就職先を選ぶ際に「自分の成長が期待できること」を求める若者が増えている。リクルートワークス研究所の古屋星斗さんは「ギラギラした『意識高い系』が増えたわけではない。法改正で働く環境が変わり、若者に『新しい安定志向』が芽生えたためだ」という――。
※本稿は、古屋星斗『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか』(日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。
■労働や職場運営の法改正が「若者の働き方」に与えた影響
なぜ若手を取り巻く職場環境がここ5年ほどで急激に変化したのかについて筆者の考えを述べる。
まず、「若者が変わったことよりも、職場が大きく変わった」ことがある。それは職場の雰囲気が変わったとか、上司の考え方が変わったとか、VUCAの時代がとか、パーパス経営が、といった曖昧で抽象的な話ではない。法改正だ。
この5年ほどの間に労働に関する法令、特に職場の運営に関する法令が急激に変わったことが背景にあるのだ。日本の職場運営法が急激に変わる時代に入ったことを認識しないと、若手社会人に起こった変化はわからない。
職場運営法改革の時代。ここ5年ほどは毎年のように大きな労働法改正が行われていることは、人事労務に詳しい方であればよくご存知だろう。
その引き金を引いたのは、もしかすると2013年に流行語大賞トップに「ブラック企業」という言葉が入ったことかもしれない。
ブラック企業という言葉自体は2000年代にインターネット空間に出現したインターネットスラング、若者言葉であったが、2010年代に入り社会問題として浮上するようになった。ブラック企業に対する批判が高まったことに対し、その対応として当時の政府が策定したのが「若者雇用促進法」という法律だ。地味であまり有名ではないが、筆者はこの法律の影響は極めて大きかったと考えている。
■法改正によって企業側に生まれた「インセンティブ」
その内容は、新卒採用などで若者を採用したい企業に対して、情報公開を努力義務とした法律で、そこには、いまの就活生にとっては当たり前になっている項目がいくつもある。
例えば平均の残業時間数、有給休暇の取得率や、入社後の研修の体制や時間、さらに早期離職率など。努力義務ではあるが、そういった自社での働き方・労働・職場環境に関するデータの開示を、優秀な若者に自社を魅力的に感じてほしい会社が、率先して行うような競争環境をつくった法律がこの若者雇用促進法である。
重要なのは、情報開示をさせたこと自体ではなく、開示の義務化によって職場環境を改善するために努力するインセンティブが企業に生まれたことだ。
■「もっと優秀な若者を採用できるかも」という意欲
若者雇用促進法以前には、「うちの会社は有給休暇をたくさん取得しています」「うちの会社は残業時間が短いです」と言ってもそれを公表する場もなく、評価されづらく、企業として組織的に取り組む内容として設定できなかったのだ。
しかし多くの企業が開示をするようになって、「うちの会社はとても有給休暇取得率が高いから、もっと優秀な若者を採用できるかもしれない」「うちの会社は、いまは○○率が低いが、これを改善すれば働いてほしい人材に振り向いてもらえるかもしれない」といった競争が起こった。
もちろん、折しも同じ時期に採用面でリーマンショックのダメージから回復し、若手採用が困難な状況が労働市場で顕在化してきたために労働条件改善競争が起こりやすかったことも忘れてはならない。
■「職場の居心地がいい」という若手社員が増えた
職場運営法改革の時代の号砲となった若者雇用促進法を紹介したが、ほかにも、ここ5年ほどの動きは目まぐるしい。
2019年から施行された働き方改革関連法。時間外労働の上限規制や有給休暇の義務取得設定など日本の労働環境を根本的に変えた法令のひとつであるという評価には、概ね肯定いただけるだろう。同時に職場の運営を根本的に変えた法令でもある。
2020年に施行されたパワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)。
2022年には改正育児介護休業法により、育児休業取得の確認が義務化されるなど、育児介護休業法の改正は毎年のように行われている。2024年にも男性育休の取得率の開示義務を拡大する法改正が予定されている。
このように様々な法改正により、若者を取り巻く職場環境は急激に改善され、若手社員の就業時間の短縮や、有給休暇の取得率が跳ね上がり、「居心地が良い」と回答する若手が増加する変化をもたらしたのだ。
■「24時間働けますか」の時代の終焉
何度も繰り返すようだが、もちろんこれはとても良い変化だ。若者を使いつぶすような“ブラック企業”を許してはならない。そして、その結果として若手に起こった変化については様々なものがあるわけだが、その最大のものに、「本業の仕事が人生に占める時間の割合が、過去の若手と比べて小さくなった」ことがあるだろう。本業の仕事が人生の一部分に過ぎなくなってしまったのだ。
本業で「24時間働けますか」という時代が、法改正によって完全に終焉(しゅうえん)を迎えた。これはもう戻らない、不可逆な変化でもある。
すると、これまでのように自分の会社のオフィスだけで若者が過ごすわけではないから、企業と若手の関係性は変わらざるを得ず、若手社員がとりうる行動の選択肢も変わっていく。
