「世界的に類をみない長期自粛」が高齢者の健康を蝕んだ…メディアが報じない日本の「超過死亡」の異常な高さ

日本の新型コロナ対策では長期間にわたる自粛が行われた。医療ガバナンス研究所理事長で医師の上昌広さんは「日本での新型コロナ死亡者数は2年間で1万8400人だったのに、6.0倍の11万1000人の超過死亡が生じていた。考えられる理由は3つある」という――。 【この記事の画像を見る】  ※本稿は、上昌広『厚生労働省の大罪 コロナ対策を迷走させた医系技官の罪と罰』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。 ■コロナ流行の影響とみられる「超過死亡」が多かった  新型コロナに限らず、わが国では毎月の死亡者数が急増している。厚生労働省の人口動態調査(概数)によれば、2022年1~9月までの9カ月で約114万4000人が亡くなった。新型コロナ死が増えた2021年と比べて、7.7%、8万1734人も死亡者数が増えたというのだから、いくら世界で最も高齢化が進んだ国とはいえ恐ろしい数字だ。2022年8月の1カ月だけに絞ってみると、4回目の緊急事態宣言が出されていた前年同月より約1万8000人、15.1%も死亡者数が増えた。  インターネット上では、ワクチン接種後の副作用で死亡者数が増えたのではないかとの憶測が飛び交っているが、冷静にみて事実は異なると考えている。  実は、日本では当初新型コロナによる死亡者は欧米に比べて少なかったものの、コロナ流行の影響とみられる「超過死亡」が、ワクチン接種が始まる前から多かったからだ。超過死亡とは、過去の死亡統計や高齢化の進行から予想される死亡者数と、実際の死亡者数を比較して算出した死亡数のことだ。感染症による死亡だけではなく、他の疾患などでの死亡数が平年に比べて多かったかを高齢化の影響などは排除した上で算出する。新型コロナなどの感染症流行時の超過死亡は、感染症が社会に与えた影響の大きさをみる指標の一つとなる。統計処理によって偶然の増加では考えにくい死亡者数の増加が確認されれば、感染症の流行などの影響があったと判断される。 ■世界ではコロナ死者数の3.1倍が「超過死亡」している  残念なことに日本のマスコミはほとんど報道しなかったが、実は2022年3月、新型コロナ感染拡大下での「超過死亡」を考える上で注目すべき研究結果「新型コロナパンデミックによる超過死亡の推定:新型コロナ関連死亡率の体系的分析2020~21年」が、英医学誌『ランセット』誌に公開された。米国の研究チームによるこの研究では、74の国と地域を対象に、新型コロナパンデミック下の2020年1月から2021年12月まで2年間の超過死亡を推定した。超過死亡には、新型コロナ感染による死だけではなく、コロナの見落とし、コロナ感染を恐れた受診控え、外出抑制など生活習慣の変化に伴い持病が悪化したケース、経済的な困窮による自殺、医療逼迫(ひっぱく)など様々な要因による死が含まれる。  この研究によると、2020~21年の2年間の世界の超過死亡は1820万人で、実際に報告された新型コロナによる死者数594万人の3.1倍だった。  論文の中で研究者らは、超過死亡率は各国から出された新型コロナの死者数よりも、今回のパンデミックの全死亡率への影響をより正確に評価する「真の尺度」だとした。そして、中央アジアの一部、サハラ以南のアフリカのほとんどの国で超過死亡が高くなったのは、検査や治療が受けられなかった人たちの死が新型コロナによる死亡としてカウントされなかったためではないかと指摘している。

■先進国の中で特に超過死亡が多かった日本  先進国の中で特に超過死亡が多かったのが、新型コロナではそれほど多くの死亡者を出さなかった日本だった。日本での新型コロナ死亡者数は2年間で1万8400人だったのに、なんと、6.0倍の11万1000人もの超過死亡が生じていたと報告されたのだ。韓国での新型コロナ死亡者数は5620人で超過死亡はその0.8倍の4630人、シンガポールは死亡者数が828人で超過死亡がマイナス1770人と推定されているので、日本の超過死亡が異常に多いことがお分かりいただけるだろう。  超過死亡と実際の死亡者数との比率が6倍もある先進国は他に例がなく、日本の数値は、経済協力開発機構(OECD)加盟38カ国の中で際立って高かった。日本の人口10万人当たりの超過死亡は44.1人で、4.4人だった韓国の10倍だ。  この研究結果は、日本など超過死亡が高かった国々に新型コロナ対策の見直しを迫る内容であり、世界に衝撃を与えた。英科学誌の『ネイチャー』誌は、『ランセット』誌にこの論文が掲載された当日に、「新型コロナの真の死者数――公式記録よりはるかに高い」と題した記事で他誌に載ったこの研究結果を紹介したくらいだ。この記事の中でも日本の超過死亡の多さが取り上げられた。 ■超高齢社会とはいえ急激に死亡者数が増加している  ちなみに、WHOのデータでは、20年1月~21年末までのコロナ関連死が1490万人とし、コロナが直接の死因となったのは542万人、それ以外は間接的な死としていて、日本の超過死亡は「マイナス1万9471」とある。このWHOのデータがあるため、専門家の間でも意見が割れているようだが、WHOのデータは厚生労働省の出した数字をそのまま掲載しているだけだということは付記しておく。  実際、日本では新型コロナに限らず、死亡者数が増加している。厚生労働省の人口動態統計によれば、2021年の死亡数は前年比4.9%増の143万9856人、2022年はさらに増えて156万8961人で、戦後最多を記録した。死因の1位はがん、2位は心疾患で順位に変動はないが、肺炎での死者数が減ったのに対し、3位の老衰は他の死因に比べて増加率が高かった。超高齢社会で多死社会に入ったとはいっても、これほど急激な死亡者数の増加は想定外だ。特に、アルファ株が流行した2021年春以降、死亡者は急増し、重症化率の低いオミクロン株になっても死亡者が異常なほどの勢いて増えている。

