「伝統の名前」を捨てた
60年を超す歴史を誇るクルマの祭典「東京モーターショー」が「ジャパンモビリティショー」に衣替えして先週木曜日(10月26日)から東京・有明の東京ビッグサイトで開催されている。前回の東京モーターショーから数えると、今回は4年ぶりの開催だ。
子供の頃からクルマ好きの筆者もじっとしていられず、直前に設けられたプレスデーに取材してきた。
photo by gettyimages
主催者・日本自動車工業会(JAMA)はなぜ、伝統ある「東京モーターショー」の名前を捨てたのか。近未来の移動手段と社会はどう変わるのか。過去最高の457社・団体に及ぶ参加者は何をアピールしているのか。日本のクルマメーカーの将来は明るいのか…。
新聞でもテレビでも報じてられているが、今週の本コラムは、長年のクルマ好きならではの視点も交えてレポートしてみたい。
まずは、主催者が伝統ある「東京モーターショー」の名前を捨てた理由だ。自動車産業はここ数年、クルマの誕生以来、約100年ぶりの変革に直面している。その変化には、Connected(無線によるクルマ同士、もしくは外部との接続)、Automated(運転の自動化)、Shared(所有せず、必要な時だけ借りるシェアリングの増加)、Electric(電動化などの気候変動対策)といった特色があり。4つの英単語の頭文字をとった「CASE」という言葉も流行した。
一方、国際的なモーターショーを襲う世界的な退潮の嵐もあった。かつては日本、米国、ドイツ、フランス、スイスのショーが「世界5大モーターショー」と呼ばれ、日米欧のメーカーが競って参加し、ここぞとばかりに社運を賭けた新型モデルを発表したものだった。ところが、近年は各市場の成長力が落ち、どこのショーも海外からの参加が激減。そろって小規模なローカルショーの色彩が強めていた。
典型例が、北米最大だったデトロイト・モーターショーだ。日欧のメーカーは参加を手控え、かつてはビッグ・スリーと呼ばれたものの、リーマンショック以降はデトロイト・スリーとしか呼ばれなくなったゼネラル・モーターズ(GM)など3社が出展するぐらい。新興電気自動車(EV)メーカーの米テスラ社には見向きもされず、寂しいイベントとなっていた。
事情はドイツやフランスでも似たり寄ったり。例外は、中国の上海モーターショーと北京モーターショーだ。中国経済の台頭をエンジンにしたクルマ市場の成長があり、中国が世界最大のクルマ市場に急成長してきたことが背景だ。
豊田章男の危機感
世界的なモーターショーの退潮の嵐の中で、大手メーカーの自国のショーへの熱意も薄れ、観客動員数の減少を招き、その減少が益々、メーカーの意欲を萎えさせる悪循環にも陥っていた。
東京も例外とは言えなかった。観客動員数は、1991年の201万8500人が過去最多で、最近は2005年の151万2100人をピークに減少が続いた。2017年には77万1200人に落ち込んで存亡の危機に瀕していた。
そうした中で、世界の関係者が驚愕する動きが、前回(2019年)の東京モーターショーにはあった。なんと130万900人を集め、過去の勢いを取り戻したのである。いったい、どうやって、東京モーターショーが復活したのかという関心も集めた。
実はその秘密が、テーマやイベントの位置づけの変更にあった。「OPEN FUTURE」を前面に押し出し、事実上のモビリティショーへの脱皮を始めたのが、「東京モーターショー2019」だったのである。
主催者JAMAの会長として当時、記者会見した豊田章男・トヨタ自動車前社長は、「(これまでのやり方だと)じり貧になる。車に限らずワクワクする未来の生活を見せたい」と意気込みを語っていた。
この結果、NTT、パナソニック、NEC、富士通など約60の企業・団体の最新技術が集結、90を超えるコンテンツが披露され、来場者が未来を疑似体験できるようになった。
前回の成功体験を踏まえて、満を持して、イベント名を変えたのが今回のジャパンモビリティショーだ。
参加社数も、前回の192社・団体を大きく上回り、過去最高の475社・団体が名前を連ねた。もはや、参加者は自動車業界だけでない。他産業やスタートアップが幅広く参加し、イベントの性格が大きく変わったのだ。
目玉のひとつとなっているのは、主催者JAMA提供のプログラムだ。モビリティを中心に、近未来の東京を体験できる「東京フューチャーツアー」である。会場の入り口を入ると、巨大な“イマーシブ・シアター”があり、そこで約5分の動画をみて、未来の東京のモビリティライフのイメージを大掴みした後、さらにLIFE、EMERGENCY、PLAY、FOODという4テーマごとに
近未来に親しんで貰おうという内容になっている。
