マーケティングプランナーの谷村智康氏が10月に亡くなった。1963年生まれなので、享年51歳か。谷村氏は総合週刊誌「週刊金曜日」(金曜日)の「経済私考」というコラム連載を持ち、月刊誌「サイゾー」(サイゾー)などの対談企画でもCM業界、マーケティング業界の裏側から日本経済を語っていた。
著書も複数冊ある。「テレビは広告を放送するビジネスだ」と、その本質を暴いた『CM化するニッポン なぜテレビが面白くなくなったのか』(WAVE出版)を皮切りに、「調べたつもりが調べられている」という検索サイトに迫った『マーケティング・リテラシー 知的消費の技法』、就職サイトは広告であり、ブラック企業ほど上得意様になってしまう構図を明らかにした『「就活」という広告ビジネス』(共にリベルタ出版)だ。
実は筆者は、谷村氏の第一作目の『CM化するニッポン』の編集者だった。同書はテレビの裏側に迫っていたために、一部では驚くほど評判になったが、残念なほどに売れなかった。今回は、追悼の意味を込めて、約10年前に出した本を紹介しながら、テレビ局というビジネスモデルに迫ってみたい。
「驚かれるかもしれませんが、テレビ局にとって本当の商品は広告です。テレビ局は番組を放送するところと思われがちですが、広告を見せることでビジネスとして成り立っています。実は番組は広告を売るための客寄せにすぎないのです。(略)視聴率を稼ぐためだけにあるテクニックは、視聴者から番組が『大げさでうるさい』とか『見づらい』と批判されますが、テレビ局から見れば『当然のこと』です。なぜなら視聴者の満足は、テレビ局の売り上げとは関係ないのですから。不満や批判があっても視聴率さえ取れていれば、売り上げは上がるのです。CMさえちゃんと放送していれば、テレビ局は儲かるのです」(同書より)
●プロ野球中継が減ったワケ
プロ野球中継が減った理由も視聴率だ。といっても単に「視聴率が下がったから」という理由ではなく、「視聴率が下がれば下がるほど、番組中にCMを流さざるをえなくなる」というビジネスモデルが、さらなる視聴率低下を生む悪循環に陥っていたのだ。
「テレビ局はCMを流すにあたって、スポンサーと『量』で契約します。例えば、『合計視聴率100%で1億円』といった具合です。視聴率が20%の番組なら5回CMを流せば契約を完了できますし、10%なら10回CMを流さなくてはなりません。プロ野球中継の視聴率が20%を超えていた時は、5回の放送でノルマを達成できました」(同書より)
「ところが、現在のように視聴率が下がってくるとどうなるでしょうか。下がった分、CMを流さなければいけない回数が反比例して増えていきます。すると契約のCM放送『量』をこなすために、イニングが代わってもまだCMが流れているといったことすら起きてしまいます。ですからCMが終わって野球中継に切り替わったときには、すでに2アウトになっていて、1分も試合を見ないうちにチェンジで、また長々とCMが始まってしまうのです」(同)
「CMのせいで、せっかくのゲームがきちんと放送されないのですから、プロ野球中継への興味が薄れてしまいます。だから、プロ野球中継の視聴率はさらに下がり、その埋め合わせにCMをたくさん放送しなければならないという悪循環がテレビ局の都合で起きてしまったのです」(同)
その後、プロ野球中継は激減したが、ほかのスポーツでもCMばかりの中継はいまでも視聴者には不人気だ。その背景には、こういったテレビ局側の事情があったわけだ。
●見えない広告
視聴率を獲得しにくくなったことで、テレビ局は番組内のシーンもスポンサーに売り出すようになった。それが見えない広告、「プロダクト・プレースメント(番組内広告)」だ。
「例えば、ドラマの中で缶コーヒーを飲むシーンがあるとします。(略)NHKなら商品名が特定できないように撮影しますが、民放テレビ局の場合は、番組スポンサーについている会社の商品を使います。飲料メーカーがスポンサーについていない場合はこれらの発売元とかけあって、お金を出してくれた企業の商品を小道具として使います。その際には、パッケージがはっきりと見えるように撮影します。今度、テレビを注意して見てください。ドラマなどの創作番組の中では、商品がそれとわかるかたちでは、ほとんど登場していないことに気がつくと思います。そして、はっきりと特定できる商品やロゴがほんの数点だけあります。それが『見えない広告』、プロダクト・プレースメントです」(同)
見えない広告は、NHKでさえも行っている。
「NHKはサッカー・ワールドカップやオリンピックの放送に、テーマソングをつけるようになりました。アテネオリンピックでは、ゆずの『栄光の架橋』がオリンピック期間中、何度も放送されていました。(略)それでも、このテーマソングの放送に関してお金が動いていないのなら、番組の演出や編成の都合だと言い切ることができるかもしれません。しかし、その実態は、NHK(の子会社)が楽曲の原盤権の一部を所有し、CDが売れるごとにキックバックを受け取る権利ビジネスです。つまり、NHKはCDを売るために放送法で禁止されている『他者の営業』をしていたのです」(同)
見えない広告で、私たちは感動も買わされているのもしれない。谷村氏に合掌。(文=松井克明/CFP)