N高が教育ビジネスで“勝つ”理由 ── 川上量生氏が“ついでに”目指す「脱受験教育」

角川ドワンゴ学園理事・川上量生氏の単独ロングインタビューの後半は、「N高等学校(N高)」「S高等学校(S高)」事業の勝ち筋、そしてその後に続く「教育改革」について聞いた。

前回のインタビューで川上氏は、「N高事業を成長させるのはもう難しくない」「他の事業者には勝てる」と強い自信を語った。当初は伸び悩んだものの、確かに現状、N高は日本最大の通信制高校になり、2021年度の出願数も過去最高になるのは確実な状況だ。

なぜN高は伸びるのか? そして、そこから目指す教育改革のあり方とはなにか? その2つには密接な関係がある。

N高を成功させたのは「マーケティング」である

学校法人角川ドワンゴ学園の理事を務める川上量生氏。インタビューはWeb会議システムを利用し遠隔で行った。 © 編集部によるスクリーンショット 学校法人角川ドワンゴ学園の理事を務める川上量生氏。インタビューはWeb会議システムを利用し遠隔で行った。

川上氏は「基本、暇になったのは大きいんですよ」とはにかみながら状況を説明する。若干の照れ隠しもあるのかもしれない。

2019年にカドカワの代表取締役社長およびドワンゴ取締役を退任し、ドワンゴ学園の理事としての仕事に割く時間が増えたのは事実だ。

川上氏(以下敬称略)「ビジネスには色々なやり方があると思います。僕がいつも考えているのは、『自分がやらなかったら誰がやるのか』ということ。N高は『僕がやらなかったら誰もやらなかった』。似たようなものは誰かが作るかもしれないですけれど、それは僕が作りたいN高ではない」

仮にもし今N高がなくなったら。「N高でやろうとしていること、N高がやっていることは、どこもやらなかった」と、川上氏は言う。

「例えば、『N高 投資部』『N高 政治部』(注:部活としての投資・政治活動)。あれはN高がなければ、きっと世の中には存在しなかった。そういうことは、時間をかけてやってもいい。

他のところもやりそうなことだったら、なにも僕たちがやらなくてもいいじゃないですか。どっちだって世の中は変わらないんだから」(川上)

2019年5月のN高投資部の発表会後に行われた村上世彰氏による特別授業の様子。 © 出典:N高等学校 2019年5月のN高投資部の発表会後に行われた村上世彰氏による特別授業の様子。

「他がやらない」ことやっているからN高は勝てる、というのが、川上氏のひとつの考え方だ。

では、そのN高に存在している「他の通信制高校がやらなかったこと」とはなんなのだろうか。

「当たり前のことですよ。ネット配信でちゃんと授業をやり、ちゃんとネットで経由で評価することです。

多くの通信制高校はずっと紙ベースの『通信講座』に近くて、レポートを出すだけだった。最近は他もN高のような教材を取り入れるようになってきましたが。

ただそれ以上に違うこと、画期的だったことはコミュニティづくりに特化したことです」(川上)

それは、非常にシンプルだ。「学校で友達をつくること」そして「学校に通っていることを外に対して言えること」だと、川上氏は言う。

「これまでは、通信制高校に通っていることを周囲に言えないという子も少なくなかった。

その部分の解決を、マーケティングで解決していったんです。(学校を作るとなると)『講師は一流、教材も一流』ということを、運営者側は言いたくなるのですが、それは基本機能であって、宣伝してはいけません。ベースとしてどこもやっていることで、やるのが当たり前。差別化できません。

僕らがやったのは『文化祭が“超会議”だ』とかいうような、派手なイベントを仕掛けること。その結果として、常にメディアでN高が取り上げられるようにしたんです」(川上)

話題になると、話題になったことで周りの人と自分が通っている学校についての対話ができるようになる。

「『N高ってああいうところなんだ』という話をふってもらえたりするのが大きいんです。僕たちはN高に通ってもらいたいから、将来の生徒に対して話題づくりをしているわけじゃないんです。

『いま、N高に通っている生徒のためにN高が話題になるようにしている』だけなんです。そうすれば自分が通っている学校をまわりに隠さなくてもよくなる、ということが大切です」

