カプセルトイ(ガチャガチャ)の市場規模が拡大を続けている。この10年で市場規模は270億円(2012年度)から610億円(2022年度)と2倍以上になった。日本ガチャガチャ協会代表理事の小野尾勝彦さんは「ガチャガチャは日本人がハマる要素をたくさん備えている。とりわけモノ消費ではなくコト消費である点が、SNS時代にあっている」という――。
※本稿は、小野尾勝彦『ガチャガチャの経済学』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■ガチャガチャが広がった「コロナ」以外の理由
本項では、アメリカに起源を持つガチャガチャが、なぜ日本で独自の発展を遂げたのかについて、私なりに考察を試みたいと思います。
昨今のガチャガチャ市場の拡大について、メディアなどでは新型コロナウイルス感染拡大が却って功を奏したという論調が散見されます。もちろんコロナの影響は否定しませんが、それ以前からガチャガチャに日本人は魅了されている、もっと言えば日本人の民族性とも関係しており、一過性のブームだとする見方は正しくないと思うからです。
そもそも日本人は小さくて可愛いものを愛でて、集めたがるという習性があるように思います。古代の土偶や埴輪(はにわ)、仏像などが典型的ですが、現代もフィギュアやミニチュア、あるいはキャラクターグッズを集める人が多いことと、ガチャガチャには深い関係があるように思えてなりません。
小さなカプセルに収められた玩具がアメリカから日本に伝わった時点で、現在のガチャガチャ市場の隆盛はある程度約束されたのではないでしょうか。
ハピネットが2023年1月に発表した「カプセルトイの大人需要実態調査」によると、「あなたにとってカプセルトイの魅力は何ですか」という問いに対し、回答者全体で最も多かったのが「クオリティの高さ」でした。以下、「何が出るかわからないドキドキ感」「品ぞろえが豊富」「低価格で買いやすい」「機械を回す楽しさ」と続きます(図表2)。
出典=『ガチャガチャの経済学』
これから1つひとつ解説していきたいと思います。
■数百円でクオリティを追求する「モノづくり」の能力
大人を満足させるクオリティの高さ
黎明(れいめい)期のガチャガチャのクオリティは決して高かったわけではありません。
しかし、時代の変遷を経ながらクオリティアップを果たし、大人を満足させるほどの高水準を実現しました。
このクオリティの高さは日本人がもともと持っているモノづくりの能力やこだわりのなせる業であることは言うまでもありません。単価数百円の商品に対し、ここまでクオリティを徹底するという飽くなき探求心は、外国人から驚きの目を持って見られています。
近年、製造業の世界で「メイド・イン・ジャパン」のブランドの失墜が取り沙汰されていますが、今やガチャガチャこそが「メイド・イン・ジャパン」のすごさを代表するものになっているのかもしれません。
■おみくじに似た「プチギャンブル性」
「何が出てくるかわからない」を貴ぶ文化性
ガチャガチャの最大の特徴は「何が出てくるかわからない」という点にあります。商品の高品質や多様化も見逃せませんが、このことが娯楽の多様化が進んだ現代に至ってもガチャガチャが独立した地位を保っているファクターだと私は考えます。
コインをマシーンに投入する。「あのアイテムが出ますように」と心の中でお祈りしながらハンドルを回す。ガランと出てきたカプセルの中身を大急ぎで確認する。アタリであれば心の中で「バンザイ」、ハズレであればもう一度トライするかどうか考える。専門店に行くと、最近は人の目を憚らずにハンドルを回す際に神様にお祈りするようなポーズをとる方もいて、思わず微笑ましくなります。
家族や友達と一緒であれば、頭の中で考えずに、老いも若きもその場でテンション高く盛り上がることができます。現在50歳以上の人であれば、誰でも子どものときにガチャガチャをやった経験があるので、久しぶりに童心に帰って何が出てくるかで盛り上がることができます。
おそらくこの「何が出てくるかわからない」というガチャガチャの本質は、日本古来のおみくじ文化につながるものがあるかもしれません。神社やお寺のおみくじも吉凶を占うために気軽に行います。大吉が出れば歓喜し、大凶が出れば落胆する。これは一種のプチギャンブルであり、日本人のDNAに刻み込まれたものなのかもしれません。
おそらくこの先、お金の支払方法はコインからキャッシュレスの時代に進んでいくのでしょうが、この「何が出てくるかわからない」というポイントは変わらないと思います。
■毎月400シリーズもの新商品が登場
品ぞろえが豊富
現在、毎月リリースされるガチャガチャの新商品は約300~400シリーズと言われていますが、2020年の時点では約200シリーズ程度にすぎませんでした。この数年間に急激に増えた種類の豊富さも現在のガチャガチャ市場の盛り上がりを体現しています。
