NewJeans騒動で見えた「K-POP商法」の問題点

K-POPの人気ガールズグループNewJeansが韓国の芸能事務所最大手HYBE傘下のADORとの専属契約を解除すると発表したことを受け、韓国の音楽業界やメディアは騒然となっている。アーティストが専属契約をめぐり、法的手段よりも先に事務所へ通告したことは前例がないからだ。

韓国日報は、「NewJeansの未来と歌謡界のエコシステムへ変化を起こすかもしれない事態」(11月30日)と報道。このままNewJeansの自由な活動が認められるようになれば、巨額の資金を投資してアイドルをデビューさせ、長年をかけて投資を回収するK-POPのビジネスモデルにヒビが入る可能性がある。

HYBE側に内容証明を送っていたが…

デビューからわずか2年あまりの、現役アイドルNewJeansがなぜ専属契約の解約を自ら通告するまでに至ったのか。その背景には、春から続いている親会社HYBEと、「NewJeansの生みの親」であるミン・ヒジンADOR前代表との確執がある(韓国トップアイドルが「イジメ吐露」に至ったなぜ)。

HYBEとミン前代表の抗争が続く中、NewJeansは9月にも緊急ライブをYouTubeで行い、ミン前代表の復帰を訴えたが、受け入れられず、11月13日には、内容証明をADORへ送っていた。

この内容証明では、ミン氏の代表復帰を再び要求し、HYBE社内のレポートに書かれた「NewJeansを捨てて新しいグループを作ればいい」という内容についての確認と処置、そしてメンバーのハニが、HYBEの別グループのマネジャーから挨拶を無視しろと言われたことへの正式な謝罪など6つの事項について是正されなければ専属契約を解約するとしていた。

しかし、11月20日にはミン前代表が自らADORを退社。前例通り、NewJeansも続いてADORを去るだろうとみられていた。この時点では、その手段は、過去にもあった事例のようにNewJeansが専属契約効力停止の仮処分申請を裁判所に提出することになるとの見方が多かった。ところが、契約解約を通告するという、まさかの展開となった。

NewJeansは専属契約を解約した理由として、内容証明での要求が期日である28日まで是正されず、アーティスト保護義務をはたさなかったとして信頼関係が損なわれたと主張。韓国ではアーティストのデビュー時の専属契約期間は一般的に最長7年とされているが、今回の場合、ADOR側が契約違反を起こしたことによる契約解約であり、契約の効力が停止したため違約金は支払わなくともよいとも主張している。

今後のスケジュールについては、現時点で決まっているものは行うとしているほか、「NewJeans」という名前については、しばらく使えないかもしれないが、「諦めるつもりはない」ともしている。

「最悪の選択」「これから明るい未来だけ待っている」

前例のない出来事に韓国世論の反応も交錯している。メディアへの書き込みには、「NewJeansがヒップホップだ。これから明るい未来だけが待っていることを祈って、法的な攻防になっても応援する。長い闘いに疲れないように、脱HYBE脱ADOR応援します!」「脱HYBE脱ADORおめでとう! 正直、訴訟してもHYBEの立場ではよいことはない。いろんなものが暴露されるだろう」とNewJeansを応援する声も。

一方で、「最悪の選択。ガールズグループの生命はだいたい6年くらいだ。これから訴訟と法的対応でスターとしての黄金期を使いはたすことになった」「長くてうんざりする法的攻防が予想される。世論とファンの関心を利用するために、こんな記者会見も法的攻防を有利に持ち込もうとしているのだろう」「ミン・ヒジンにだけ感謝するのか。支援してくれたスタッフがいるADORはブラック企業となり、今回の事態でK-POPには大きな汚点ができた」と否定的な声も多く見られた。

全国紙のエンターテインメント記者は、「HYBEとミン前代表の確執が解決に向かうどころか法的な攻防だけが増えて長引いており、韓国世論はこの話題にかなり疲労感が増している」と話す。

では、今後NewJeansの活動はどうなるのだろうか。ADORから独立し、NewJeansという名前のままで自由な活動ができるようになるのか。

NewJeansの名前を維持するのは難しい

複数の弁護士の見解をひいた韓国メディアの解説を見ると次のようになる。

まず、契約の解約については、解約の意思表示が相手側に到達した時点で効力が発生するため、29日に契約解約通知を受け取ったADORがNewJeansとの専属契約の有効性を主張する訴訟を提起しなくてはならないという。その後の見解は2つに分かれおり、信頼関係が破綻している場合は契約解約が認められるとする見方がある一方、ADORの契約違反を立証することは難しいのではないかとする意見もある。

また、違約金については、契約を解約する事由が明らかにADORにある場合、支払い義務は発生しないが、それは厳しいという見立てが多く、ただ、4000億〜6000億ウォン(約430億〜640億円)規模といわれる巨額の違約金は過剰であると判断されて減額される可能性もあるのではないかという。

そして、「NewJeans」という名前については、商標権はADORの所有であるため、「NewJeans」の名前のままで活動することは難しいという見解で一致している。

ADORは内容証明への回答を記者会見の少し前の28日に送っていた。NewJeansからの要求事項については、ミン前代表の解任ついては役員会で決定した事項であること、他の項目については解決できるよう努力しているとし、契約は2029年7月31日まで有効であるという立場をとっている。

ADORの今後の動きが注視されるが、前出の記者はこう見立てる。

「専属契約の確認訴訟を起こすのか、それともADORを通さず、第三者を通した収益が生じる活動をNewJeansが行った場合は、活動禁止を求める仮処分申請を提出して活動を禁止させるかもしれないという観測が流れていますが、活動禁止はアーティストを応援するという立場をとっていることと矛盾するのでそう簡単ではない。それにいくら原則で動くHYBEでも世論の動きによっては裁判には慎重にならざるをえないのではないでしょうか」

今回の事態はいちアーティストだけの問題ではなくなった。冒頭で韓国メディアが指摘したように、もし、NewJeansに有利な方向に事態が動けば、K-POPのエコシステムに影響を及ぼすことは必至といわれる。

K-POPは、所属事務所がダンスやボイストレーニング、語学、さらには心理的な側面からの教育なども含め練習生を育成し、デビューさせることで成り立ってきた。そこへ多額の投資をし、デビュー後にその資金を回収するシステムだったが、そうしたモデルが崩れる可能性もでてくる。

HYBEの投資家からは不満の声

今回、NewJeansが記者会見で専属契約の解約を通告したことにより、HYBEの株価は4%下落した。

通信社のニュース1は、「こんなに株価に影響する事案をまたメディア報道で知ることになった。これほど株価に影響を及ぼす事案を株主が公示の1つもないまま知らなければならないのか」「HYBEがNewJeansへ違約金の訴訟を起こさなければ背任で経営陣を訴える」などの投資家たちの声を拾っている(11月29日)。証券業界の関係者は、「不確実性が高まり、K-POP界へ投資することも慎重になる」と話す。

NewJeans が投じた一石の波紋はどう広がっていくのか。HYBEもNewJeansからの契約解約通知を受領したとし、「適切に対応する予定」なことを明らかにした。

どんな結果になるにせよ、人々を癒やすエンターテイメント界に苦い後味を残すこととなった。アーティストが公の場で契約について語らなければならないほどの事態に追い込んだHYBEとミン前代表の責任は重い。

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菅野 朋子 ノンフィクションライター

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