様々なメーカーはそこかしこに、ちょっとした移動向きの自慢のパーソナル・モビリティの製品を展示していた。移動手段なら空の移動もありで、飛行機や空飛ぶクルマを展示する会社もあった。EV市場の成長を見込んで、これから参入したいというベンチャー企業や規模の小さい企業がブースを出し、ユニークな展示をするケースの多さにも驚かされた。
2019年創業企業の電動バイクの展示
ひとつだけ取りあげると、2019年創業で、東京・赤坂に本社を置く「aidea(アイディア)」は、内外の大手自動車メーカーが居並ぶ東展示棟で、トヨタの高級車ブランド・レクサスの裏手に陣取り、ビジネス用の5種類の3輪電動バイクを展示、その経済性を訴えていた。中には、雨や風の中で快適そうな風防の付いたモデルや、大きな荷台が固定式のものや可動式のモデルがあった。販売価格は50万円強から100万円前後で、すでに電動バイクの時代が広がりつつあることが実感できた。
aideaの展示 photo by gettyimages
また、筆者は現物を見ていないが、2021年創業で江戸川区に本社を置くツバメインダストリは、ユニークな企業がひしめく南展示棟の4階に、ガンダムのように巨大で人間が搭乗できる「THE ARCHAX)」というロボットを出品、メディアの話題をさらっていた。
空のモビリティでは、ホンダがホンダジェットのモックを展示、機内取材にはメディアの行列ができていた。電動で、垂直に離着陸する「Honda eVTOLの縮小モデル」も登場。2030年以降の市場投入が目標という。
筆者撮影
やはり航空宇宙産業も手掛けるクルマメーカー、スバルもエアモビリティ・コンセプト、つまり、空飛ぶクルマをブースの目玉に据えてメディアの関心を集めていた。
次に、日本の大手メーカーのクルマだ。
トヨタは、プレスデー(10月25日)の朝イチで参加社のトップを切って、佐藤恒治社長がプレスブリーフィングに臨んだ。プレゼン上手で知られた前社長(豊田章夫氏)に負けず劣らず、身振り手振りを交え、にこやかに語りかける姿が印象的だった。
プレゼンをしたステージには、SUV(多目的スポーツ車)と、車高の低いスポーツ車、そして、箱型のEV「KAYOIBAKO(カヨイバコ)」と、3台のコンセプト・カーが勢揃い。KAYOIBAKOは座席が運転席しかなく、これによって車内を広く使えるのが特色で、用途に応じて内装を変えて物流や移動販売、ランチトラックなど幅広く利用できるのが売りだと強調していた。
佐藤社長がプレゼンする「KAYOBAKO」 photo by gettyiamages
佐藤社長はプレゼンを通じて、「クルマ屋らしいバッテリーEVをつくる」「今までにない低重心と広い空間を両立する」「お客様の多様化に応えていく」などと戦略を明かした。確かに、ガソリン車時代を通じて長年、世界一を競ってきたトヨタはこれからの時代も多様なニーズに応えないと、そのシェアを維持することが難しいのだろう。
ただ、すでにEVの高波は押し寄せている。その意味では、後述の中国メーカーと違い、トヨタのプレゼンは将来に重心が偏っていた。トヨタの目玉として、佐藤社長はレクサスブランドの「LF-ZC」への期待も強調した。このスポーツカー・タイプは、現行EVの「bZ4X」に比べて1.6倍の航続距離1000kmを目指すという。だが、発売は3年後の2026年という話だった。現在、市場に投入しているEVについて、もっと魅力を強調する場面が欲しいと、筆者は感じないではいられなかった。
ホンダや日産の印象
似たような印象は、ホンダや日産にもあった。
ホンダの三部敏宏社長がプレゼンで最初に言及したのは、6人乗りの自動運転車「クルーズオリジン」だ。この車両を使って、米ゼネラル・モータースと2026年初頭から自動運転タクシーサービスを開始するというのである。もちろん、自動運転は画期的で高く評価する。が、これもレクサスと同様に3年後の計画だった。
ホンダは、2020年代半ばに発売するハイブリッド車のコンセプト・カーも展示した。ガソリン車として1978年に発売。一世を風靡した人気車種「プレリュード」を復活させるというのである。筆者はこれまでにクルマを8台所有し、うち3台がホンダ車だ。プレリュードの魅力もわかる。が、2020年代半ばに発売する戦略車がハイブリッド車というのはいかがだろうか。足もとのBEV(バッテリー電気自動車)を巡る中国勢などとの闘いは万全なのだろうか。
ホンダが発表した「プレリュード コンセプト」 photo by gettyimages
日産は、スーパーカー型EVのコンセプト・カー「ハイパーフォース」を
