Go Toキャンペーン再開時には要注意 旅館や飲食店での「ぼったくり」事例

特売、安売り、割引クーポン、地域振興券など、お得な情報に目がない私たち。いま気になるのは、2020年にいったんスタートしたものの、新型コロナウイルス感染症が再拡大したことで中断している「Go Toキャンペーン」再開ではないだろうか。ライターの森鷹久氏が、地域経済の活性化に役立つと歓迎されたキャンペーンを悪用した事業者たちの存在についてレポートする。

 * * *

 東京都内の新型コロナウイルスの感染者数が今年最小になるなど、いよいよ「コロナ禍終息」の兆しが見え始めてきた。国民の過半数が2度のワクチン接種を終え、医療従事者や高齢者、基礎疾患を有する人々を対象にした3度目の接種が12月に始まるとアナウンスされた。もちろん「第6波」への懸念は依然として残るものの、「第5波」の落ち着きぶりから、これまでにないほど「アフターコロナ」への期待が拡がっている。

 政府も、ここにきて「Go Toイート」や「Go Toトラベル」などの事業を再開させると明言。昨年の夏、筆者もこうしたキャンペーンの恩恵をいくらか預かったが、その一方で聞こえてきていたのは、これを悪用する不届き者の存在だ。

「閑古鳥が泣いているような民宿が、Go To(トラベルキャンペーン)が始まった途端、急に高級路線に舵を切ったのは昨年の夏。コロナ禍前、日本に殺到する中国人観光客を取り込むべく、大手中小限らず、このような傾向があったのは確かです。でも、コロナ禍でそれをやるのは不自然すぎると、近隣の旅館やホテル経営者の間からは疑問の声が上がっていました」

 こう話すのは、東日本のとある寂れた温泉街の商店街組合で、最近まで組合長を務めていた山口康一さん(仮名・60代)。昨年の夏といえば、感染者数が一時的に落ち着き、Go Toを利用する多くの客が観光地を訪れていた時期である。高級路線に舵を切り、客単価を高くし大きな利益をあげようという目論みがあった、といえば自然な気もするが、長らく観光産業に携わってきた山口さんからすると、あまりに不自然だと感じたという。

「旅館の屋号も店の外観もそのまま、なのに店のホームページや旅行サイトには、実際とはかけ離れたような綺麗な館内設備や、山間部であるこの辺りでは味わえないような豪華な海産物が並んだ食事の写真が掲載され、同業者の間でも話題になっていました」(山口さん)

 仮にこの旅館をA旅館とする。A旅館は昭和の中頃、地元の有力者が中心となって、過疎でこれと言った産業がない地域の「村おこし」目的で作られたいくつかの宿泊施設の一つで、平成の中頃までは山口さんの旧友が経営を担っていた。しかし旧友が亡くなり、地域の過疎化も一層進んだことで、一時期は本当に営業しているのか分からないほど荒廃していた。その後、県内の建設会社が建物ごと買取り、安価で宿泊が可能な「ユースホステル」に近いような業態で再オープンさせたがすぐに頓挫。その後は経営者が目まぐるしく変わっていたという。コロナ禍になってからは、地域の観光産業は壊滅状態で、もはやA旅館など「既に潰れている」と気にする人もいなかった。

「だから驚いたんです。誰が経営しているのかも分からない。組合費も支払わず、村八分どころか余所者扱いで、営業しているかも分からないような旅館が、急に『高級旅館』を名乗りだしたんですから」(山口さん)

 その答えは、それから程なく、意外な形で判明することになる。昨年の秋頃、山口さんの元にA旅館を利用したという客から「クレーム」の電話がかかってきたのだ。しかも一件ではなく、1日に何件も、である。

「おたくのエリアの旅館に宿泊したがあまりにもひどい、そんな電話でした。聞けば、その方が宿泊したのはA旅館で、ホームページや旅行サイトの写真とあまりにも違いすぎる、詐欺だ、と怒り狂っている。A旅館は組合員じゃないから分からないと言っても、みな興奮されていて話にならないんです。私の方からA旅館に電話しましたが埒があかず、尋ねてみても門前払い。何がどうなっているのかまったくわかりませんでした」(山口さん)

 その後、山口さんや地元有志の調査の結果、A旅館がGo Toキャンペーンを悪用していた事実が判明した。もともと、素泊まりで5千円以下という観光客向けとは言い難い朽ちた施設を有し、出てくる食事といえば、長く保温して黄ばんでしまった白米と冷凍食品。だからこそ客も地元の人も、誰も寄り付かなかった。ところが、東京の自称「コンサル屋」を名乗る男のアドバイスで、コロナ禍にも関わらず急に業態転換を遂げたのだという。

「要はですね、Go Toの需要を見越して、ありもしないサービスを提供すると嘘を言って、客を取り込んでいたんです。キャンペーンを使えば、いつもの半額かそれ以下で宿泊できるわけですから、高いプランを用意した方が得だと。コンサル屋を自称する男からは、地域のいくつもの旅館やホテルにも営業の連絡が入っていたが、誰も取り合わなかった。A旅館だけは、その口車に乗ったんです」(山口さん)