例えば職場だけで十分な職業経験を得られずキャリアを豊かにすることが難しいと判断すれば、副業・兼業したり、プロボノ(職業上のスキルや経験を活かした社会貢献活動)を行ったり、社会人インターンに参加するなど外部にアクションを起こす人も出てくる。
また、自社の職場において、これまでと全く異なる発想でアクションを起こす若者も出てくる。上司に直接「こういった経験がしたい」「もっとフィードバックをたくさん欲しい」と言ってみたり、組織と若手の関係性の変化を基軸に、実際の行動が変わっていくのだ。これは単なるわがままだろうか。
■若者は「自らの成長が期待できるか」で就職先を選んでいる
成長意識や自律志向も顕在化する。仕事に対して「成長機会を求める若者が多い」というデータが、多様な調査で出ている。
例えば、とあるシンクタンクが出したデータでは「就職先を検討するための決め手になった項目」で、ここ数年、「自らの成長が期待できる」という項目が最も選択率が高い項目となっている。2023年卒では47.7%の人が選択していたそうだ。
別の調査では、20代正社員について「自律的なキャリア形成に対する意識が高まっている」とする結果が報告されている。また、仕事選びの重視点として20代前半正社員は「いろいろな知識やスキルが得られること」や「入社後の研修や教育が充実していること」を選択する傾向が高まっていることも指摘されている。
「成長できる環境」を、仕事を選ぶ決め手として選ぶ傾向が高いわけだ。ここが重要なポイントだ。こう言うと「最近は成長を求める若者が増えた」と捉えられるかもしれないが、筆者は単に「意識高い系が増えた」といった状況にはないと考えている。
これを理解するために、なぜ成長を求めるのかを考えなくてはならない。
■環境に感化された「横並びの成長希求」
選択の回数が増える職業生活の変化を前提としてみよう。どんな大企業であっても自分の職業人生を終わりまで保証してはくれない。自身のキャリアを安定させようと思ったら、自分に経験や知識、ネットワークを蓄積するよりほかないのだ。
みんながみんな「成長したい」とギラギラしているわけではないが、そういった機会を求めざるを得ない。ある種、「横並びの成長希求」と捉えるべきなのではないか。環境に背中を押される形で、成長を求めているのだ。
日本的経営・日本型雇用が崩れたことが共通の理解となり(実際に崩れたかどうかはこの際問題でない、そう理解されていることが問題なのだ)、人生の安全や安定を会社が保証してくれなくなったと感じていることに起因する変化。キャリア自律が叫ばれるなかで、自分で自分の職業人生の安定を考えなくてはならない。そういったことを大企業で働く若手ですら認識している。
■若手は転職を前提にキャリア設計を行っている
実際、大企業に就職した新卒1年目から3年目の若者にアンケートをとると「定年・引退までその会社で働き続けたい」という回答をしたのは、わずか20.8%であった(図表1)。実に8割の人が自分はどこかのタイミングでその会社を辞めるだろうと考え、もっと言えば全体の半数弱は2~3年程度しかその会社との関係性が続かないかもと考えている。
なお、図表1の結果は統計的処理を施した調査結果だが、個別の企業に協力を得て筆者が第三者として入り調査を実施した場合にも、同様の結果が出ていた。
つまり、ごく少数のみが「定年まで」と回答し、一方で多くが「2~3年は」「5年は」など目途を設けた回答をしていた(図表2)。自社だけは違うと思っていないだろうか。
重要なのは、実際にいまの若手が数十年後の定年までいるか・いないか、ではなく、転職するという選択のタイミングが来ることを前提に、若手が職業生活設計をしているということだ。
■「きつい職場」と同じくらい「ゆるい職場」も離職者が多い
なお、この観点から分析すると職場に対するキャリア不安が短期的な離職意向につながっていることが見えてくる。職場のことを「ゆるいと感じる」か「ゆるいと感じない」か別で、離職意向(すぐにでも退職+2~3年で)を確認したところ、U字カーブ状の構造になっていた。
高かったのは「ゆるいと感じない」という“きつい職場”にいる者と、その反対の状況にある者、つまり「ゆるいと感じる」という“ゆるい職場”にいる者であった(図表3)。
つまり、「職場がきつくて辞めたい」という若手も、もちろんいまも存在しているが、同時に「職場がゆるくて辞めたい」という若手が存在しているということだ。
ここにもある種の二極化が存在している。
■若者に「新しい安定志向」が生まれた
こう考えたとき、成長機会無き職場には、安定がないと感じるようになる若者のグループが出現する(筆者はこれについて「職場のキャリア安全性」という概念を提唱している)。これを筆者は「新しい安定志向」と呼ぶ。
「果たして自分はこの会社を辞めたときに、活躍する場があるのだろうか」ということを誰しもが考えるわけだ。だから、成長したい。それは教条的な意味での「成長しないといけない」ではなく、生存欲求や幸福追求の意味の「できれば成長したい」である。
その会社を辞めるときの自分は、他の会社で活躍できる状況にありたいと考えている。こうした共通認識が広がっていることが「成長を求める若者が増えた」と言われる背景にあると考える。別にみんながみんなギラギラとして成長したいわけではないのだ。実際に、2割の人は定年退職まで働くつもりだと回答していることも勘案いただきたい。