「ゆで太郎」の“弟分”「もつ次郎」が、急成長しているワケ

「兄よりも優れた弟なぞ存在しねぇ!」というのは、人気マンガ『北斗の拳』に登場するジャギの有名なセリフだが、令和日本の外食業界では「兄よりも優れた弟」が注目を集めている。

 「ゆで太郎」の“弟”ともいえる「もつ次郎」のことだ。

 サラリーマンの味方である立ち食いそばチェーン「江戸切りそば ゆで太郎」は、1994年に1号店ができてから関東を中心に着々と店舗を増やして、2018年にチェーンが200店舗を達成。最後発ながら今や「名代 富士そば」「小諸そば」と肩を並べる3大立ち食いそばチェーンの一角に数えられる。

  さまざまなメディアに「急成長」とうたわれることの多い「ゆで太郎」だが、実はそれをはるかに上回るペースで急成長しているのが弟の「もつ次郎」だ。

 新業態「もつ次郎」の看板メニューは「もつ煮」や「もつ炒め」(いずれも520円)で、20年2月にスタートした。アジフライや唐揚げなどが入った「合い盛り もつセット定食」(1300円)、アルコールとセットにした「もつ呑みセット」(760円)なども提供している。「ゆで太郎」のFC展開を目的に設立されたゆで太郎システムの池田智昭社長は当時、この新業態について、こんな風に語っている。

 『これは私が食べたいから出したんです。もつ煮は北関東のソウルフードで、群馬には名店と呼ばれる店が何軒かあります。レシピを教えてくれないかと頼んでも絶対に教えてくれないので、自分でこつこつ食べながら開発していきました。(中略)もつうどんやもつ炒め定食、もつ屋の回鍋肉も新規メニューとして投入し、大いに期待しているところです。始めたばかりの試行錯誤ですが。まぁ、増えなかったらだめだったんだなと思ってください。(笑)』(日経クロストレンド 20年04月17日)

 しかし、そんな池田社長の謙遜と裏腹に「もつ次郎」は順調に増えて22年6月には65店舗。先ほど公式Webサイトを調べらたら、なんと148店舗になっていた。11月23日には、埼玉の羽生市でも新たにオープンする。

 「ゆで太郎」のFC1号店ができたのは05年8月、そこから150店舗を達成したのは14年12月ということを踏まえると、「もつ次郎」は脅威のハイスピードで出店している。

●「もつ次郎」が急増している背景

 では、なぜこんなにも「もつ次郎」は急激に増えているのかというと、理由は簡単で「併設店」だからだ。

 実は「もつ次郎」は、従来の「ゆで太郎」の店舗の中にオープンしている。調理をしている人も同じだし、食べるスペースも同じだし、券売機も同じだ。トップ画面で「ゆで太郎」か「もつ次郎」を選択するだけだ。

つまり、弟の「もつ次郎」が脅威のハイペースで拡大できているのは、兄の「ゆで太郎」内に間借りをさせてもらうというスタイルだからなのだ。

 そう聞くと「なんだよ、新業態とかいうけれど単にゆで太郎の中に“もつ煮コーナー”をつくっただけじゃんか」と冷笑する人も多いだろう。ただ、筆者はそんなにバカにできたものではないと考えている。

 「ゆで太郎」に「もつ次郎」を併設していくことは、互いの弱点を補い合いながら高いシナジー効果が期待できる。人口減少で競争が激化している立ち食いそば業界で生き残っていくための、理想的な成長戦略なのだ。大きなポイントは以下の3つだ。

(1)「ゆで太郎」にない「ちょい呑み需要」を取り込める

(2)拡大路線を避けながら現場のモチベーションを上げられる

(3)外国人観光客に「日本の伝統的ソウルフード」を訴求できる

●「ちょい呑み需要」を取り込む

 (1)の「『ゆで太郎』にない『ちょい呑み需要』を取り込める」に関しては、詳しい説明はいらないだろう。今の時代、外食チェーンはただ食事を提供するだけでではなく、さまざまな付加価値を提供しなくてはいけない。その代表が「ちょい呑み」だ。

 つまり、安くておいしい食事を提供するだけではなく、仕事帰りのサラリーマンや、学生が気軽に立ち寄って酒とつまみで楽しい時間を過ごせるようにした店が成長していくのだ。

 その分かりやすい例が「日高屋」と「幸楽苑」だ。これまで互いに安くてうまいラーメンを提供することでしのぎを削ってきたライバルだが、駅近店舗の多い日高屋は近年「ちょい呑み需要」を取り込んで順調に成長している。一方、「幸楽苑」はロードサイド型店舗が多いということもあって、なかなか「ちょい呑み客」を囲い込むことができず、苦戦している。

 これを踏まえて「ゆで太郎」を見ていこう。基本的にそば屋なので、さっとかき込んで去っていく客が圧倒的に多い。アルコールを提供する店舗もあるが、ガッツリと酒の肴(さかな)になりそうなものは少ない。つまり、「ちょい呑み需要」を取り込みにくい業態なのだ。

 しかし、同じスペースに「もつ次郎」が併設されることで、この弱点が克服される。もつ煮、もつ炒め、アジフライ、唐揚げなどがあるので十分にちょい呑みができるのだ。しかも、「ゆで太郎」にとっても新客獲得などのシナジー効果がある。

 筆者は都内の「ゆで太郎」「もつ次郎」併設店によく行くのだが、そこでは最初に「もつ次郎」のもつ煮や唐揚げでちょい呑みをしてから、シメで「ゆで太郎」でもりそばを食べるという人をちょいちょい見かける。もともと「町のそば屋」には、酒と肴を楽しんでシメでそばを食べる客が多い。が、「ゆで太郎」は立ち食いイメージが強いので、「そばを食べるだけの店」だった。それが「もつ次郎」が併設されたことで、本来の「町のそば屋」に近づいたというわけだ。

