「日本、大丈夫か?」コロナ禍で消えた“おもてなし”に台湾人観光客が心配の声

コロナ前の水準まで回復しつつあるインバウンド需要。日本政府観光局(JNTO)が10月18日に発表した2023年9月の訪日客数は218万4300人で、2019年同月の96.1%まで戻し、国・地域別で見れば、韓国に次いで多い台湾からの訪日客は38.5万人とコロナ前を初めて上回った。ただし、観光業界は需要の急回復への対応が間に合わず、日本の「おもてなし」に期待してきた訪日客のニーズに応じられないケースが増えているという。台湾人訪日客のツアーに添乗員として付き添う筆者が、アフターコロナで感じたインバウンドの課題を綴る。

台湾人の4.8人に1人が訪日する時代

台湾人のデスティネーション(旅行目的地)として絶大な人気を誇る日本。日本政府観光局の統計によると、コロナ前の2019年に日本を訪れた台湾人の数は約489万人。同年の台湾の人口は約2,360万人だから、単純計算で台湾人の4.8人に1人が日本に足を運んだことになる。

かつて台湾人の海外渡航先といえば香港がダントツだった。それが2004年にようやく日本への渡航者が100万人を超え、2005年9月に日本政府が90日以内の短期滞在を目的に日本に入国する台湾の居住者に対してビザ免除の措置を開始。徐々に増えていた訪日客は、オープンスカイ(航空自由化)協定締結による航空路線の増大や格安航空会社(LCC)の参入も後押しとなり、2013年に200万人を突破した。

これ以降、訪日台湾人の数は右肩上がりとなる。東日本大震災で台湾から200億円を越える義援金が寄せられたことで「台湾=親日国」というイメージが定着し、日台の交流がますます盛んになったことも少なからず影響しているだろう。今では台湾の出国者の約3割がデスティネーションとして日本を選ぶようになり、かつての香港、中国を抜いてダントツ1位となった。

新型コロナ感染症の流行で事実上、日本と台湾の往来が困難になり、訪日台湾人も月間で数百人にまで落ち込んだが、水際対策の緩和で徐々に回復。今年9月には38.5万人と2019年同月の37.6万人より2.4%増え、ついにコロナ前の水準を上回った。

「日本、大丈夫か?」と心配の声も

このように一見、台湾からのインバウンドは数字的に好調に見えるが、台湾人のガイド仲間や日本を頻繁に訪れている知り合いのブロガーらからは「日本、大丈夫か?」と心配の声も上がっている。彼らが異口同音に指摘するのが、日本のホテルやレストランの「サービス」や「おもてなし」の質の低下だ。中には「(日本に対する)台湾人の片思いじゃないのか?」と不安を抱く人もいる。

結論から先に言うと、質の低下を招いている要因は三つの「不足」が大きなウェイトを占めていると推測される。それは「人材不足」「教育不足」、そして「認識不足」だ。コロナ禍で退職した人、解雇された人たちの多くが元の職場に戻ってきておらず、新たな人材も確保できずにいるところは少なくない。ベテランスタッフが消え、新人スタッフの教育もままならず、それが原因でコロナ前とのサービスの違いに違和感を覚える台湾人の旅行者もいる。

具体的には、コロナ前にはあまり聞かれなかった「電話に誰も出ない」「メールやファックスの返事がない」「内部で情報共有ができていない」などのトラブルの増加が顕著だという。人手不足、教育不足が原因の一因だと思われるが、中には「日本人に無視された」と思い込んでしまう台湾人もいるので、できるかぎりこういう状況は改善してほしい。

あるホテルのマネージャーは「今年に入ってフロントのスタッフが5人も辞めたので、レストランのスタッフにフロントも掛け持ちしてもらっている」とぼやいていた。人手不足でスタッフの負担が増し、それに耐えられず辞める者も出て、さらに人手不足が深刻になるという負のスパイラルに陥っているようだ。x

コロナ前は対応してもらえたのに

台湾と日本は距離的に近く、文化や習慣で似ている部分もあるが、食文化ひとつを取ってみても様々な違いがある。例えば、台湾には至るところにベジタリアン向けの飲食店があり、ある統計によると、台湾人の約15%にあたる約320万人がベジタリアンだという。

コロナ前は、台湾人がよく利用する日本のホテルやレストランがベジタリアン向けの特別メニューを用意してくれることもあった。だが、現在は人手不足などが原因で、手間のかかるベジタリアンメニューの対応ができないところが増えている。それが原因で日本への旅行を諦めた人もいると聞く。

ベジタリアンに限らなくても、台湾の飲食店では限度こそあれ、お客様のニーズに合わせて食べ物や飲み物をカスタマイズすることが当たり前だ。コロナ前にはそれに倣い、できる限り台湾人のニーズに応えようとするホテルやレストランもあったのだが、今では日本人と同じ対応で精一杯。「コロナ前には対応してもらえたのに……」と嘆く台湾人もいる。

コロナ前に泊まった宿泊施設で良い思い出ができたので、今年再び訪れたら、「自分の名前が白い紙に書かれて客室の入口に貼られていて驚いた」という台湾人もいた。台湾で白い紙に名前を書くのは葬儀を連想するため気にする人もいる。そういう台湾人のタブーが「認識」されていた頃はきちんと色つきの紙に書かれていたそうだが、スタッフが変わったのか、それを知らなかったのだろう。

言葉が通じずにイライラし罵倒

私自身、添乗員として外国人と日々接しているからこそ、日本のマナーや常識を知らない外国人客に毎日同じ案内や注意を繰り返し伝えるのは骨の折れる仕事だというのはよくわかる。ましてや言葉がうまく通じないこともあり、イライラしてしまうのもムリはない。コロナ前にはそれでも根気よく丁寧に伝えようとするスタッフが多かったのだが、今は外国人客を罵倒している姿をよく見かけるようになってしまった。

言葉が通じないなら通じないなりにやり方はあるはずだ。外国語の案内板を作ったり、外国語で注意事項をまとめたものを配布したりすれば、ある程度の労力は軽減できるはずだし、翻訳機や翻訳アプリを活用することもできるだろう。実際にタブレットの翻訳アプリを使って外国人客とコミュニケーションを図る店舗も増えている。

例えば、訪日客のツアーで訪れた抹茶体験ができるあるお茶屋では、音声翻訳アプリを使って抹茶を点てる手順を中国語で説明していた。微妙に中国語がズレることもあるが、それはそれでご愛敬として受け止められ、なんとか意思疎通しようとする「一生懸命さ」に日本の「おもてなし」を実感する人もいたし、TBS系ドラマ「VIVANT」が台湾でも放送され始めた時期だったから、スマホの翻訳アプリを使って会話する姿が「(登場人物の)ドラムみたいでかわいい」と好感度を示す人もいた。そうやってちょっとした工夫をしてみれば、「言葉の壁」を打ち破れるだけでなく、お客様にも喜んでいただけるのだ。

吉岡桃太郎 作家、講師、日本ツアー添乗員、日台観光ガイド、台湾観光署日文顧問、観光雑誌記者、声優など多数の顔を持つ。

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