「行きつけのラーメン屋」であなたの弱点がわかる…「AIに仕事を奪われる人」の残念な共通点

PRESIDENT Online 掲載これから会社員という仕事はどうなるのか。経営コンサルタントの新井健一さんは「会社員は『儲けの仕組み』を知らなくても給料をもらえるため、社会を消費者目線で捉えがちだ。そのままではAI時代に生き残ることは難しい」という――。

※本稿は、新井健一『それでも、「普通の会社員」はいちばん強い 40歳からのキャリアをどう生きるか』(日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。

■長くいた会社を離れるストレスは大きい

人間の心に最も強いストレスを与えるのは、離別だと言われている。

離別には「配偶者の死」「離婚」「別居」などがあるが、日本企業に勤める会社員が、何かのきっかけで慣れ親しんだ職場を離れることになるとすれば、自覚の有無にかかわらず相当なストレスを感じるだろうことは想像に難くない。それがリストラなどの場合はなおさらだ。ちなみに外資系企業では、職場の人間関係に「同じ釜の飯を食う」という比喩表現を用いたりすることはない。

また、日本企業においてすでに崩壊したはずの終身雇用だが、実際平均勤続年数は2018年にいたるまで微増ながら伸び続けた(その後、20年には、一般労働者〈男女計〉の水準が、13年、もしくは16年の水準に戻ったが、22年にはまた伸長傾向に転じた)。

更に日本人の自尊感情は自己有用感(自分は役に立つ)と密接に関係しているから、退職勧奨など他者から発せられる「あなたは役に立たない」というメッセージは、当人の自尊感情を著しく傷つけてしまうだろう。

したがって、仮に「就社」した企業を離れることになった場合に生じる喪失体験というものを、理解しておく必要がある。

■会社員は「変動と独立」への適応能力を失った

さて、我々は強烈な喪失体験など味わうことなく生涯キャリアを全うしたい。そのためには、このVUCAの時代、会社員は企業の背に腹は変えられぬ事情に振り回されないための備えが必要となる。このような備えは、これから企業と社員が「個人と組織がお互いに信頼を寄せて一体感を醸成し、双方の成長に貢献しあう関係」を目指す上でも必要だ。

筆者は会社員とフリーランスの違いをこのように捉えている。結局、勤続20年以上の会社員は、この20年で何を得て何を失ったのか。より正確には、どのような能力が弱化したのか。

それは、「安定と従属」の対義語である「変動と独立」への適応能力である(そして、この適応能力とワークエンゲージメントには優位な相関性がある)。安定と従属➡変動と独立:(求められるもの)職業に対する主体性、自律性
職業に対する主体性、自律性➡(得られるもの)ワークエンゲージメント

だが、多くの会社員が一足飛びに安定と従属の対義語「変動と独立」の境地に到達することは難しい。なぜなら、会社員は変動と独立を目指す前に、ある弱点を克服しなければならないからだ。

■行きつけのラーメン店でわかる会社員の弱点

現に今、45歳、またその上の世代の会社員、その多くは文字通り「就社」した会社しか知らない。本来であれば、我々は消費者として、実に様々な職業と関わりをもっているはずなのだが、多くの会社員が「就社人」であり、「消費者」でしかなかったのだ。たとえば、出版業界で働くある編集者が、昔なじみのラーメン屋を今もよく利用しているとする。

おそらくラーメンの味や店への入りやすさ、営業時間、値段、接客などが気に入って足を運んでいるのだろう。だが、果たして当の本人は、次のようなことを考えながらラーメンを食べたことがあるだろうか。その店の商圏人口
客単価×来店人数による採算ライン
ラーメンや餃子、ビールやハイボールの原価
飲食業や接客業の苦労や面白さ など

仮に、この人物が飲食業に関わっていれば話はまったく変わってくるだろうが、そうでなければ、ラーメン一杯あたりの原価など考えたこともないだろう。同じく、ラーメン屋という接客業と自分の仕事の違いもリアルに想像したことはないはずだ。そして、これこそが「就社人」と「消費者」の間に視点をもたない会社員の実態なのである。

だから職業に対する比較概念も持てないし、職業を相対化することもできない。その職業が好きか、それほど好きでないかも分からない。本来であれば、自分の性に合わない仕事も、それが仕事だからと飲み込んでやってきてしまった。

