かつてあたり前だった結婚も、いまや若者には「重荷」でしかない。2040年、人口の半分が独身者になり、そのほとんどを高齢者が占める―「大独身時代」を迎える日本を襲う、悲劇の連鎖とは。
「婚姻件数」は50年間で半分に
団塊の世代が20代なかばだった’70年代、結婚はあたり前だった。
ちょうどこの頃は結婚式が産業として絶頂を迎えた時期。ホテルでの挙式が大流行し、日本中どこでもウェディングドレスを着てケーキを切る同じような式が行われるようになったことを「トコロテン方式」と揶揄する人たちも多くいた。
テレビをつければ、結婚式場のCMが絶え間なく流れ、純白のドレスに身を包んだ花嫁、マイホームではしゃぐ子ども、自家用車に乗って旅行に出かける家族の姿が繰り返し映る。
婚姻件数が過去最高を記録した’72年、夫婦の数は約110万組に達した。男性は所帯を持って初めて一人前と認められた。結婚すれば子どもをもうけるのがあたり前で、「お家断絶」などもっての外だ。
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女性の多くは高学歴、高身長、高収入のいわゆる「三高」の男性との結婚に憧れ、「寿退社」をすることがステータスだった。反対に25歳を過ぎても結婚できていないと、「行き遅れ」「賞味期限切れ」などと腫れ物扱いされることもあった。
すでに自由恋愛が主流となってはいたが、奥手で恋愛下手の人には家族、ときにはおせっかいな近所の住民がお見合い相手を見繕い、引き合わせていた。それが戦後日本のありふれた光景だった。
そんな時代から半世紀、婚姻件数は最盛期の半分以下、50万4878組にまで減少している。
若者は「結婚したくない」?
’22年6月に内閣府が発表した「少子化社会対策白書」によると、’70年の生涯未婚率が男性1・7%、女性3・3%だったのに対して、’20年には男性28・3%、女性17・8%まで増加している。50歳以上の未婚男性人口は、’80年には約17万人だったのに対し、’20年には約391万人に激増し、実に23倍となった。
もはや、日本人にとって結婚はあたり前ではない。数ある「人生の選択」のひとつに過ぎないのだ。
家族社会学を専門とする中央大学文学部教授の山田昌弘氏が話す。
「欧米のみならず、近年では日本でも事実婚や同棲のまま籍を入れないカップルが増えています。お互い経済的に自立していて、好きなパートナーと同居できればそれでいい―という人たちです。
さらには、そうした『結びつき』さえもペットショップや風俗店などで、おカネで買える時代になった。パートナーがいなくても、ある程度幸せで豊かに生きられる社会環境になったのです。なぜ独身を選ぶ人が増えたのかという問いに対するひとつの答えです」
男は妻子を養うため、わずかな小遣いでモーレツに働く。女は自分の仕事や夢は後回しにして、子育てに喜びを見出す。そんな人生を「古臭い」「コスパが悪い」と敬遠する若者はたしかに多くなった。
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時代は変わった―。そう嘆きたくなる人もいるかもしれない。ところが、こうした風潮に相反するようなデータも存在するのだ。ニッセイ基礎研究所生活研究部人口動態シニアリサーチャーの天野馨南子氏が話す。
「実は、現代の若者がけっして結婚したくない人ばかりというわけではありません。国立社会保障・人口問題研究所の調査(’21年)によれば、男女の8割が『いずれ結婚するつもり』と回答しています。つまり、結婚しないのではなく、『できない』なんらかの事情があるのです」
結婚には何かとカネがかかる
おそらく、最も大きいのは、単純に「おカネがない」ということだ。日本人の平均賃金は’97年から上がっていない。リーマン・ショック、東日本大震災、そして昨今のインフレ・物価高と、庶民の財布が潤うようなことはこの30年で一度もなかった。
平均月額賃金が30万円前後で横ばいなのに、負担は増えるばかりだ。
’90年代、国民負担率(所得に占める税金と社会保険料の割合)は36%だった。しかし現在は約47%にまで上がっている。若者の給料の実に半分が天引きされ、年金・医療・介護を支えるのに回されているのだ。それに加え、消費税も10%にまで上がり、家計を圧迫している。
ただでさえ生活が苦しいのに、結婚して家族を養うなんて夢のまた夢―。いまや、結婚、子育ては高所得者や、親の潤沢な支援が受けられる人にのみ許された「ゼータク」となりつつあるのだ。
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事実、厚生労働省による「国民生活基礎調査」を見てみると、35年前までは子育て世帯の平均世帯年収は539万円だった。だが現在では、785万円が平均となっている。世帯年収が下がるほど、子育て世帯は減っていき、400万円未満はたったの16%だ。
「結婚には何かとカネがかかります。指輪、結納、結婚式などの費用だけで平均500万円以上。いまの20から30代の約25%前後が不安定な非正規雇用なので、事前に貯金をすることも難しい。それらを節約しても、引っ越しや新生活の準備で出費がかさんでしまう。そんな状態で子育てなんて到底ムリだ、と結婚を断念する若者が増えているのでしょう」(ファイナンシャルプランナーの横山光昭氏)
保険料、税金、奨学金、住宅ローン…
とりわけ、不動産価格も物価も高騰の一途を辿る首都・東京では、「異常事態」が起きている。大和総研が’23年に発表した最新調査によると、「東京都23区に住む30代子育て世帯」の世帯年収の中央値が1000万円に迫っていることが明らかになった。
これは、のびのびと育児を楽しむ裕福な家庭が増えている、ということではない。むしろその逆で、「いまや東京では、年収1000万円以上なければ子育てなど不可能」ということを意味しているのだ。
東京都杉並区在住の田代和樹さん(仮名・35歳)には小学1年生になる娘がいるが、総額300万円の奨学金返済、年間140万円の住宅ローン返済、さらに教育費で収入はほぼ消えていく。
「私は人材派遣会社の正社員で650万円ほど、妻はデザイン事務所の非正規雇用者で400万円ほどの年収があります。世帯年収1000万円といっても、保険料と税金があるから、手取りは700万円ほど。貧困とまではいかないので、子育て関連の補助金や就学支援は所得制限に引っかかって受けられません。
かろうじて毎月、貯蓄はしていますが、それは娘の教育資金のためです。海外旅行なんてできないし、自家用車を持つことも諦めました。外食は月に1度行けるかどうかだし、マクドナルドだってぜいたくで手が出せません」
この「異常事態」の裏に隠された驚きの事実とは。後編記事『結婚できるのは高学歴・大都市在住・大企業勤務だけ…『大独身時代』到来で日本に待ち受ける「ヤバすぎる未来」』に続く。
「週刊現代」2023年11月11・18日合併号より