そして、もうひとつ大事なことがある。

「僕たちは、N高を『不登校生のための学校だ』という言い方を一切しませんでした。『(あなたのような)不登校生のための学校を作りました』と言われて喜ぶ生徒なんて、ほとんどいないと思います。

僕たちはN高を『未来の学校』『未来のエリート学校』だと言い張りました。これは実際、本当のことだと思っています

「今の学校を落ちこぼれる人はネットに逃げます。そうすると、ネットのスキルは一般の生徒より高くなりますよね。それはプラスのことであるはずです。

不登校生徒は『劣っている』という言い方をされがちですが、別にスキル全般が劣っているわけではない。逆にそれで有利な点もあるはずです。特に若い間はそうです。だから、皆を『普通の生徒として扱う』ことを心がけました」(川上)

N高の学校案内。正面には「あなたの個性に、才能を。」の文字。 © 撮影:伊藤有 N高の学校案内。正面には「あなたの個性に、才能を。」の文字。

すなわち、N高を「特定の環境にはなじめないかもしれないが、スキルも可能性もある生徒を集めた新しい高校」と位置づけたことが大きかったのだ。言われてみれば当たり前のことではある。

その上でもうひとつ、打ち出していることがある。それは、言葉だけを聞けば「冷たい」と思われかねないものだ。

「我々は『全員は救えない』というメッセージを出しています」

これは学校内に向けたメッセージ、という意味合いが強いという。

「生徒全員を救おう、それが正しいと思っている人が多いんですが、それは現実的に難しい。普通の学校でも全員の生徒は救えない。でも、それは『言っちゃいけない』ことになっている。ある種のタブーですよね。

初期には『すべての子に、一人ひとりに合わせた最適な教育を行います』というメッセージを出してしまってもいました。しかし、止めさせました。実際にできないことを言ってはいけないからです」

ITでアラカルト的な教育ができる、となると、「すべての子に最適な」というフレーズを使いたくなる。また、他の環境に馴染めない生徒を受け入れるなら「すべての子を救う」と言ってしまいがちだ。

だが、人の学びや成長の過程は単純ではない。どんなに慎重に、親身に対応したとしてもうまくいかないことは必ずあるし、対応できない事例はある。そこを誤魔化さず、ちゃんと「自分たちには限界がある」ことを認めるのが重要、というのが川上氏の考えだ。

「親からのクレーム対策」に最適化した教育産業

N高のパンフレット。 © 撮影:伊藤有 N高のパンフレット。

教育はサービス産業という側面もある。だが、川上氏は「サービス業としての教育には問題も多い」という。

川上「そもそも、教育をサービスとしてみた場合の『淘汰圧』は非常に低いんです。飲食店なら、一度嫌な思いをするときてくれなくなりますが、学校は3年間ロックインされますからね。辞められない。理不尽なことがあったとしても、直さなくてもなんとかなかってしまう。

だから淘汰圧が働きづらい。そこはシステムで、意識的に改善していかないといけません。(教育は)サービスとして最適化している方向が違うと思うんですよ」

最適化しまっている方向について、川上氏はこういう。

『保護者に怒られないように』最適化してしまっている。モンスターペアレンツへの対応に追われているんです。

『生徒のため』といいつつ、結局は親からのクレームが来ないことに、色々な運営が最適化されてしまっている。これは高校だけでなく、幼稚園からそうです。

生徒のためでなく別の、目の前の課題のために最適化してしまうというのは、ある意味で馬鹿らしいシステムですよ」

川上氏は例として「N中等部の外出禁止」についてを挙げた。

『N中等部』は、外出禁止です。昼休みでもコンビニなどに途中で行くことはできません。でも、なぜ出てはいけないのか? それは、『途中でいなくなったりしたら、子どもの管理をちゃんとやっているのか、という保護者からのクレームに言い訳ができないから』だったんです。

その監督責任から逃れるために、じゃあ、最初から外出禁止にしてしまおうということになったわけです。

生徒の監督責任が問われるということには一理あります。でも、そんなこといったら、通学だっていっしょですよね。そこで外出したかどうかの記録だけはとった方がいい。ということで記録をとるために、許可は必要だけれども『外出OK』にしました」

