新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化する今、自治体による外出自粛要請などを背景に注目度を増すフードデリバリー(出前)サービス。この市場で勝負をかけるのがLINEだ。
LINEは3月26日、出資先で国内最大の出前サービス「出前館」の運営企業・出前館と新たに資本業務提携を締結し、出前館が実施する第三者割当増資を引き受けることを発表した。
今回、LINEグループからの出資額は300億円にのぼり、追加出資後はグループで出前館の株式を約6割保有し実質子会社化する。LINEは6月に代表取締役社長に就任予定の藤井英雄・LINE O2OカンパニーCEOをはじめ、3人の取締役も派遣。出前館の中村利江・現社長は代表権を維持しつつ、会長に就く。
■欲しかったのは「お金」だった
同日に出前館が発表した今2020年8月期の第2四半期決算は、売上高が38億円と前年同期比で22%伸びたのに対し、営業損失が9.8億円(前年同期は0.4億円の営業損失)と、大きく赤字が膨らんだ。
出前サービスの利用者数や加盟店数の増加に伴い、同社が注文ごとに受け取る手数料収入は拡大の一途をたどる。他方、配達を出前館側で請け負う拠点「シェアデリバリー」における配送員の拡充やダウンタウン・浜田雅功さんを起用した宣伝などに費用がかさんだ格好だ。
今後の成長を見据えた“攻め”の投資を行っている出前館だが、限界も浮き彫りになっていた。「私が非常に欲しかったのが、お金。お金がないと戦えないということを今回強く実感した」。27日の決算説明会で出前館の中村社長はそう明かした。
国内の出前サービスでは現在、出前館がトップシェアを誇るとみられる。ただ、これを強力なライバルが猛追する。アメリカの配車サービス・ウーバーの日本法人が運営する「ウーバー イーツ」がテレビCMなどを駆使し、首都圏中心に存在感を高めるのに加え、4月からは中国の配車サービス・ディディの日本法人が「ディディ フード」の試験運用を大阪で開始する。これらの企業は本社を含めれば、開発人員や資金力で出前館を圧倒する。
経営資源の差を埋めるための策が、既存株主でもあるLINEとの提携強化だ。今回、LINEは出前館に300億円の出資を行うとともに、約50人の開発人員を派遣する。まずは年内をメドに「出前館」とLINEの出前サービス「LINEデリマ」(加盟店や配送の基盤は出前館が運営)のブランドを「出前館」に一本化する。
その後、出前館とLINEのユーザーIDを統合し、国内8300万のLINEユーザーが面倒な手続きなしで「出前館」を利用できるようにする。
■LINEがここまで踏み込む理由
出前館からすれば、今回の提携強化は資金力・開発力の面で抱えていた不安を解消できる好機といえる。ではLINEはなぜ今、ここまで出前館の育成にリソースを割くのか。その背景には、LINEが最重要戦略に掲げる「Life on LINE」(LINEアプリをより日常生活に密着したアプリに進化させる)構想がある。
メッセンジャー(友人や家族との連絡手段)アプリとして国民的サービスに成長したLINEだが、近年は新聞社や出版社などと提携するニュース配信「LINE NEWS」、実店舗やネット通販(EC)で利用できるスマートフォン決済「LINE Pay」など、日常生活の中で利用頻度の高い機能を幅広くそろえてきた。
生活密着の多機能アプリ「スーパーアプリ」を創造しプラットフォーマーとしての存在感を高めようとするのは、IT・ネット大手に共通する潮流だ。具体的には、中国の「ウィーチャット」や「アリペイ」、インドネシアの「ゴジェック」などがLINEに先行する。利用者からすると、スーパーアプリには分野特化型のアプリをいくつも使い分けなくていいメリットがある。企業からしても、利用者接点が多く集客力の高いアプリは広告出稿先などとして魅力的だ。
スーパーアプリを目指すうえで、LINEをはじめとする日本勢にとって手薄だったのが「食事」領域だ。そもそも、出前館とアメリカ、イギリス、韓国などの同業との利用実態を比べると、出前サービス自体の国民への浸透度が圧倒的に低い。「日本には出前の文化がないと言われることもあるが、そんなことはないと思っている。いろいろな業界、サービスがデジタル化していく中で、間違いなく伸びる市場だ」(27日の会見に同席したLINE取締役の舛田淳氏)。
では、出前サービスを日本でどう浸透させるのか。舛田氏は、「“ハレの日”にお寿司やピザを頼んでもらうだけでなく、日常的にどう使ってもらうかがキーになる」と指摘する。今後はLINEと出前館が一体となり、全国で加盟飲食店数を増やすことや、シェアデリバリー拠点と配送員を増やすこと、アプリ上で優先表示する店やメニューをユーザーごとに最適化することなどを通じ、出前サービスの日常利用を促進したい考えだ。
■将来的には食べログやぐるなびも競合に
両者はさらに先も見据える。ブランドやIDの統合で出前サービスを強化する次の段階として、テイクアウト(持ち帰り)予約、来店予約、事前注文・決済などへ対応範囲の拡大を構想する。
将来的には、飲食店向けのマーケティング分析ツールや、LINEが開発するAI電話応対サービスの提供も合わせ、飲食店の経営をあらゆる方面から支援できる体制へと進化させることをもくろむ。ここまで来ると、グルメサイト「食べログ」や「ぐるなび」とも競合するビジネスになりそうだ。
LINEの藤井氏は「既存プレーヤーと組んでいくのか、われわれ独自でやっていくのかはまだ検討段階」としつつ、「(出前やテイクアウト、来店の)各サービスが1つのアプリで行えることでユーザーの利便性は最大化できる。
加盟店側もLINEとの統合で「これらシステムやマーケティングを統一して行えるようになる」と、独自の強みを強調。これらを実現するうえでは、LINEがメッセンジャーとしての強みを生かして展開する、事業者向けの「公式アカウント」サービスも、予約や注文において飲食店と利用者をつなぐツールとして重宝しそうだ。
折しも、冒頭に指摘したとおり新型コロナウイルスの感染拡大で出前サービスへの需要はにわかに高まっている。「2月の末くらいから伸びが顕著になった。注文数もそうだが、店舗からの問い合わせが、通常時の3~4倍になっている」(中村社長)。コロナ危機以前から、人手不足やデジタル化の遅れといった課題が山積する外食産業。LINEと出前館の挑戦は、新しい風を吹き込めるか。