当然ですが企業にとって「売上を上げる」ことは存続をかけた大問題です。しかし、「売上を追っても売上は上がらない」と断言するのは、『ドリルを売るには穴を売れ』などのベストセラー著者でマーケティング・コンサルタントの佐藤義典さん。『顧客の「買いたい」をつくる KPIマーケティング』の著書もある佐藤さんに、戦略的な売上の作り方を伺いました。
今回は売上をムリに追うことの弊害と、正しい売上の上げ方は何かについて取り上げます。
営業の評価指標が「売上」になっている現実
売上が組織にとって重要なことは言うまでもありません。それが理由か、多くの会社で「営業担当者の評価指標」は「売上」もしくはそれに準ずる数字(売上台数・件数など)になっています。私の調査では、7割弱の会社が「売上」を営業組織の評価指標にしています。
そしてそれは、「売上を上げろ」という指示を組織として出している、ということです。
それでいいのでしょうか?
ここで質問です。野球チームの監督が、選手に言ったとします。
「勝ってこい」
と。それは「適切な指示」でしょうか?
選手はきっとこう思うでしょう。「もちろん自分だって勝ちたい。そのやり方を考えるのが監督の仕事ではないのか?」と。
もう1つ質問です。あなたのお子様が、受験の塾に通っていたとします。塾の先生が、お子様に言ったとします。
「合格しろ」
と。それは「適切な指示」でしょうか?
あなたとお子様はきっとこう思うでしょう。「もちろん自分たちだって受かりたい。そのための指導をするのが先生の仕事ではないのか?」。
この2つの指示に共通するのは「勝つこと」「合格すること」という「当たり前のゴール」を「達成しろ」という指示になっていることです。この2つの指示は「当たり前のゴール」を確認しているだけですので、意味がありません。せいぜい、「気合いだ!」くらいでしょう。
では最後にもう1つ。営業マネージャーが営業担当者に言ったとします。
「売上を上げろ」と。それは「適切な指示」でしょうか?
これは「勝ってこい」という野球チームの監督の指示、「合格しろ」という塾の先生の言葉同様に、意味がありません。営業担当者はきっとこう思うでしょう。
「もちろん売上を上げたいのはわかっている。そのやり方を考えるのが営業マネージャーの仕事ではないのか?」と。
売上を組織の評価指標として使う、ということは、「当たり前のゴール」を達成しろ、ということです。「勝ってこい」という野球の監督と同じで、意味がないんです。
「いや、営業担当者に売上を上げろ!と言えば営業担当者は頑張るはずだから意味がある」とおっしゃるかもしれません。では伺いますが、営業担当者はどう頑張るのでしょうか? みな売上を上げたいのですから、売上を上げる方法があればとっくに実行しているはずです。
「売上」は重要な経営指標ですし、税務申告もしますから、当然その「管理」はします。
しかし、組織として、売上を評価指標として追いかける(報告し、改善を続ける)ということには、あまり意味がないのです。
売上を評価指標にすることのデメリット
売上を評価指標としてムリヤリ追いかけることには、デメリットもあります。
今年、大きな話題になったビッグモーターの事例がまさにそれです。2023年6月26日付けの「ビッグモーター調査報告書」から引用します。
『この当時、D元本部長は、工場長を集めて開催していた工場長会議において、車両修理案件1件あたりの工賃と部品粗利の合計金額(BP部門では「@(アット)」と呼称されていた。以下「アット」という)を上げることを強く求め、アットの平均値が低い工場長に対しては、その理由を厳しく問い詰めるなどしていた』(ビッグモーター調査報告書 p.21)
ビッグモーターは「アット」という『車両修理案件1件あたりの工賃と部品粗利の合計金額』を評価指標(ノルマ)として使っていたわけです。
ここでは「粗利」ですが、実質的には売上と同様の意味でしょう。「売上」「粗利」を評価指標とし、それを追いかけた結果が、ビッグモーターのあの事件です。
それをムリヤリに追いかけた結果、「不正」というある意味で最悪の「売上を上げる方法」に手を染めたわけです。
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値上げラッシュの中…あえて増量 “売り方”工夫で新たな客層を 都内に「みそメーカー」の直売所も
「売上を評価指標にする」ということは、このような事態を招きかねないんです。
「売上」ではなく「買いたい」を追いかけよう!
ではどうすれば良いかというと……
・「売上」ではなく「買いたい」を評価指標として、それを追いかける
ということが「正しい売上の上げ方」です。
そもそも「売上」とは、お客様がその商品・サービスを「買いたい」と思った「結果」として上がるものです。「買いたい」の「結果」が「売上」なんです。
ビッグモーターは、業績自体は上がっていたわけです。問題は「売上」ではなく、「買いたい」を作らずに「売上」を追いかけてしまった、ということです。
「買いたい」を作るとは、すなわちお客様に「価値」「うれしさ」を提供するということです。マーケティングとは、まさに「買いたい」を作ることなんです。
「買いたい」を作るための指標の例としてわかりやすいのが、このような指標です。「はなの舞」などの居酒屋を展開するチムニーの事例です。
『「客からもらうお礼の言葉の数に比例して売り上げが増えている」。チムニーの和泉学社長は最近、こんな発見をした。このほど全店で客からもらう「ありがとう」と「ごちそうさま」の件数を数え始めたところ、お礼の言葉は1日平均6000件に上った。お礼の数が多い店と少ない店では「売り上げの目標達成率が2.5ポイントも差が付いた」という』(2010/09/27 日経MJ p.19)
つまりは、「ありがとう」とお客様に言われる店は売上目標達成率が高いということです。
居酒屋の基本サービスは「接客」と「料理」です。この2つできちんと価値を出せれば、お客様に「ありがとう」という「お礼の言葉」をいただけます。そのような「価値を提供できている店」は、お客様が来店・再来店されます。すると、
・「ありがとう」と言われた結果として「売上」が上がる
となるわけです。
これが、「売上」ではなく「買いたい」を追いかける、ということです。「売上」を追うことに意味はありません。追いかけるべきはお客様の「買いたい」なんです。すると、結果として「売上」が上がるんです。
ビッグモーターも、「売上」「粗利」ではなく「ありがとう」の数を追いかけていたら……と思わずにはいられません。