「普通の学校だと教員が猛反対してできないと思います」と川上氏。そしてN高でもやはり教員の抵抗はあったという。

「N高は『ITやネットに強い学校だからそういうのも認めるんだね』と教員もある意味、諦めてくれるというのが、僕らの強みです。

ITに強い学校というのが、ある意味で教員にとっていい意味での『思考停止』の道具になっている。日本企業に外国人経営者が来たときみたいな状況、とも言えるかもしれません。外国人経営者だからしょうがない、と日本人経営者だったらできない改革を実行できる……みたいな。

そういう意味で、ドワンゴというIT企業が、教育業界にとって新しいことをする上での黒船になっている部分はある、と思います」

学校というビジネスにとって、もちろん「親」は重要な要素だ。学費を払うのは親であり、特に、私学であるN高にとっては重要なスポンサーでもある。

だが、そのスポンサーを納得させる要素は、クレーム対策ではなく別のところで十分に用意できる。それは、進学率であり就職率であり、生徒の満足度である。そうした指針は、N高の運営を続ければ続けるほど蓄積されていくものであり、1年目にはなかったものだ。N高のキャンパス所在地。 © 出典:角川ドワンゴ学園 N高のキャンパス所在地。

前半で解説した「川上氏の読み違い」はそこにもあるが、結果として、5年目に向けたN高では、その問題はすでに「過去のもの」となりつつある。

川上 「1年目・2年目に入学者が想定より少なかったことも『危機』とは捉えていなかったんです。それは増加のカーブが緩かっただけの話なんです。伸び率は高かったのですが。普段やっているウェブサービスでのマーケティングのモデルとは色々パラメータが違っていたんです。

例えば、弊社の経営企画の人間が当初に作ったモデルは、最初に150%の成長をし、それから次第に成長が鈍化するものでした。でも、学校はそうじゃかったんですよ」

N高はすごく高い認知度を持っていたが、それでも入学することを選択する人はごく一部だったのだ。

「それは『実績』で増えていくものだったんです。1年目・2年目のマーケットはまったく刈り取れていなくて、誰もが『様子を見ていた』。なので、卒業生を出した3年目以降のほうが成長率が高くなりました」

まだまだ、N高に飛びついている生徒や保護者は少数派で、むしろ、これからのほうが成長は加速する可能性もある。

「例えば、ある中学校から1人N高に入ったとします。次の年は、そこから4人とか6人とか入ったりするんですよ。実績でみんな安心するんです。

あと、『通学キャンパス』が全国に現在19カ所あります。現在急激に増やそうとしている最中です。例えば、ある地域に通学キャンパスをつくったとしますよね。すると、その地域の『ネットコースの生徒』が一気に増えるんです。ネットコースなので通学キャンパスは関係ないのに、通学キャンパスがあることで、保護者と生徒の安心感が高まるんです。

教育産業にはそういうところがあります。実際そこまでしないと、人生を賭ける高校選択というハードルはなかなか超えられないんです。

逆に、生徒が増えれば増えるほど有利です。その人の周りに別の生徒がいるわけですから」

「N高はもう勝てる」と川上氏がいうのは、こうした理由からだ。

ビジネスに勝つ「ついで」に目指すのは「脱受験教育」

N高・S高の普通科プレミアムで導入予定で開発中のVR教材。 © 撮影:伊藤有 N高・S高の普通科プレミアムで導入予定で開発中のVR教材。

では、N高がビジネスとして成功した先でやることはなにか? インタビュー前半で解説した「AIの活用による、インストールのように効率的な学び」はそのひとつである。だがその本質はまた別の発想につながっている。

川上「ここから先は、N高のビジネスというよりは、日本のために重要なボーナスゲームだと思ってるんですが……。

今の受験教育、輪切りをやめさせたい。N高はそれができるポジションだと思います。つまり『個別最適化教育の推進』なんですが。

現在の教育は、いろんな意味で『偏差値で輪切りした教育』です。多少なりとも頭がいい人間から見れば、今の勉強、受験のための勉強というのは面白くないですよ。

昔と違って今は、良い大学に入るために本当に、大変な努力が必要になっています。昔の勉強の仕方では、今の受験を勝ち抜くことはできませんよ。受験教育をした人とそうでない人では大きな差がある。そのくらい、受験というゲームが変質しているんです」