 A旅館が手を染めていたのは、高額な偽の宿泊プランを提示し客に利用させることだった。本来であれば5千円プラス貧相な食事代程度しかかからないはずのプランが、昨年の夏には3万円程度に跳ね上がっていた。Go To需要で有名観光地の宿泊施設が混み合い、あぶれた客を誘引、騙しにかかったのだ。もちろん、悪評はすぐに知れ渡り、ネット上には悪いクチコミが溢れた。

「地域の評判を落とすのでやめろと何度言っても聞いてくれない。経営者は見たことも聞いたこともない東京の人になっていて、悪意があることは明らかでした。A旅館は去年の年末頃にはまた廃墟みたいになっていて、破産管財人の名前が書かれた張り紙が貼ってありました」(山口さん)

 Go ToトラベルだけでなくGo Toイートキャンペーンを悪用する事業者も、同じように暗躍していた。都内の飲食店チェーン幹部・瀬川悟さん(仮名・40代)が当時を振り返り、怒りをあらわにする。

「昨年夏に始まったGo Toは、飲食店事業者にとっては待望、起死回生のものでした。お客さんにとっても、3割程度お得に食事ができる事は魅力的だったようで、利用者の予約でうれしい悲鳴をあげていました」(瀬川さん)

 そんなとき、瀬川さんと同じビルに入居する大衆居酒屋にも「キャンペーン」が利用できる旨のポスターが貼り出されているのを知った。店はかつて、反社会勢力に近しい人物が経営していると噂され、一般客はほとんど寄り付かないことで知られていた。そんな店を利用する客がいるのかと思っていたが、キャンペーン期間に突入すると、来店客が途切れない様子に驚かされた。

「店のサイトに掲載されていたその店の情報を見て、さらに驚きました。銀座の名店で修行した板前が在籍し、1万円以上するコースがあるとか、お酒だって、全国各地の入手が難しい地酒が多種用意されている、と謳っていたんです。グルメサイトの情報は以前のままに怪しい感じで、屋号もそのままでしたが、看板もいつの間にか新しくなっていて、Go To(イート)利用者と思われる客が、次々に店に入っていくのを見たんです」(瀬川さん)

 キャンペーン客で店が賑わうようになるとすぐ、その店の評判は伝わってきた。実際に用意される料理も酒類も、グルメサイトにあるような充実ぶりとはかけ離れたものだったというのだ。結局、この居酒屋も先のA旅館と同様、高額な料理メニューをでっち上げ、割安感目当てで訪れた客から金を巻き上げていただけだった。

 例えば、1万円のコースであればキャンペーンを利用して7千円程度になるのだが、そうしたメニューを頼んでも、実際にコースで出てくるのは、萎びた刺身に揚げてから何時間も経ったような、衣が蝋のように硬くなった天ぷら。1万円コースどころか、格安居酒屋でも出すのに躊躇するようなひどいものばかりだったという。当然、グルメサイトのクチコミには酷評の嵐が吹き荒れていた。

「店の外まで、客と店員が言い争う声が聞こえていました。店は以前、ぼったくりのようなこともやっていましたし、そうやって常に客を騙すことしかやっていなかった。その後、冬には屋号も変えたようですが、実態を知る客らが看板を変えても中身は変わらないとSNSで注意喚起をしたこともあり、経営者は夜逃げ。当時の客は不当だと訴えても相手が逃げてしまって結局、泣き寝入りだし、キャンペーンに使われた税金を食い物にしたようなものですよ」(瀬川さん)

 筆者は何年も前に、全く同じような光景を目撃している。当時、客がとあるサイトに登録することで得られる「クーポン」を利用すれば、飲食店などで食事を割安で楽しめるサービスが林立していた。そのサービスが利用できるとうたった一部の飲食店が、やはり高額な「でっち上げメニュー」を提示し、客を騙していたのだ。例えば、クーポンを使うことで「5千円のものが3千円で食べられる」としていたが、5千円のものは最初から存在せず、元から存在した3千円のものを『割り引かれたお得なもの』として販売していたのだ。

 もちろん当時にしろ、Go Toを悪用する事業者が存在した昨年にしろ、そうした行為に手を染めるのはごく一部の人々だ。だが、コロナ禍の終息ムードに沸く昨今、彼らが再び同じような行為に手を染めようと準備している可能性は高い。嫌な言い方だが、いったん人を騙して金儲けをした人たちの多くは、似た内容の騙し方を繰り返して再び金を得ようとしがちだからだ。

 Go Toキャンペーンを計画的に悪用している事業者側の人たちに、客をもてなすこころなど皆無だろう。それどころか客の気持ちを踏み躙り、税金まで詐取しようという許されざる行為だが、証拠の保全が難しい状況と相手なので、客が彼らの悪意を立証することは極めて困難だ。結局、騙されて損害をかぶらされたと分かりながら、泣くしかないのは客だ。世情に流され、われ先にキャンペーンを利用したいという気持ちは理解できるが、冷静になることが、被害から免れる唯一の方法であることも改めて認識しておくべきだ。

タイトルとURLをコピーしました