- 電気自動車(EV)を購買する意欲の低下が指摘されている。
- フォードとGMは、野心的なEVプロジェクトへの支出を削減している。
- しかし、EVへの乗り換えを遅らせている最大の要因の一つは、EV技術そのものではなく、価格が手ごろでないことだ。
最近は、電気自動車(EV)の需要が鈍化していることが話題だ。とりわけ以前から懐疑的だった人々にとって、こうした「鈍化」は、EVの技術面での欠陥を示す手厳しい現象として見えることだろう。
しかしEVは、需要に問題を抱えているのではない。問題は、購入しやすい価格を提供できていないことだ。
調査によると、EVへの乗り換えに関心を持つ人は多く、その意欲は熱烈ですらある。しかし、EVの新車購入に平均5万ドル(約750万円)以上かかるとなると、熱意だけではどうにもならない。EV革命への参加に出費を惜しまないアーリーアダプターの数が減っていくなかで、価格の手ごろさはますます重要性を増している。
調査会社ガイドハウス・インサイツ(Guidehouse Insights)のEV業界アナリスト、マイク・オースティン(Mike Austin)はInsiderに対して、市場は熱狂的なアーリーアダプターとメインストリーム顧客との間に存在する、普及曲線の「谷」に突入していると指摘する。
「製品が本格的に普及する前には、一種の空白状態が生じる」とオースティンは言う。「車に6万ドル(約900万円)余りを費やして惜しくない人、あるいは、無理をしてでも手に入れたいという人が足りなくなりつつある」
同様に、EV購買層には最近変化がみられるとディーラーも指摘している。EV推進を信奉する熱狂的ファンから、EV、ハイブリッド、ガソリン車のどれにしようかと考える一般顧客へと移り変わっているのだ。ディーラーによると、一般顧客の多くは、完全なEVに移行するための高価な初期費用を支払うことはなかなかできないという。
無理もない話だ。新興技術に賭けてもいいと考える人の数は限られる。その特権を得るために高価な出費も厭わないという人はさらに少ない。しかし現時点では、それしか選択肢がないのだ。
自動車メーカー各社が、EV投資にブレーキをかけている
EVの未来に最も強気だった自動車メーカーの一部も、その姿勢と戦略を急激に転換している。
フォード(Ford)は、バッテリー工場を含む120億ドル(約1兆8000億円)のEV投資計画を延期すると明らかにした。ゼネラルモーターズ(GM:General Motors)も、2024年半ばまでにEVを40万台生産するという目標を撤回。転換した工場で、GMCとシボレー(Chevrolet)ブランドの電動トラックを生産開始する計画を延期した。
両社とも、EV需要の伸びが予想以上に鈍いことを理由に挙げている。
EV需要に減速の兆しがあるのは事実だ。近年、米国のEV販売は爆発的に伸びており、13四半期連続で増加してきたが、その伸び率は漸減している。そのためディーラーの一部には、EV販売に関する割り当てを拒む動きが出てきており、自動車メーカーは、販売台数を維持するためにインセンティブを積み増しせざるを得なくなっている。
手ごろな価格のEVがないという問題
忘れてはならないのは、EVセグメントは「生まれつつある市場」であり、選択肢は少なく、ほとんどが高価格帯に偏っていることだ。アメリカで販売されているバッテリー駆動モデルの大半は、アウディ(Audi)、ポルシェ(Porsche)、メルセデス・ベンツ(Mercedes-Benz)といった高級車ブランドが手がけている。
一方、主流ブランドのEVはガソリン車ほど手ごろではない。フォードのSUV「マスタング・マッハE(Mustang Mach-E)」の場合、中程度のオプションを付けた場合で最低5万ドル(約750万円)かかる。大容量のバッテリーパック(欲しい人は多いだろう)を搭載した電動ピックアップトラック「F-150ライトニング(F-150 Lightning)」は7万ドル(約1050万円)する。
トヨタ唯一のEVモデルであるSUV「bZ4X」の価格は4万2000ドル(約630万円。日本でのbZ4X販売価格は550万円から)。これは、信頼感のある同社のSUV「RAV4」と比べて1万4000ドル(約210万円)ほど高い。
おまけに、バラエティも乏しい。たとえば、主流ブランドからは、フルサイズ3列シートの電動SUVが1台も発売されていない。
フォードの「F-150ライトニング」は、決して安くない。航続距離の長い大容量バッテリーを望めば、さらに値が張る。© BUSINESS INSIDER JAPAN 提供
自動車メーカーが、新たな生産ライン拡大や新製品開発に莫大なコストをかけるなかで、アメリカの消費者には4万ドル(約600万円)以下のEVの選択肢はほとんどなく、純粋に手ごろな価格と思えるものはさらに少ない。
ここ1年にわたるテスラ(Tesla)の積極的な値下げが奏功しているとはいえ、9月のEVの平均購入価格は5万683ドル(約760万円)と、ほとんどの消費者には手の届かない水準にとどまっている(米自動車価格情報サイト「ケリー・ブルー・ブック(Kelley Blue Book)」調べ)。
その上、金利が高騰しているため、月々のローン返済額は泣きたいほどに膨れ上がっている。要するに、買いたい車を買えない、あるいは手が届く範囲に買いたい車がない、という人々からのEV需要は大きい可能性があるのだ。
実際、潜在的な自動車購入者を対象とした調査によると、アメリカ人の約4分の1が、次の車としてEVを購入する可能性が非常に高いと回答しているものの、手ごろな価格でないことが依然として大きな障壁となっている。
フォードもそのことを認めている。「EV購入に関心のある北米の顧客の多くが、ガソリン車やハイブリッド車より割高な出費を嫌っている」と同社は述べている。
2024年にアメリカで発売される「ボルボEX30」は、約3万5000ドルから(約525万円)と、価格重視のEV購入希望者にとっては希望の光だ。© BUSINESS INSIDER JAPAN 提供
それでも、安価な選択肢の提供が急がれている気配はない。GMとホンダは先ごろ、低価格EVを共同開発する50億ドル(約7500億円)規模の計画を中止した。需要問題に対するフォードの解決策は、F-150ライトニングの7万ドルのモデルを新たに発表することだった。テスラは、より安価に組み立てられる次世代車を生産するメキシコの新工場について、立ち上げ予定を遅らせている。
中古EV市場を追跡し、バッテリーの健全性リポートを提供するリカレント(Recurrent)のリサーチャー、リズ・ナジマン(Liz Najman)は、Insiderに寄せた電子メールでこう述べた。
「メーカー各社は、需要不足を嘆くと同時に、低価格EV計画を中止または延期することで、実質的に、予言が自己成就する状況となっている」
ただし、明るい材料もいくつかある。
GMは2023年、経済的で人気の高い「シボレー・ボルト(Chevy Bolt)」の生産を終了する計画を発表していたが、その後、新バージョンの開発を進めている。
また、起亜(Kia)とジェネシス(Genesis)のブランドを持つ韓国のヒョンデ(Hyundai)は、今後のEV発売を遅らせる予定はないと述べている。
一方、中国・ジーリーホールディンググループ(浙江吉利控股集団)傘下のボルボ・カー・コーポレーション(Volvo Car Corporation、通称ボルボ・カーズ)は、2024年にアメリカで発売が予定されている3万5000ドル(約525万円)の小型SUV「ボルボEX30(Volvo EX30)」の生産を拡大する計画を明らかにしている。