■爆売れで有名な「独身の日」に異変
毎年10月の下旬から“独身の日”と呼ばれる11月11日にかけて、中国ではアリババや京東集団(JDドットコム)などが大規模なセールを実施する(独身の日セール)。その売り上げ額は個人消費など中国経済の動向を判断するために重要な指標の一つになっている。
中国の調査会社の“星図数据”によると、今年の「独身の日」セール期間中の売上高は、前年同時期比2%増の1兆1386億元(約23兆円)だった。ただ、中国経済の専門家の間では、「今年の売り上げ実績は、発表されているよりもかなり厳しい」との見方も多い。
中国の個人消費の戻りはかなり鈍く、景気の減速感は鮮明だ。その要因として、不動産バブル崩壊の負の影響は重要だ。不動産関連の事業は、中国のGDPの2割近くを占めるといわれている。不動産市況の悪化は、中国経済全体を冷え込ませている。
特に、雇用環境の悪化は鮮明だ。すでにネットからは削除されたが、7月、北京大学の張丹丹副教授は若年層(16~24歳)の失業率は46.5%に達したとの試算を示した。また、海外からの投資は減少し、財政が悪化する地方政府も増えている。
今後、中国経済の厳しさは増すことが懸念される。不動産デベロッパーなどの債務不履行(デフォルト)は増え、高利回りの投資商品である理財商品などの債務不履行も増加するだろう。それに伴い、債務返済を優先し支出を抑制する企業や家計は増え、デフレ圧力は高まる可能性が高い。一部の地方政府では社会保障制度の維持が困難になる恐れもあるとみられる。
■激しい値引き合戦が目立ったワケ
2022年、独身の日セールスの取引額は前年の14%増に比べ、今年は同2%増に大きく鈍化した。
世界的にウィズコロナの生活が戻るにつれ、先送りされた需要(ペントアップディマンド)は発現した。それに伴い、個人消費も持ち直した。しかし、今までのところ中国は戻りがかなり鈍い。
また、今年のセール期間中、例年に増して値引きが激化した。そうした傾向が示唆するのは、消費者の支出意欲の低下が止まらないことだ。独身の日の支出を増やすとの回答割合は23%、前年を1ポイント下回ったとのアンケート調査結果もあった。
中国では対面、ネットの両チャネルで、消費者は節約志向を強め、さらなる値引きを求める姿勢になっているようだ。企業は、競合他社に先んじて価格を引き下げる状況に追い込まれている。
■「手ごろで高品質」日本製の化粧品が売れない
わが国の大手化粧品企業の業績動向などからも、その傾向は読みとれる。わが国の化粧品は、安心、安全、手ごろな価格帯、かつ高品質が評価され、中国で人気を獲得した。しかし、ここ数年の間、国内の大手化粧品企業は中国市場で、収益を増やすことが難しくなった。要因の一つが、消費者の節約志向の高まりだ。
リアルからネットへ販売戦略を強化したところ、価格競争の激化に巻き込まれるケースもあるようだ。11月13日以降、中国での収益が想定を下回るとの懸念が上昇し、株価を大きく下げるわが国の化粧品関連銘柄もあった。中国経済の減速に影響され、わが国では精密な工作機械メーカーの業績下振れ懸念も高まった。
個人消費の停滞に加え、中国では物価下落も鮮明だ。10月、川上の物価の動向を示す生産者物価指数(PPI)は前年同月比2.6%下落した。消費者物価指数(CPI)は0.2%下落した。中国経済はデフレ環境に陥りつつある。企業の設備投資など固定資産投資も停滞している。
■不動産需要という屋台骨が崩れ始めた
かつて、中国の不動産関連の需要はGDPの3割程度を占めるとの試算もあった。土地需要の高まり、鉄鋼などの建材や建機などの生産、住宅ローンの貸付など、不動産投資は中国経済の成長に大きく貢献した。
写真=iStock.com/gionnixxx
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土地需要の高まりを背景に、地方政府は不動産デベロッパーに土地の利用権を譲渡した。地方政府は得た歳入の一部を道路、鉄道の建設などインフラ投資の実行資金に用いた。土地譲渡益は、年金、医療など社会保障も支えた。こうしてリーマンショック後の中国経済は、不動産などの投資に依存した。
