誰もが簡単に偽の動画や画像を作り出せるという生成AI(人工知能)の「負の側面」が、露わになったと言えよう。政府は偽動画がもたらす悪影響を軽視してはならない。
岸田首相が、オンラインの記者会見であたかも国民に語りかけているような偽動画がSNS上に出回った。大阪府の20代の男性が取材に対し、生成AIで作成した偽物だと認めた。
男性は偽動画の作成理由について、「風刺のようなもの」と釈明しているが、その内容次第では社会を混乱に陥れかねず、悪質と言わざるを得ない。
偽動画は、実際にあった首相のオンライン記者会見を加工したもので、日本テレビのニュース番組の映像を無断で使用していた。より本物らしく見せる細工として、番組のロゴや、生放送を示す「LIVE」の文字まであった。
映像は本物の首相だが、音声はAIが作成していた。広くネット上に公開されている首相の演説や記者会見の音声を学習し、男性の話した偽の内容を、首相そっくりの声に変換したという。
首相の「発言」は卑猥な内容のため、真に受けた人は少ないかもしれないが、視聴回数は数百万回に上った。「一体これは何なのだ」と困惑した人もいただろう。
AIの悪用例は、これにとどまらない。愛知県の大学生の男が、大学陸上部に所属する20代の女性選手の顔写真と、別人の裸を合成した偽画像などをSNSに投稿した。警視庁が、刑法の名誉毀損容疑で男を書類送検した。
男は警察の調べに対して「欲求を満たしたかった」と話しているが、名誉毀損罪で有罪が確定すれば、3年以下の懲役か禁錮または50万円以下の罰金となり、重い代償を払うことになりそうだ。
ただ、AIで偽情報を作成しても、名誉の毀損や、企業に損害を与えるなどの実害が生じなければ、罪に問われない。
社会に混乱を広げないためには、偽情報の氾濫を防ぐことが欠かせない。偽情報の作成そのものの法規制は重要な検討課題だ。
生成AIが悪用される背景には、2018年の著作権法改正で、権利者の許可なくAIに著作物を学習させることを原則として認めてしまったことがある。
諸外国に比べてAIに関する緩い規制が、著作物である記事やニュース番組をAIで加工することへの抵抗感を薄めているのだろう。政府は、著作権法の再改正を急ぐ必要がある。