公開した。全固体電池採用で、「モータースポーツ愛好家にはぴったりの1台」になるという。このほかにも4台のEVコンセプト・カーを投入した。しかし、日産と言えば、2010年に戦略的EV(リーフ)を投入した実績があるのに、その強みを売り込む姿勢は感じられなかった。
日産の「ハイパーフォース」 photo by gettyimages
日本の3大メーカーのコンセプカ―はいずれもスタイリッシュで、装備も充実しており、ワクワクする魅力を備えていた。が、すでに始まっているBEVの闘いには間に合わない。筆者は、2019年4月に上海モーターショーを取材した時から、日本メーカーのBEVでの出遅れに危機感を抱いてきたが、今回も払しょくできなかった。
一方、外国勢は、世界のモーターショーのローカルイベント化に逆行するかのように、3社が参加した。
ドイツ勢では、メルセデスがやや大型のオフロード車Gクラスの電動化モデルのコンセプト・カーを、BMWがSUVのiX2 / X2の電動化モデルを世界で初めて公開した。相変わらずドイツ車は、高級車として日本で人気が高いので、相応の戦略車を投入したと評価して良いのだろう。
中国の大手BYDは、東京モーターショー時代を含めて、中国の自動車メーカーがジャパンモビリティショーに参加するのは、今回が初めてという。そして、展示した5種類のすべてがBEVだった。列挙すると、日本に今年1月から第1弾で投入した中型SUV「ATTO 3」、9月に発売したコンパクトEV「DOLPHIN」。そして、数カ月以内に投入予定のスポーツセダン「SEAL」。あと、ラグジュアリーカー「U8」と、メルセデス・ベンツと合弁で開発したプレミアムミニバン「D9」だ。
BTDの「ATTO3」 photo by gettyimages
BYDの展示には、今、日本で販売している車種を訪れた人にその場で売り込もうという迫力に満ちていた。筆者は実物を見た第一印象として、今乗っているハイブリッド車と比べて、意外にBYDの車室やトランクが広いなというものだった。
トランクのシートをめくってのぞき込んでいると、女性の担当者が何か質問はないかと声をかけてきたので、トランクが意外に広い理由を問うと、他の外車ディラーで販売経験があるという男性担当者にすかさず交代し、「板状の高性能バッテリーがミソだ」と説明。購入意欲はないかと迫ってきたのである。正直言って、経済ジャーナリストとしては日本メーカーに頑張ってほしいので、この迫力にやや悔しい思いを抱いてしまった。
痛感した「栄枯盛衰」
実は取材の翌日、25年来のジャーナリスト仲間と話す機会があり、彼もBYDのブースで「意外と良く、衝撃を受けた。お陰で、お目当てにしていた日本車のブースを
見る時間をなくした」と打ち明けてくれた。グズグズしていると、中国だけでなく、日本の市場まで中国メーカーに席巻されかねないという焦りを共有したのである。日本メーカーは、数少ない大口の輸出の担い手なので、第3世代(3G)の頃は世界最先端を走っていた携帯・スマホ業界の二の舞は避けてほしい。
最後に付言したいのは、昭和生まれのガソリン車好きが感じた栄枯盛衰だ。
今回のジャパンモビリティショーには、フォーミラワンで年間チャンピオンになったレッドブル・ホンダや、世界ラリー選手権で年間チャンピオンに輝いたトヨタ・ヤリスに加えて、あの佐藤琢磨選手が乗ったインデイのマシンなど、日本勢が世界の最高峰のレースやラリーで大活躍しているマシンが展示されていた。筆者のような子供の頃からの古いタイプのクルマ好きには、堪えられない嬉しい話だ。
世界ラリー選手権で年間チャンピオンに輝いたトヨタ・ヤリス/筆者撮影
ただ、それらの展示場所が、東展示棟の第7ホールという、会場のイチバン端っこで、展示方法も地味だったことが不思議だった。取材したところ、エンジンをかけて音を来場客に聞かせたいなど、様々なアイデアがあったようだが、消防法の規定などに阻まれて、今回のような地味な展示に落ち着いたらしい。
が、そうした展示で間に合わせてしまう点に、やはり寂しさを感じずにはいられなかった。ガソリン車の時代が終わろうとしているんだなと痛感させられたのだ。
とはいえ、ジャパンモビリティショーは、東京・有明の「東京ビッグサイト」で、11月5日(日曜日)までの開催だ。当日券は3000円だが、高校生以下は無料(小学生は保護者の同伴が必要)となっている。前売り券やアーリーエントリー券、アフター4券などの割引あるので、詳細はイベントのホームページを参照してほしい。
秋の行楽シーズンにこれといった計画のない人などには、持って来いの一見の価値のあるイベントである。特に、一般の方やお子さんに、乗り物や暮らしの未来を知り、将来への夢を膨らませて貰うには格好の機会と感じた次第だ。