商品も従来のキャラクターもののフィギュアや現実に存在するもののミニチュアに加え、実用性のある雑貨、後述する「ネタ系」と呼ばれる不思議グッズなど実に多彩になっています(図表3)。それぞれにファンがついています。
出典=『ガチャガチャの経済学』
ガチャガチャの商品は、玩具カテゴリーから雑貨カテゴリーまで、広いジャンルで商品化されていることで拡大しています。
■「何ももらえない」ということがない
低価格で買いやすい
現在のガチャガチャの中心価格帯は300円です。各業界で物価が全体的に高騰している中にあって、かなり優等生であると言えるでしょう。
同じように子どもたちや若者に人気のあるクレーンゲームも、1回につき100円や200円で楽しめるようになっていますが、目当てのものをゲットするまでに1000円くらいは使ってしまうことが普通です。
その点、ガチャガチャは目当てのものかどうかはともかく、最初から何ももらえないということはないので、クレーンゲームよりも魅力的に思う人も多いと思います。
機械を回す楽しさ
「何が出てくるかわからないドキドキ感」とも共通しますが、自分で実際に手を動かして目当てのものをゲットする楽しさというのは、モノがあふれた現代にあってはまさに「コト消費」であると言えます。
このようなガチャガチャの特性は、マーケティング手段として色々と応用ができるものだと思います。たとえば、ファミリーレストランチェーンの「ガスト」では、セットメニューを頼んだ子どもに専用コインを渡し、オリジナルグッズをもらえるガチャガチャを楽しめるようにしています。
それをさらに拡大させたのが回転寿司チェーンの「くら寿司」です。注文したお皿5枚に対してゲームを1回楽しめるようにし、アタリが出たら「ビッくらポン!」という自社オリジナルのガチャガチャから景品が出るようになっています。どちらも子どもたちは大喜びで、次回も「ガスト」や「くら寿司」に行きたいと親にねだらせるために集客ツールとしてガチャガチャを活用しています。
くら寿司公式サイトより
■ガチャガチャは「子供向け」だけではない
子どもの集客だけではありません。LCC(格安航空会社)のピーチ・アビエーションは、大人向けに2021年からガチャガチャの仕組みを利用した「旅くじ」というキャンペーンを実施しています。
これは1回5000円で「旅くじ」をガチャガチャで購入すると(決済はPayPay)、出てきたカプセルの中には行き先とそこで遂行するミッションが書かれたくじと、指定された行き先への往復航空チケット(ピーチ限定)の購入に使える6000円以上のクーポンが入っています。購入者が指定された目的地への航空券を購入する際にそのクーポンを使用すると、その金額分が割り引かれるという仕組みです。「旅行先の決定をガチャガチャに委ねる」というワクワク感が好評で、現在も行われています。
現在、各地域で行われている町おこしにも、集客手段としてガチャガチャを活用しているケースが多く見られます。「何が出るかわからない」「自分でハンドルを回す」というプチエンターテインメント性は、イベントを盛り上げるのに格好の要素なのです。
ガチャガチャの仕組みを利用して、寄付金を募るという活動も各地で出てきています。
たとえば、地震や大雨などによる災害で甚大な被害を受けた地域では、公民館やショッピングモール、遊園地などにガチャガチャのマシーンを設置して、売上の一部を被災地に寄付するということがよく行われています。
日本には寄付文化がないとよく言われていますが、ガチャガチャを楽しむと寄附にも貢献できるということで、ハードルを下げる効果があります。これもまたガチャガチャの活用事例と言えるでしょう。
■実用性は皆無なのになぜか欲しくなる商品
ガチャガチャだと欲しくなる不思議さ
現在多岐にわたるガチャガチャ商品の中には、そのまま部屋のインテリアとして飾れるような精密なミニチュアやフィギュア、あるいは実用性のあるポーチやトートバッグなどがありますが、近年増えてきたのが、いわゆる「ネタ系」と呼ばれる、用途不明の不思議な商品群です。
たとえば、奇譚クラブのヒット作である「おにぎりん具」はおにぎりの中にイミテーションの指輪が入っています。ほかにも、「バスの降車ボタン」シリーズなどはバスグッズのコレクターでもないかぎり、部屋に飾りたいと思う人はいないでしょうし、実際に使おうと思っても使える場所は限定されてしまいます。
出典=PR TIMES/株式会社奇譚クラブ
しかし、この商品は“普段押せないボタンを心置きなく押せる”というコンセプトが受けて大ヒットとなり、ガチャガチャ市場でいわゆる「音もの」という新たなカテゴリーができるきっかけとなりました。最近ですと、「妹からの手紙」や「赤の他人の証明写真」「手書きお母さんの秘伝カレーのレシピ」「ギャルが折った折り鶴」などが話題になりました。
■ネタ系グッズはSNSで話題にできる
