習氏の訪米は「摩擦回避」が最優先課題
中国の習近平国家主席は11月15日、ジョー・バイデン米大統領と米カリフォルニア州で1年ぶりに会談した。軍同士のハイレベル対話を再開することや、米国で社会問題となっている合成麻薬フェンタニルの製造・輸出を取り締まることなどで合意した。
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中国側が米国側の懸念に応ずる姿勢を示した背景には、ゼロコロナ政策解除後の中国経済の不調があることは言うまでもない。
中国は米国との貿易摩擦など西側諸国との関係悪化が外国資本を遠ざけている。習氏にとって今回の訪米は「摩擦回避」が最優先課題だった。
習氏は同日(15日)夜に催された米大手企業経営者との夕食会で「中国は互恵的な開放戦略を追求し続ける」と語り、米国との貿易・投資拡大に意欲を示した。さらに「(米国との友好関係の象徴だった)パンダを再び米国に送る用意がある」と示唆するなど、米国側の歓心を買うそぶりも見せた。
海外メデイアは「経済問題に関心がない」とされてきた習氏の変身ぶりに注目したが、小手先の手段で中国経済の病を快方に向かわせることはできないだろう。
最盛期を迎えても下落が続く住宅価格
外国企業の対中投資は今年第3四半期が118億ドルの赤字と、1998年の統計開始から初めてマイナスに転じた。
中国政府は外国投資を呼び戻そうと躍起になっているが、安全保障重視の政策が災いしている。外国企業は「中国リスク」を抑制するため、サプライチェーンの多角化を進めており(11月8日付ブルームバーグ)、世界のマネーが中国を回避する動きは今後も強まる可能性が高いと言わざるを得ない。
最も頭が痛いのは、中国経済の今後の見通しが暗いことだ。国内総生産(GDP)の3割 を占める不動産市場は悪化の一途を辿るばかりだ。不動産取引の最盛期とされる9月、10月になっても、住宅価格の下落傾向は収まる気配がない。
中国国会統計局が発表した10月の新築住宅価格指数によれば、主要70都市のうち前月より価格が下落した都市の数は前月から2つ増えて56都市と、全体の8割に達した。価格の下落率も2015年2月以来の大きさだった。11月15日発表の不動産開発投資(1月~10月までの累計)も前年比9.3%減と、大きく落ち込んでいる。
不動産市場への刺激策は8月末に打ち出されているが、効果はさほど出ていないようだ。
危機感を募らせる中国政府は11月に入り、少なくとも1兆元(約21兆円)規模の低金利資金を都市部の再開発事業などに投ずる意向を示している。だが、投資家は様子見の構えを崩しておらず、「中国の不動産市場の『長い冬』に備えろ」という声も高まっている(11月5日・14日付ブルームバーグ)。
「不動産市場の低迷が社会不安の要素」となる可能性
地方政府の主な財源である土地使用権の売却収入も減る一方だ。10月は前年同月比25.4%減と、9月の同21.3%減から下落幅が拡大した。財政悪化に伴う公務員らの給与削減の動きがさらに進むことは確実視されており、個人消費のさらなる冷え込みは必至だろう。
気になるのは「不動産市場の低迷が社会不安の要素となる」との指摘が出ていることだ。
米ボイス・オブ・アメリカ(VOA)は11月18日、「中国で未完成のまま放置されているマンションは約2000万戸に上るが、住宅引き渡しの遅延問題が社会の安定を脅かす可能性がある」と報じた。
不動産開発企業の資金繰りの悪化に起因する未完成マンションの問題は深刻だ。約2000万戸の未完成マンションを完成させるためには約3兆2000億元(約64兆円)の資金が必要だが、不動産開発業界には巨額資金を捻出できる力はない。
2年前に経営破綻に陥った不動産開発大手・恒大集団の再建の目途が立っていない中、最大手の碧柱園まで窮地に追い込まれている。
だが、この問題を放置すればするほど、新規マンションの引き渡しを待つ多くの国民の間で不満が募り、来年以降、その怒りがいつ爆発してもおかしくない状況になるという。
将来不安に備えて資金確保に走る金融機関
筆者は「不動産市場の低迷は金融危機という最悪の社会不安をも引き起こしてしまうのではないか」と危惧し始めている。
中国政府は11月に入り、重い腰を上げて碧柱園の救済に乗り出し、中国保険大手・平安保険に碧柱園の支配株主になるよう求めた。だが、これが売り材料になって株価が急落した平安保険は、政府の要請をにべもなく断った。
政府のメンツが丸つぶれになったばかりか、市場関係者は「不動産開発大手の破綻が金融システム全体にとって大きなリスクとなる」ことを問題視するようになってしまった。
中国の金融機関は将来不安に備えて資金確保に走る傾向が強まっており、足下の短期金融市場は流動性不足が顕在化している。思い起こされるのは、金融危機下の1997年11月、日本の短期金融市場で前代未聞のデフォルトが発生したことだ。
「中国で金融危機が起きる」と断言するつもりはないが、不動産危機に次いで金融危機が起こるのは過去の歴史が教えるところだ。
中国社会を大混乱させる金融危機が生じないことを祈るばかりだ。
藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。
デイリー新潮編集部