しかし、右肩上がりの状況がいつまでも続くとは考えづらい。2020年8月、中国政府が不動産バブル対策として“3つのレッドライン”と呼ばれる不動産融資規制を実施すると、バブルは崩壊した。投資に頼った経済運営は限界を迎えた。景気の減速は鮮明化し、2023年6月、若年層の調査失業率は21.3%に達した。
■不動産頼みだった地方財政は危機的状況に
足許、バブル崩壊の負の影響はより深刻だ。10月には碧桂園(カントリー・ガーデン)の米ドル建ての社債がデフォルトに認定された。それは、バブル崩壊への政策的な対応の遅れを確認する機会になった。それにもかかわらず、政府は大手銀行、不動産デベロッパーなどに公的資金を注入し、不良債権の処理を進める考えを明確にしていない。
不動産バブル崩壊は、地方政府の財政悪化にもつながった。リーマンショック後、銀行からの資金借り入れが規制されてきた地方政府は、地方融資平台と呼ばれる企業を増やした。地方融資平台は、債券発行などを行い、インフラ投資や不動産開発などの資金を調達した。それによって、地方の幹部は習政権が指示した経済成長率の目標を実現した。
引き換えに、地方融資平台の債務残高は中国のGDPの53%(66兆元、約1320兆円)に増加した。中央政府は地方債の発行枠を拡大し、地方政府に融資平台の債務の一部を肩代わりするよう指示を出したが、債務残高が大きいため根本解決には程遠い。
■社会保障不安、企業の中国脱出、台湾有事…
短期間で中国の景気が下げ止まる展開は想定しづらい。むしろ、不動産バブル崩壊の後始末に時間がかかり、デフレ経済が深刻化する可能性は高い。それは、1990年代後半のわが国も経験した。加えて、中国では社会保障制度の不安も高まる恐れがある。
足許、海外の主要投資家に加え、多国籍企業も“脱中国”を急いでいる。アップルなど多くの企業が自国内や友好国、中国よりも人件費の安いASEANの新興国やインドに事業拠点を移す。
近年、習政権の政策運営方針は経済重視よりも、権力基盤の強化など政治優先に向かっている。企業経営者が中長期の視点で中国経済の展開を予想することは難しい。政策リスク、人口減少を背景とする人件費増加を回避するために、多国籍企業は中国以外での事業運営を強化しなければならない。
台湾問題も、企業の脱中国を勢いづかせた。特に、先端分野の半導体に関しては台湾依存度が高い。半導体などの先端分野で米中の対立も先鋭化しそうだ。地政学リスクなどに対応しつつ安定した半導体の調達を目指すために、日米欧政府は産業政策を修正し、大手半導体メーカーの直接投資の誘致を増やそうとしている。
■バブル崩壊の負の影響は日本以上か
いずれも中国の設備投資、直接投資の減少要因だ。その中で不動産デベロッパーのデフォルトや経営破綻のリスクが高まれば、中国経済の下押し圧力は強まる。個人、企業経営者の心理は追加的に冷えこみ、デフレ圧力は強まるだろう。
それが現実となれば、地方政府の債務リスクは上昇する。懸念されるのは、財政悪化によって年金や医療など社会保障制度の維持が困難になる地方政府が増えることだ。中国では都市戸籍と農村戸籍によって、享受できる社会保障に差がある。財政余力のある地方政府と厳しい自治体を統合し、社会保障制度の持続性を高める方策も理論的には考えられる。
しかし、住人の反発などを考えると実現のハードルは高いだろう。中国の不動産バブル崩壊はデフレ圧力の高まりなど経済の悪化にとどまらず、社会保障不安につながる恐れもある。それは、わが国が経験しなかったバブル崩壊の負の影響だ。当面、中国は世界経済の足を引っ張ることになるだろう。
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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)