その理由として川上氏は「受験産業が高度化し、そこに最適化する形で教育が変わってしまったから」を挙げる。

「僕はこの構造を潰したい。問題意識を持っているのは僕だけじゃないと思いますが、。日本社会の歪みの多くの原因がここにあると考えています。

そしてN高には、この歪みをリセットできる条件がそろっています。

なので、ビジネスで勝つ『ついでにやる』(笑) 。まあ、10年くらいはかかると思うのですが」

多少の照れもあるのか、川上氏は笑いながら話すが、その目は真剣だ。N高をやる中で見えてきたことから得た部分もあるのだろう。

川上「これは教育現場の人から見ると『新設校あるある』らしいのですが、新設校であればあるほど校則が厳しくなる方向にあります。過去のそれぞれの赴任校での経験から、校則がそれぞれの『和集合』になって多くなってしまう。そういう部分があるので、これは定期的にチェックしています。

初期には先生としての経験者を多く採用していたのですが、3年目くらいから、新卒の方を中心にした採用に切り替えました。『教育はこうあるべき』という考え方に染まっていない人間でつくっていく方がいいと考えたからです」

N高の教員・TA数の推移。 © 出典:角川ドワンゴ学園 N高の教員・TA数の推移。

今までの学校にありがちなルールややり方、目標設定に縛られることなく、生徒と保護者に支持されやすい実績を見せる。その上で学校が全ての教材を提供した上で最適化された学習を提供し、最終的には「受験教育とは違う形での学びとキャリアパス生成」を提供する。

それが、N高というビジネスの目指すところ、ということなのだろう。

川上「とにかく、僕らは教育においてのこれまでの常識を無視して、あらゆることを合理的に考え直そうとしています。それは大変なことでもある。ビジネスに勝つだけなら、N高がやろうとしていることは『オーバーキル』(やりすぎ)なんです。

でも、オーバーキルな状況を続ける理由は、『N高がやろうとしていることは正しい』と理解してもらうためです。日本は新参者には厳しい社会ですから、認められるためにはやりすぎなぐらい正しいことをし続けようと思っています。

それに、オーバーキルであるということは『余裕がある』ということなんです。余裕があれば選択の多様性を生み出せる。ギリギリの状態で多様性は生まれてきませんからね。N高によって日本の社会に多様性をもたらしたいんです」

時折、笑顔で取材に応える川上氏。 © 編集部によるスクリーンショット 時折、笑顔で取材に応える川上氏。

教育産業には素人であったはずの川上氏から、一体こんな発想がどうやって出てきたのだろうか。

そう聞くと、川上氏は少しの間をおいて答えた。

川上「ドワンゴの歴史はいつもそうなんですよ。社内でも期待されないで始めたことで、誰も成功すると思っていない事業が、やがて会社の主力事業に育っていく。

実は『着メロサイト』も『ニコニコ動画』も、私が不登校ならぬ出社拒否していて、社内的にはほぼ失脚しているような時に誕生しているんです。

自分のやることが少ない時期、そういう新しいことを生み出せる。本質的に、社長業はやりたくなくて、何か世の中で新しいことをやりたい人間なので……(笑)夏野さんとのタッグで、僕はできるだけヒマしながら新規事業を立ち上げているのが1番、結果を出せると思います」

そういう意味では、N高の変化は川上氏が「カドカワのトップでもドワンゴのトップでもなくなった」ところからスタートしているのだ。

※ドワンゴ創業者・川上量生氏らの取材を通じた「N高・S高特集」は全3回での掲載を予定。VR教育コンテンツを先行体験した模様は第3回として近日公開します

(文・西田宗千佳)

西田宗千佳:1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」(朝日新聞出版)、「ソニー復興の劇薬」(KADOKAWA)、「ネットフリックスの時代」(講談社現代新書)、「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」(エンターブレイン)がある。

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