NECと東大が「夢の半導体」でがっぷり組んだ

電機大手のNECが東京大学の最先端AI(人工知能)研究でがっぷり組んだ。9月2日、NECと東大は会見を開き、「戦略的パートナーシップに基づく総合的な産学協創」を発表した。

その第1弾として「フューチャーAI戦略協定」を結んだ。NECは、これまで1件数百万円程度に過ぎなかった産学協同のプロジェクト予算を数億円レベルまで、大幅に引き上げる考えだ。

最大の目玉は「ブレインモルフィックAI(以下ブレモル)」の早期実現だ。ブレモルは人間の脳神経にあるニューロンとシナプスのような構造を持った半導体 のこと。電流の流れが物理的に変わることで人間のような思考を実現しようとするものだ。世界的に著名な合原一幸・東大生産技術研究所教授が研究を進めてい る。

「3年くらいで結果を出す」

従来型の「人工ニューラルネット(神経網)モデル」は、多くのコンピュータや大規模クラウド(仮想のデータセンター)で処理をする。これではどんなに省電力化を進めても、情報伝達に必要な電力は1000ワットを下回らない。

ところがブレモルでは、多数のコンピューターやクラウドを必要としないために、100ワット程度まで下げることが理論上可能で、人間の脳の20ワットに限 りなく近づくという。低消費電力のため、工作ロボットや自動運転車、スマートカメラといった機器など、あらゆるものをネットにつなぐIoTへの応用が見込 まれる。

現在、NECは半導体の製造から撤退しているが「中央集積回路の設計技術の研究は続けている」(江村克己常務兼CTO)。今回のブレモル研究について、新野隆NEC社長は「3年くらいで成果を出し、さらにブラッシュアップをかけていきたい」と語る。

これまで、両者とも数多くの大学・企業と産学協同をしてきた。NECは大阪大学と脳型コンピューティング技術の実現のための研究所「NECブレインインス パイヤードコンピューティング協働研究所」を今年4月に設立したばかりだ。ただ、これは脳の細かい仕組みの原理を研究するもので、「今回の東大との協定と はオーバーラップしない」(江村CTO)。

東大も多くの企業と共同研究をしてきたが、NEC新野社長が「これほど大きなパートナーシップは初めて」と言うように、東大にとってもかつてない規模の産学連携となる。

五神(ごのがみ)真・東大総長は会見で、NECと東大との人材交流が昔から深い関係があることを強調した。東大からNECに入社した理工系研究科・学部卒 業生は約470人(在籍者数)で、うち博士が約60人、修士が約320人であることを明かした。さらに「NECから東大に転籍したNECのOB・OGもい る」とも指摘。先端科学研究センターで量子情報処理を研究する中村泰信教授や生産技術研究所の高宮真准教授が「NECのOBだ」と、満足そうに語った。

このほか、協定では「フューチャーAIスカラーシップ」という奨学金制度を創設。毎年博士課程の大学院生2人をメドに月20万円×3年分の計720万円の 奨学金をNECが寄付する。奨学金を受けた学生は、修了後に返済する義務がない。また、人文系の産学協同も構想。東大の人文系研究者とAIの倫理・法制度 について議論していく。

NECにとっては久々の朗報

ブレモルが実現すれば、日本発の画期的な半導体が誕生することにな る。その果実はどう分担するのか。東大の副学長で産学協創推進本部の渡部俊也本部長は、「IP(知的財産権)についての東大のひな型から脱却し、一から契 約設計を考え直している」と柔軟な姿勢を見せている。

NEC新野社長も「何も決まっていない」と語るが、東大は世界初の論文掲出という名誉を、NECは製品化によって収益機会を得る、という形になるのかもしれない。

第1四半期(4~6月期)に発表した業績が大幅な赤字になるなど、最近、明るい話題に飢えていたNEC。今回のAIにおける東大との連携は、久々に将来に向けて希望の持てる発表となったといえる。

他社への影響もありそうだ。7月にソフトバンクグループの孫正義社長は英半導体設計大手ARMホールディングスを3.3兆円で買収すると発表。英裁判所の 許可も下り、9月上旬にも買収が成立する。ARMの魅力は低消費電力。買収の目的はIoTにARMの半導体を使うことだ。しかし、同様に低消費電力を実現 するブレモルが製品化されれば、ARMの魅力も損なわれかねない。孫社長の胸のうちは穏やかではないだろう。

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