日本やオーストラリアなど環太平洋経済連携協定(TPP)のメンバー11ヵ国が、中国と台湾の加盟を認めないとの観測が外交筋の間で浮上している。中台へのスタンスをめぐる加盟国間の相違に配慮し、TPPの分断を回避したいとの思惑が背景にある。英国の加盟が決まったものの、TPPのさらなる拡張が難しくなった以上、アジア太平洋地域の自由貿易推進のムードは沈むことになる。
「台湾の動きが中国に漏れた」
TPPは大半の工業・農産品の関税を撤廃し、知的財産権の保護推進や、各国政府が補助金を投入して国有企業を優遇することを制限することを柱とした、21世紀型の自由貿易協定だ。主要メンバーだった米国は2017年、「米国第一主義」を掲げるトランプ大統領(当時)がTPPを脱退。日本が仕切り直す形で2018年に発効した。
熊本県にも工場を建設中の世界的半導体企業の台湾積体電路製造(TSMC)などを抱え、半導体生産に強い台湾は、アジア太平洋地域の成長を取り込むためにTPPのルールを満たせるよう法整備を進めるなど、並々ならぬ意欲を持って加盟へ調整を進めていた。
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ところが2021年9月、台湾に数日先んじる形でTPPに加盟申請したのが中国だ。元日本政府関係者は「TPP加盟国から台湾の動きが中国に漏れた。数日前に申請するという偶然はあり得ないことだ」と解説する。米国不在のアジア太平洋地域で覇権を握るため、「一つの中国原則」を盾に台湾の加盟を阻止すべく、中国は用意周到に戦略を練っていたとされる。
日本政府は「基本的価値を共有し、緊密な経済関係を有する極めて重要なパートナー」(岸田文雄首相)と評価し、台湾のTPP加盟を歓迎する立場だ。一方、中国については「TPPの厳格なルール を守ることができるか見極める必要がある」と慎重姿勢を貫いている。
「経済的威圧」の数々
TPPは中国が加盟する世界貿易機関(WTO)のルールと同じく、自由で公正な貿易を推進している。ところが中国は近年、自国の巨大市場を武器として、相手国に貿易制限を掛ける「経済的威圧」を繰り広げるなど、こうしたルールと相容れない状況が続いている。
代表的なのは、オーストラリアが中国に対して新型コロナの発生源調査を求めた際、同国産のワインや大麦の輸入制限を行ったり、東京電力福島第一原発の処理水海洋放出を受けて、日本産水産物の全面的な禁輸に踏み切ったことだ。
経済官庁幹部は「ルールを守らない中国をTPPに入れるわけにはいかない」と語気を強める。中国の日本産水産物の禁輸を巡り、政府内からは「WTOへ中国を提訴すべきだ」(高市早苗経済安全保障相)との強硬論も聞かれる。日豪は今年7月、「閣僚レベルで経済的威圧を行う国はTPP加盟の対象とならない」との認識を共有。中国と交渉のテーブルにつくことは困難と宣言したに等しい。
日本などは中国を牽制するため、ルールを順守しない国に対しては一切妥協をしない姿勢を英国の加盟交渉を通じて示した。ただ、先進国の代表格である英国でも、2021年6月の交渉開始から妥結まで2年の歳月を要している。関係者は「中国を加盟させるための交渉を本気でやる場合、どれくらいの年月がかかるか分からない」とため息交じりに語る。
狙いは「加盟国の分断」
英国のTPP加盟交渉中は、「中台など、新たに参加を希望する国・地域との交渉は進めない」(政府関係者)との暗黙のルールがあったとされる。英国は来年には正式加盟が実現する見通しのため、中台問題を塩漬けにする口実がなくなり、両国の加盟について議論が始まることは間違いない。
日豪などは中国のTPP加盟を認めない構えである一方、対中輸出を増やしたい東南アジアは中国の参加を概ね歓迎する立場だ。中台問題について本格的な議論を進めれば、加盟国間で亀裂が生じることは避けられない。
TPP交渉に携わった日本政府関係者は「中国は台湾の加盟を阻止するため、東南アジアに圧力を掛ける。そうなれば、日豪などが反対し、結局中台とも入れないという流れになる。交渉入りすら実現しないだろう」とみる。TPPを崩壊させないためにも正面から議論をせず、中台ともに「お断り」という後ろ向きな姿勢に落ち着きそうなのが実情だ。
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中国はTPP加盟を希望しているにもかかわらず、その一方で国際ルールにそぐわない外交政策を展開している。その理由について、通商交渉に詳しい経済官庁OBは「中国自身もTPPに本気で入るつもりはない。あえて手を挙げることで、ほかの加盟国の分断を誘うことが目的だろう」と指摘する。
自由貿易の推進は本来、すべての国にとって利益になる。ただ、米国の関与が弱まるアジア太平洋地域で、日豪など先進国の国力は低下しており、中国を抑え込めなくなりつつある。中国がTPPを利用して加盟国を揺さぶる構図が残る限り、自由貿易の拡張どころか、地域の緊張はますます高まりそうだ。
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