このように、実用性があまりない、芸人の瞬間芸のようなアイテムの存在も、現在のガチャガチャ人気を支える要素です。おそらくこれらの商品がスーパーなどのレジ脇に置いてあっても、多分誰も買わないと思います。しかし、ガチャガチャの商品であれば、先述した「何が出てくるかわからない」というエンターテインメント性が加わり、なんだかわからないけど欲しくなるのです。
もちろん300円という価格も財布のひもを緩めるにあたって許容できるギリギリのレベルと言えます。要らなくなれば友達に「これ、あげる!」とプレゼントしてもいいわけです。
これらの「ネタ系」グッズは、SNSで「こんなの出ちゃいました……」と注目を浴び、会話のネタにしたり、笑いをとるためのコミュニケーションツールとして購入されているようです。
■基本的に再生産がない「一期一会」
再生産は基本的になし。見かけて欲しくなったらその場でゲットしないと永遠に入手不可能
ガチャガチャのビジネスは「3カ月前受注」「返品なし」というシステムになっており、メーカーは事前に受注できた数量しか生産せず、よほどの大ヒットでなければ、基本的に再生産はしません。販売店も基本的には同じ商品を再び入荷することはありません。つまり、売り切れたら最後で、見つけたときにその場で入手しないと、永遠にゲットすることはできなくなるのです。
人気のある商品の場合、数日で売り切れることも珍しくなく、極端な話、出社中に見かけて欲しくなり、帰社時に買おうと思っても、その間に売り切れてしまうこともあり得ます。商品によって初期ロット数が違うので、見かけたときに買わないと本当に買えなかったりするのです。
「ガチャガチャの森」のような専門店であれば、入手できる確率は高くなりますが、同じことを考える人も多いので、競争率は自ずと高くなります。また、専門店でも立地によって品ぞろえが異なるので、お目当ての商品を即ゲットできるとも限りません。
もちろんネット通販を利用したり、メルカリで出品者から購入したりすることも可能ですが、お目当てのものが欲しいタイミングで適切な価格で入手できるかどうかはわかりません。
したがって、私からのアドバイスは「欲しいものが見つかったら、可能なかぎりその場でゲットしよう」です。
この「その場でゲットしないと、次にいつ入手できるかわからない」という希少性も、宝さがしに通じるものがあり、コレクター心理をくすぐり、ガチャガチャの人気を盛り上げる要因になったと考えます。
■ガチャガチャは「モノ消費」ではなく「コト消費」
SNSとの相性の良さ、コト消費を楽しむ
2012年の「コップのフチ子」の大ブレイクが示したように、SNSとの相性の良さも現在のガチャガチャ市場の盛り上がりを支えている要因です。
ユニークな商品を見つけたときの驚き、見事コンプリートしたり、めったに出ないレアアイテムをゲットしたりしたときの喜びをインスタグラムなどに投稿する。あるいはメーカーが異なるキャラクターとミニチュアを組み合わせてジオラマ風にオリジナルの世界観をつくりあげる。友だちから「面白いね」と言われてどんどん拡散されていく。
小野尾勝彦『ガチャガチャの経済学』(プレジデント社)
このように、SNS映えを狙える素材の1つとして、ガチャガチャは手ごろな値段でコミュニケーションを仲介できるツールなのです。いわばガチャガチャはSNSという新しいメディアのネタとして最適だったのです。
従来のガチャガチャの楽しみは「集める」「揃える」「飾る」といった個人で完結するものでしたが、SNSの普及により、新たに「(他人に)見せたい」というニーズが加わりました。
このようなガチャガチャとSNSの関係を反映して、近年増えているガチャガチャ専門店の多くは、店内に撮影ブースや撮影スポットを設け、お客が購入商品を使ってその場で撮影を楽しみ、SNSに投稿できるようにしています。そう、ガチャガチャはモノ消費ではなく、まさにコト消費なのです。
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小野尾 勝彦(おのお・かつひこ)
一般社団法人日本ガチャガチャ協会 代表理事/築地ファクトリー 代表取締役
千葉県船橋市出身。日本のガチャガチャ元年である1965年生まれ。大学卒業後、プラスチック原料の商社勤務を経て、1994年ガチャガチャメーカーの株式会社ユージン(現・株式会社タカラトミーアーツ)に入社し、数多くの商品の企画や開発を手がける。2019年に独立し、現在はガチャガチャビジネスのコンサルティングや商品企画などを行う。現在に至るまで約30年間にわたってガチャガチャビジネスに携わり、業界の歴史やビジネス事情に精通した数少ないガチャガチャビジネスの伝道師として、メディア出演やインタビュー、講演など多方面で活躍中。
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(一般社団法人日本ガチャガチャ協会 代表理事/築地ファクトリー 代表取締役 小野尾 勝彦)