■持病を悪化させた高齢者が多かったのではないか  日本で死者が増えたのはなぜなのだろうか。考えられる理由は、主に三つある。一つは新型コロナ感染の見落とし、二つ目は医療逼迫で病院にアクセスできず、助けられるはずの命が救えなかったこと。そして、三つ目は、原発事故後の福島県で起こったような自粛に伴う高齢者の健康状態の悪化だ。  多くの病院で、入院時にはコロナのPCR検査が必須であり、途上国で超過死亡数が多かった原因として指摘されたような新型コロナ感染の見落としの可能性は低い。二つ目の医療逼迫による影響だが、厚生労働省が公開している公的病院などの患者受け入れ状況を見る限り、感染者がかつてない勢いで増えて医療逼迫が伝えられた第7波真っ只中の2022年8月でも、対人口比での病床数が少ない東京都内でさえ即応病床の空床を多数抱えていた。医療逼迫の影響がゼロだったとまでは言わないが、そのためにここまで超過死亡が増えたとは考えにくい。  すなわち、超過死亡が増えた最大の要因は、三つ目の自粛に伴う高齢者の健康状態の悪化ではないか。首都圏、関西圏では4回も発令された緊急事態宣言と長期の自粛により、持病を悪化させた高齢者が多かったわけだ。 ■小中学生の体力テストの結果は調査開始以来最低だった  『ランセット』誌に掲載された米国の研究報告で、日本の超過死亡が異常に多いことが分かった時点、あるいは、その前にも方向転換のチャンスはあった。例えば、2021年12月に、スポーツ庁は、全国の小学5年生と中学2年生を対象とした全国体力テストで、男女とも全8種目の合計点の平均値が調査開始以来最低であったと発表した。小中学生の体力がこれだけ落ちるのだから、新型コロナ自粛で家に閉じこもった高齢者の健康状態が悪化するのは誰でも想像がつくことだ。  さらに、2022年7月末には、厚生労働省が、2021年の「簡易生命表」で日本人の平均寿命が女性87.57歳、男性81.47歳で、新型コロナの影響か、前年より女性が0.14歳、男性が0.09歳短くなったことを発表した。前年を下回るのは、東日本大震災があった2011年以来だというから、この数値をもっと深刻にとらえ、マスクを外して積極的に動くように呼び掛ける方向へ、早い段階で政策を転換すべきだったのではないだろうか。

■世界的にも類をみないくらいの長期間にわたる自粛  何しろ、日本の新型コロナ対策では、世界的にも類をみないくらい長期間にわたり、自粛を強いている。様々なイベントの中止や延期が相次ぎ、高齢者向けの介護予防教室、地域の集まり、一時は要介護の人のデイサービスやデイリハビリの一部まで自粛によって休止された。元気な高齢者のカラオケは悪モノ扱いされ、日本の感染症分科会のメンバーや厚生労働省、日本医師会長までが、感染者が増えると「気の緩み」や「人流の増加」を指摘し、自粛を強要した。しかも、もともと法的に義務化されているわけでもないマスクでさえ、政府に外す日を決めてもらわないと外せず、2023年に入って以降もほとんどの人がマスクを着けていた国民性である。まじめな高齢者は、感染を怖がって専門家の意見に従い、健康状態を悪化させてしまったわけだ。 ■一人暮らしの高齢者はフレイルになるリスクが高まっていた  筑波大学の研究チームは、日本の都市部に住む65~84歳の高齢者937人の新型コロナパンデミックの影響をインターネット調査した結果を2021年4月に、『栄養・健康とエージング誌(The journal of nutrition, health & aging)』のオンライン版で報告した。それによると、1回目の緊急事態宣言が出された2020年4月、第2波の2020年8月、2回目の緊急事態宣言下の2021年1月で、高齢者の身体活動時間は新型コロナパンデミック前と比べてそれぞれ33.3%、28.3%、40.0%も減少した。特に、一人暮らしの高齢者は、家族と暮らし社会的に活発な人に比べて活動量が少なく、フレイルになるリスクが高まったと報告している。フレイルとは、要介護になる一歩手前の状態だ。  緊急事態宣言などによる行動規制は、最初のうちは一定程度感染拡大を防ぐ効果はあったのかもしれない。しかし、過度な行動制限や自粛は、高齢者の命を危険にさらす諸刃の剣になり得る。自粛によって要介護に近い状態になるコロナフレイルの危険性も指摘されていたのだから、世界で最も高齢化が進む日本ならではの健康悪化予防策をもっと早く取るべきだった。 ———- 上 昌広(かみ・まさひろ) 医療ガバナンス研究所理事長・医師 1968年、兵庫県生まれ。93年、東京大学医学部卒。虎の門病院、国立がんセンター中央病院で臨床研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究する。著書に『病院は東京から破綻する』(朝日新聞出版)など。 ———-

医療ガバナンス研究所理事長・医師 上 昌広

タイトルとURLをコピーしました