疑問が投げかけられていた。

 中国の覇権については、年末までに約80車種の中国製のBEVがやってくるという報道も見受けられた。リチウムイオンバッテリーだけでなく新車の販売競争においても、中国に脅威を感じている人が少なくない。

 ヨーロッパの多くの自動車メーカーがBEVを歓迎している理由のひとつに、

「エンジン車よりも部品点数が少なく、労働力の確保が不要になる」

というメリットがある。もちろん、EU議会の中には自動車業界のリストラや雇用機会の喪失を懸念する議員もいたが、奮闘もむなしく可決されたのだ。

 EUの環境保護担当委員である Franz Timmermans氏の「好むと好まざるとにかかわらず、産業革命が始まるのだ」とのEU議会での発言に、議場の空気感が伝わってくる。

フォードはヨーロッパで従業員削減

フォードのウェブサイト(画像:フォード)© Merkmal 提供

 時を同じくして、フォードがヨーロッパで従業員3800人削減すると報道された。特にフォードの工場があるドイツでは、3800人のうち2300人が対象となると大きく取り上げられていた。

 フォードのこの取り組みは、昨今の原材料価格やエネルギー価格の上昇、および中国との競争激化を受けての根本的な対策だけでなく、電気自動車化が念頭にあるという。

 さらには、フォルクスワーゲンのMEB(Modularer E-Antriebs Baukasten、モジュール式eドライブ構築キット)プラットホームの活用により、BEVの研究開発員や開発コストを削減するのではないかと見られている。

 BEVは、技術的には黎明期であり、バッテリーの問題ひとつとっても最終形態まで行き着いているわけではない。それでも、ヨーロッパという大きな市場で方向性が決められたからには進まざるを得ない。しかし、膨大な研究開発費用を投入して作ったとしても、激しい販売競争により回収できない可能性もある。

 このような状況下では、他社のプラットホームを利用してでも、BEVの開発コストを下げたくなる気持ちがわからないでもない。

EV狂想曲の先にあるものとは

EVのイメージ(画像:pixabay)© Merkmal 提供

 見えざる大きな力により激流が生じつつあり、今回のEU議会の決定は、EV狂想曲の序曲といえよう。今後自動車メーカーは、潮目を読みながら、各社の経営体力に見合う方法で戦略を練っていかなければならない。

・自社開発のBEVへの完全シフト

・他社プラットホームのBEV生産による生き残り

・BEV、FCV、ハイブリッド車(HV)を含めた全方位戦略

・FCVへの完全シフト

・HVが受け入れられる地域だけを相手にほそぼそとやっていく

 これらは方向性の一例であるが、現時点ではどれもありなのだ。どの方策が正解だったのかは、はるか先の未来に明らかになる。

 世界中の国や地域、そして既存の自動車メーカーおよび新興の電気自動車メーカーも交えて繰り広げられるパワーゲームに、勝ち筋など存在しない。そのうえ、時には何者かのいたずらで、科学的、論理的、あるいは倫理的な正しさに関係なくゲームが進むのだ。

 このEV狂想曲のなかで、自動車メーカーは戦略を誤ると数十年後に会社がつぶれる可能性があるし、胃に穴があくような過酷な選択を迫られる可能性もある。こう考えると、ここしばらくは自動車メーカー経営者受難の時代なのかもしれない。

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