そんな人材が、いきなり「変動と独立」を迫られると、堅実さや実現可能性などとは程遠い事業計画書を作成したりしてしまうのだ。そうならないために、我々は何をなすべきか。

我々は就社人と消費者の「間」に身を置く必要がある。

■「売れる仕組み」に目を向けてみる

具体的な第一歩は、現に勤める会社から(心理的に)離れて、それまで漫然とお金を払って購入してきた商品やサービスなど、消費の周辺にある仕事を真摯に観察することである。なお、観察の対象は、消費者としてだけではなく、現に勤めている会社の取引先でも勿論よい。そしてこれは、マーケティングにおけるリサーチに相当する。生涯キャリアの自己管理におけるマーケティング発想RSTPBMM
R RESEARCH マーケット調査
S SEGMENTATION 顧客層の細分化
T TARGETING 私の顧客の特定
P POSITIONING 他者との差別化
B BRANDING イメージの浸透
MM MARKETING Mix 製品(サービス)、価格、流通経路、販売促進

これらは、マーケティングにおける一般的な実施ステップであるが、自身のキャリアについて、このようなステップで自分自身の〈売れる仕組み〉を考える会社員に出会ったことはほぼない。実際、このステップを丁寧になぞる必要はないかと思うが、その一部でも自分のキャリアを考える際に参考にしたり、とり入れたりしてみると、様々な気づきや発見があるはずだ。

■キャリア形成の基盤になる「3つの問い」

2020年4月以降、筆者のもとにキャリア相談に訪れる会社員が増えた。

いずれも大きな組織に勤めており、役職者として出世街道のただ中にいる人物もいたが、彼らに共通するのは、今後のキャリアに不安を抱えているという点だった。そんな彼らの多くは、筆者がどんなマーケットで飯を食っているか、かなりぼんやりとしか把握していなかったのである。

そのため、彼らに対して、講師業やコンサルティング業を説明するための資料として「上場企業品質講師 心得」を作成した。そして「心得」では、先ずこの業界のマーケットについて説明している。

研修や講演会、ワークショップや勉強会など、広義のセミナーは1日につき1万件開催されていると言われる中、その内実をしっかりと把握しておく必要がある。それが先に示したマーケティングのステップRSTPBMMに他ならない。

我々は多くの場合、業界というものをステレオタイプにしか見ていないか、もしくは消費者としてしか見ていない。だが実際に、業界を仔細に分析してみると、E・H・シャインによる3つの問い「自分は何がやりたいのか(動機・欲求)」「自分は何をやることに価値を感じるか(意味・価値)」「自分にできることは何か(能力・才能)」、これらの中心にあるキャリア形成の基盤が見えてくることがある。

■「万能家」と「専門家」の欠点

AI時代、色々なことができるということは武器になるか。

企業において、これまでも色々なことができる人材(ゼネラリスト:万能家)と特定のことに精通した人材(スペシャリスト:専門家)について、どちらをどう採用し、育成・活用し、そして処遇すべきかという議論がなされてきた。ゼネラリスト:幅広い知識や経験を備え、多角的な視点から組織の問題を解決する人材
スペシャリスト:特定の専門分野に深く精通し、専門的な見地から問題を解決する人材

企業としては、このような万能家と専門家が手を取り合って、自社の成長や経営課題の解決に邁進してくれることを期待したのだが、実態は必ずしも期待通りにはならなかった。たとえばゼネラリストは、幅広い知識や経験を備えてはいるが、スペシャリストを活用することができない(専門家の言っていることが分からない)。結果として、彼らの御用聞きに終始するか、もしくは単に組織の利害を調整して取りまとめるだけの役割に終始してしまう。

一方でスペシャリストは、自らの専門的視点に固執し、たとえば問題解決にあたりリスクを過大評価しすぎて、常にブレーキを踏む役割に終始してしまう。ゼロリスク症候群(リスクはゼロでなければならないという考え方に固執すること)も、専門家という立場、もしくは専門的見地の弊害とも言える。

■「プロフェッショナル」が求められている

企業は、このような弊害を解消すべく、スペシャリティの範囲についても常に議論してきた(たとえば、コンプライアンスは法令順守を包含したより大きな概念であるが、法務の専門家になるよりもコンプライアンスの専門家になるほうが、企業組織の問題を解決する際の貢献度も高いという認識)。

