今年で開業70周年を迎えた『東映京都撮影所』。かつては役者やスタッフ、隣接する『東映太秦映画村』の来場者であふれかえった町も、時代の流れやコロナ禍によって閑散としてしまった。そして今、『水戸黄門』や『科捜研の女』など、数々の名作を生み出した聖地に、ちょっとした異変が起きている―。 【写真】ガラガラで寂しく…映画村の巨大駐車場 「今の映画界の土壌からすると、この規模の本格的時代劇はなかなか作られづらい現状です……」 現在公開中の映画『燃えよ剣』の舞台挨拶で、このように語るのは主演の岡田准一だ。 「昭和の時代に映画やテレビで人気を博した“時代劇”というジャンルも、’11年にTBS系の『水戸黄門』が終了してからは民放のレギュラー枠が消滅してしまいました」(スポーツ紙記者)
CG発達により「必ずしも京都でなくていい」
お茶の間から遠ざかる時代劇だが、そんな世相を反映してか、こんな話も聞こえてくるように。 「京都の太秦にある『東映京都撮影所』が存続の危機に陥っているというんです。このままでは、数年以内に閉鎖せざるをえなくなるなんて声も……」(製作会社関係者) 多くの時代劇が生まれた太秦の歴史は、大正時代に当時の剣劇スターだった阪東妻三郎が撮影所を創設したことから始まった。 「東宝や松竹など続々と撮影所が建てられるようになり、映像制作の聖地となりました。’51年に3つの映画会社が合併して東映が誕生し、運営した撮影所の名称が『東映京都撮影所』に。’75年には撮影所の横に『東映太秦映画村』もオープン。年間の観光客数は250万人を記録し、京都の一大観光名所になりました」(映画ライター) 敷地面積2万坪以上という巨大なスタジオと、映画村の2本柱で運営を続け、順調に業績を伸ばしていったが、娯楽の多様化で時代劇というジャンルは徐々に縮小。そして’20年初頭に世界を襲った新型コロナウイルスの直撃がさらなる追い打ちをかけた。 「ただでさえ減少傾向にあった映画やドラマの制作が軒並みストップ。外国人に人気の観光地だった映画村も、客足が激減しました。以前から、東映は東京の練馬区にある『東映東京撮影所』だけで十分という話もありましたが、京都撮影所の経営不振によって現実味を帯びだしました」(前出・製作会社関係者) 京都という立地は利便性の面から見ると、どうしても東京に及ばない。 「多くの俳優が東京に住んでいますから、京都での撮影は、出張費や滞在費で余分に費用がかかります。京都ならではのロケーションも、CGの進化で必ずしも京都でなければならないというわけではなくなりました。加えてコロナによって県外移動も問題視されるようになりましたからね」(同・製作会社関係者) この地で撮られていた長寿ドラマの終了も、撮影所の苦境に拍車をかけている。 「テレビ朝日系列のドラマ『科捜研の女』シリーズは今シーズンで、『遺留捜査』シリーズは来年秋で終了すると報じられました。定期的な仕事がなくなるのは大きな痛手ですよ」(テレビ朝日関係者)
『松竹』や『Netflix』に“スタジオ貸し”の現状
存在意義が失われつつある京都撮影所だが、閉鎖の可能性はあるのか。東映に問い合わせると、 「広報に確認しましたところ、そのようなお話は聞いておりません」とのことだった。 しかし、実際に太秦へ行って周辺を取材してみると、厳しい現実があった。撮影所関係者はため息交じりで語る。 「現在は東映の専属俳優でも月に1本撮影があるかどうかなので、月収は3万円以下の人がほとんど。仕事がない役者は映画村でバイトなどもしていましたが、今は人が入らなくてショーすらやっていませんからね。時代劇が盛んだった50年以上前はエキストラでも1本5000円の3本撮影がざらで、ちょっとした斬られ役でもサラリーマンの数倍稼げていたそうですから、今では夢のような話です」 裏方のヘアメイクや大道具・衣装スタッフなどはすべてアルバイトかフリーランス。撮影がなければ収入はゼロで何の補償もない。 「現在、東映創立70周年を記念し、木村拓哉さん主演で時代劇の撮影も進んでいますが、この1本だけでは今の窮状は変わりませんよ。複数の撮影をコンスタントに続けなければ、スタッフは生活できません」(同・撮影所関係者) 施設が巨大すぎるため、持て余されているようだ。 「現在、撮影所内にスタジオは11ありますが、東映が主に使用しているのは1つだけ。あとは、貸しスタジオとして『松竹』や『Netflix』に貸しています。そんな状況ですから、今年の夏は東映としての撮影はゼロ。多くのスタジオが空いたままで、荷物置き場になっています」(別の撮影所関係者) 撮影所が寂れてしまったことで、周辺の活気も喪失。かつて撮影所近くの通りには飲食店が並び、映画関係者でにぎわっていたが、今は喫茶店が1軒残っているだけだ。 「以前は、勝新太郎さんや、藤田まことさんが近所を歩いていました。飲食店に役者やスタッフが集まり、一般客は入れない状況でしたが今は一般客ばかり。たまにスタッフが来ては“仕事がない”と愚痴をこぼしていますよ」(喫茶店の常連客) コラムニストで時代劇研究家としても活動するペリー荻野さんは、撮影所の閉鎖は映画やドラマの衰退につながるのではないかと危惧する。 「東映の時代劇はもちろん『科捜研の女』シリーズは京都の立地を活かしてます。あの撮影所で撮った作品には東京とは異なった独特の雰囲気がありますよね。そのような作品が撮れる場所がなくなるのはとても惜しいです」 映像界全体の影響も大きい。 「東映京都には『水戸黄門』の第1話から出ている殺陣の専門集団『東映剣会』がありますが、刀の構え方や立ち居振る舞いは伝統芸能レベルの財産。ほかにも伝統的な髪を結う結髪師や、わらじのひもの結び方といったノウハウなどの技術が蓄積されています。そういったものが受け継がれないとしたら、日本映画界の損失になると思います」(ペリーさん) 日本映画の黄金期を支えてきただけに、今後の業績が好転することを信じたい。