●外食チェーンがつまづくのは拡大路線

 (2)の「拡大路線を避けながら現場のモチベーションを上げられる」は、説明が必要だろう。実は外食チェーンがつまづく最大の理由は拡大路線だ。少子高齢化で毎年、鳥取県と同じ人口が減っていくこの国で、外食チェーンが年々店舗を拡大できるわけなどない。

 しかし、一方で成長している外食チェーンは、事業を拡大していかなければいけない部分もある。そのあたりのジレンマを、ゆで太郎システムの池田社長は過去こう述べている。

 『飲食で上場すると必ずブチ上げるでしょ。年間100とか200店増とかって。必ずおかしくなる。お金はあるけど、人がついていけなくなるでしょう。そんな簡単ではないですよ。だいたい儲からないんだからね(笑)。「飲食って儲かりますか」という人には、「儲からないよ」って伝えますね。(中略)

 1店舗増えたら店長を1人増やさないといけないわけですが、そこが粗製濫造的になりがち。でも店舗数が増えていかないと従業員は面白くないし、チャンスを与えればやる人もいる。そこはなかなか難しいところだと思います』(東洋経済オンライン 19年9月6日)

 つまり、外食チェーンにとってある程度の規模以上の拡大路線はかなりリスキーだが、従業員のモチベーション向上や、店長や管理職ポスト新設のため、致し方なく店を増やしている部分もあるというのだ。

 このような池田社長の経営者としての考えを理解すると、「もつ次郎」が急激に増えていることが何を意味するのか見えてこないか。

 そば屋の「ゆで太郎」がもつ煮定食などを始めて、ちょい呑み需要を取り込むのは新しいチャレンジなので、従業員たちにとってもいい目標になる。当然、新しい人材も加わるので組織も活性化される。

 ただ、これらを実現するために、新店舗をつくって展開するのはかなりリスキーだ。立地を選んで賃料を払って、内装工事などをするのでカネがかかる。また、新しい店で働く人材を獲得しなければいけないことに加えて、教育や研修もしていかなければいけない。そこまで大きな投資を全国各地で展開をすれば、赤字にならないように数字を追い求めるあまり「粗製濫造的」になってしまう恐れもある。

 しかし、「併設型」ならばそのリスクはだいぶ軽減する。

●外食が陥りやすい「拡大路線のワナ」を回避

 これまで「ゆで太郎」が培ってきたインフラにそのまま便乗する形なので、初期投資は少なくて済む。もちろん、1つの店舗・厨房で2つの業態をまわすわけだから当然、従業員も増やさなくてはいけないし、新たな調理方法などの教育・研修は必要だが、新規出店よりカネもヒトもかなり少なくて済む。

つまり、「もつ次郎」は、外食が陥りやすい「拡大路線のワナ」を回避しながら、ちょい呑み需要を取り込み、従業員のモチベーションまで上げてしまおうという極めて効率的なブランド展開なのだ。これは店舗の数を増やすのではなく、「店舗当たりの稼ぐ力」を向上させていく、という人口減少ニッポンにマッチした理想的な外食の戦い方だ。

 ただ、筆者は「もつ次郎」のポテンシャルはこれだけではないと考えている。それが、(3)の「外国人観光客に『日本の伝統的ソウルフード』を訴求できる」だ。

 実は今、「もつ次郎」の店内にはあるポスターが貼られている。そこにはもつ煮を白飯にかけている写真とともに「ごはんにぶっかけちゃって!」という文字がでかでかと記され、こんな説明がある。

 「本場上州のもつ煮定食は最後にもつ煮の煮汁をごはんにかけて食します。最後までもつ煮定食をお楽しみください」

 筆者もこのポスターに言われるまま、もつ煮定食やもつ炒め定食を頼むと、必ずご飯の上にぶっかけて食べている。まわりを見ると、そういう客も少なくない。つまり、「もつ煮丼」にしているのだ。

 今のまま順調に「もつ次郎」が増えていく中で、この「もつ煮丼」は近い将来、看板メニューになっていく可能性が高い。ご存じの方も多いだろうが、実は「もつ煮丼」は全国各地で楽しまれている。群馬などの北関東はもちろん、関西や九州などでも「もつ煮丼」が名物という有名店があるのだ。

 「もつ次郎」にリピーターがついて、さらなる成長を目指していこうと考えたとき、全国で実績のあるこの「もつ煮丼」を利用しない手はない。では、どうやって「もつ煮丼」という新しいジャンルを「牛丼」のように幅広く訴求していくか。

 そこで考えられるのが「日本の伝統的なソウルフード」である。

●「どん三郎」のスペースができる日

 メディア『URBAN LIFE METRO(アーバンライフメトロ)』による『『美味しんぼ』でシェフが脱帽した「モツ煮込み」、実は150年以上の歴史を持つ東京の伝統料理だった』という記事を引用しよう。

 『1886(明治19)年に初演を迎えた歌舞伎の演目「初霞空住吉(はつがすみそらもすみよし)」においては、貧乏な登場人物が“牛の煮込で丼飯か”と言います。煮込みは庶民のご飯の友ともなっていたのです。

 やがて煮込みは、丼飯の上にかけるようになり、屋台などで丼物として提供されるようになります。煮込みをかけた丼物は「かけ」「ぶっかけ」「牛めし」と呼ばれていました。本郷に牛めし元祖を名乗る店がありました。1897(明治30)年頃、野口英世が通っていたその店においても、丼飯の上にかける肉は内臓肉の煮込みでした』(アーバンライフメトロ 23年3月9日)

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