その過程でプロフェッショナルと呼ばれる職種に注目が集まり、かつスペシャリティの範囲やスペシャリスト人材を再定義する際に、この言葉が使われるようになった。プロフェッショナル:問題解決志向が強く、これに資する高い専門性、また(これに資する)幅広い知識や経験をもつ人材

企業ではこのように、人材要件をどう定義するかについて議論してきたが、また別の角度から、企業の人事施策に内在するリスクにも注意しなければならない。

ゼネラリストの役割には人材育成がある。そして、その基本は「1.任せる、2.見守る、3.(相手の求めに応じて)介入する」であるが、上司は部下の育成にあたり、自らの権限を移譲し、また部下がある分野の専門性を養う手助けをすることが求められる。ただし、このような権限移譲、専門化にリスクが潜んでいることも心得て対処することが必要だ。

■専門化の「3つのリスク」

まず、上司の「分からないことに頭を使いたくない」という怠慢から、当該業務の一切を部下任せにしてしまえば、当然ながらその業務に関する情報が得られなくなる。自分が責任を負わなければならない業務について、何がどうなっているのか分からなくなってしまうのだ(①情報を喪失する)。

そして、そのうちに「専門的なことは、専門家たる部下が最も良い判断をくだすから」といった、人材育成の観点からは聞き心地がよいとも取れる言い訳を繰り返し、意思決定する責任から逃げるようになる。その結果、次第に業務をコントロールすることができなくなる。また、十分に事情を把握せず行った判断は誤った指示となり、混乱を招く恐れも生じる(②コントロールを喪失する)。

そして、更に「この分野に詳しい彼または彼女が言うのだから間違いない」という上司の発言や、「素人の出る幕ではない」といった(コミュニケーションの拒絶ともとれる)部下の発言が繰り返されるようになる。また、このようにブラックボックス化した業務において、不正行為が進行するリスクも(本来、知らぬ存ぜぬでは済まされないはずだが)、放置することになるのである(③専門家が凶器になる)。

このような権限移譲、専門化のリスクとその対策は、AIと我々がともに働き、高い成果を創出するための指針にもなる。

■会社員は「せまくない」キャリアを形成できる

今後、AIは多くの専門分野において、我々よりはるかに優れた成果を出すだろう。特にスペシャリティの範囲が狭く限定され、たとえば活用する知識の幅や深さが一定、マニュアル化が可能な業務であればなおさらだ。

但し、だからといってAIにすべてを委ねてしまっては、当の専門家が凶器になり得るため、我々はAIをよく監督する必要がある。その上で、今後はAI専門家の知見を最大限に活用しながら、組織の問題を解決し、かつ多様な人材の心理にも配慮しながら、首尾よくマネジメントしていかなければならない。

そうしたときに、活きてくるキャリアは、AIを監督することができる問題解決志向に優れたスペシャリスト、同じく問題解決志向に優れたゼネラリストである。なお、日本企業はこれまで、実務能力が養われていない新卒を一括採用するシステム、「配属ガチャ」(新入社員が入社時研修以後、どの部署に配属されるか分からない不安な心境を、おもちゃ売り場の「ガチャガチャ」やソーシャルゲームの「ガチャ」になぞらえた俗語)、転居を伴う人事異動など、いわゆる「ジョブ型」とは相容れない特殊な「メンバーシップ型」という働き方を採用してきた。

しかしながら、会社員として複数の事業所や職種を経験する、またそれができるということは、「せまくない」キャリアを形成するための機会にもなり得るのである。そういう意味で、会社はそこに身を置きながら、色々なことを見聞したり、試したりする機会を与えてくれる。

たとえば副業・兼業も本業があってこそ安心してできることなのだ。

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新井 健一(あらい・けんいち)
経営コンサルタント
アジア・ひと・しくみ研究所代表取締役。1972年神奈川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、大手重機械メーカー人事部、アーサーアンダーセン(現KPMG)、ビジネススクールの責任者・専任講師を経て独立。人事分野において、経営戦略から経営管理、人事制度から社員の能力開発/行動変容に至るまでを一貫してデザインすることのできる専門家。著書に『働かない技術』『いらない課長、すごい課長』『それでも、「普通の会社員」はいちばん強い 40歳からのキャリアをどう生きるか』(いずれも日本経済新聞出版)、『事業部長になるための「経営の基礎」』(生産性出版)など。
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(経営コンサルタント 新井 健一)

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