訪日中国人のカネは日本に落ちない?中国本土へ吸い上げる「囲い込みモデル」の貪欲

日本のインバウンド市場では、コロナ禍以前から中国資本が積極的な参入を見せていた。中国資本が鵜の目鷹の目で狙うこの市場は、すでに「中国式エコシステム」で循環しているが、日本資本には“出る幕はない”のだろうか。訪日中国人客をターゲットにしたポストコロナのインバウンド市場の今を追った。(「China Report」著者 ジャーナリスト 姫田小夏)

送客を握る中国資本に頭が上がらない

 日本でインバウンド戦略が本格的に始動して早20年がたった。2003年4月、小泉純一郎首相(当時)は「ビジット・ジャパン・キャンペーン実施本部」を国土交通省に立ち上げた。日本の多くの企業が首相肝いりの内需拡大政策を歓迎し、「インバウンド事業」という新たなマーケットの創設に期待を高めた。

 旅行会社などはその筆頭だったが、ふたを開けてみれば日本のインバウンド市場に積極参入したのはむしろ中国系企業だった。コロナ禍前まで訪日客の国籍は中国が首位、19年には訪日客数の3割に伸長する勢いを背景に、団体旅行、クルーズ旅行、個人旅行など、送客の多角化を進め、急成長を遂げる中国企業も出てきた。

 19年まで続いた中国からの送客について、インバウンドの内情に詳しい中国出身の趙俊さん(仮名)はこう振り返る。

「中国系旅行会社の中には、クルーズ船を一隻チャーターして、数千人規模の中国人観光客を毎日のように日本に送り込むところもありました」

 日本のホテルは、中国の旅行会社からの送客なしには空き部屋を埋めることができない。そのため日本の大手旅行会社の経営陣ですら、中国の旅行会社社長には頭が上がらなかったという。企業によっては、こうした中国企業を子会社化するなどの手段で辛うじてインバウンド市場への参入を果たすところもあった。

 日本政府は予算をつぎ込んで中国からの訪日客を誘致しようと熱心だった。しかし、中国からの団体旅行は中国政府のコントロール下に置かれ、“中国政府お墨付き”の特定の旅行会社が采配を振り、日本国内の宿泊先や訪問先のアレンジも中国系のランドオペレーターが掌握するというのが実態だった。

日本の高級ホテルでは満足しない、宿泊施設は自前で開発

 ところが、23年現在、日本のインバウンド市場は、コロナ禍前まで主流だった「中国一辺倒」から一転している。10月の中国からの訪日客も25万6300人と、19年の73万631人から64.9%も減少した。(数字は日本政府観光局)

 今年8月に行われた処理水の海洋放出などが影を落とし、送り出す国・地域で見ると中国は19年のトップから、現在は韓国、台湾に続く3位に落ちた。しかしそれでも中国資本は、日本のインバウンド市場に熱い視線を送っている。

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 都内の国立大学で研究職に従事する程燕さん(仮名)は「両国の政府間は冷え込んでも、中国には一定数の『日本ファン』がいます。日本のアニメを見て育った層や日本ならではの静寂な空間の愛好者がそれで、『好きだ』という感情はそれだけで訪日の強い動機になるのです」と前向きだ。

 振り返れば、12年9月の反日デモで落ち込んだ中国からの訪日客も14年の春節には勢いを取り戻しており、今回の「落ち込み」もいずれ回復するという見方もできる。

 そんなアフターコロナのインバウンドでは、中国の事業者が日本の土地を購入し、自ら開発したホテルや民泊に中国人富裕客を宿泊させるという傾向が表れている。すでに数次ビザ(有効期間内であれば、日本への渡航に繰り返し使えるビザ)を取得している富裕層は、日中間を比較的自由に往復できる存在でもある。

 長野県には、高級感と規模感の両方を備えた中国資本による宿泊施設が出現した。スイスシャレー風のぜいたくなコテージは1泊20万~30万円ほどだが、1棟当たり10人の収容が可能で、ゆったりとくつろぐことができる。

 ここに宿泊したことがある上海出身の馬哲さん(仮名)は「世界を旅してぜいたくを知った富裕層は、もはや並大抵の施設では満足せず、さらに“その上”を求めるようになっています」と語る。

 中国国内の5つ星級の宿泊施設はすでに、客室の広さ・設備・豪華さ・料理の品数では日本の宿泊施設を凌駕しているといわれているが、目の肥えた中国人富裕層は既存の日本の宿泊施設に満足しなくなっているのかもしれない。

 また、人目を気にして小さくなることを嫌う中国人は、“中国人による中国人のためのサービス”に安心感を持つ傾向が強い。

 馬さんが「初めは日本の割烹や高級すし店の格式に興味を持っても、次第にそれを窮屈に感じるようになる人もいます」と話すように、中国人にとってより心地よい施設を「自前で開発する」という動きは一段と進む気配だ。

一匹の龍のように産業チェーンをつなげる中国資本

 コロナ禍前のインバウンドでは、多くの中国人訪日客を乗せたクルーズ船が日本各地の港に着岸した。筆者もコロナ禍前に鹿児島港を訪れたが、そこで驚かされたのは、下船して上陸してくる訪日客を待ち構えるのは中国系の旅行会社やバス会社で、従業員のほぼ全員が中国人だったということだ。

 このような現象について中国事情に詳しいエコノミストは「観光バスに乗車した団体訪日客が、中国資本の飲食店や免税店などに連れていかれるのがそうであるように、日本に上陸した中国人訪日客を自分たちのエコシステムの中で完全に囲い込むのが中国系の特徴です」と語る。

 クルーズ船のチャーターに始まり、バス会社や免税店、ホテル、飲食店と川上から川下までの行程で中国人訪日客を一網打尽にするビジネスモデルは「一条龍(イーティアオロン、一匹の龍)」と言われる。このようにして日本のインバウンド市場は、数社の中国系大手旅行会社とその下にぶらさがる中国系サービス業者が、日本の市場を一網打尽にした。

 さらに驚くべきは、こうした中国系旅行会社は日本だけでは飽き足らず、海外にもネットワークを拡大させていることだ。

 インバウンド向けのホテル事業に携わる大鹿淑子さん(仮名)は「東南アジアはもとより、アメリカやカナダの在外華僑を訪日旅行に送り込んでいるのは、今や現地の旅行会社ではなく中国資本の旅行会社です」と明かしている。

訪日中国人のカネは日本に落ちない?中国本土へ吸い上げる「囲い込みモデル」の貪欲大阪市内を滑走する中国資本の国際宅配便(中央の黒い車)

 日本に到着した訪日客の消費を先取りして商品化する「一条龍」には、航空券とともに空港到着後の出迎え交通手段を販売する“白タクサービス”も含まれる。「友人を迎えに来ただけだ」との言い訳で、白昼堂々と横行する違法行為を警察が取り締まれないでいるのは既報の通りだ。

 ちなみに、イタリア各地でも中国人事業者による白タクが問題になっており、コロナ禍前は厳しい取り締まりが行われていた。現地メディアによれば、イタリアでは白タクは法律違反であり、最高112万円(1ユーロ=約160円)の罰金とともに運転免許証も取り消されるという。

越境ECでさえも、日本の物流企業は出る幕ナシ

 コロナ禍前の中国人訪日客による「爆買い」は、日本製品に対するニーズの強さを証明していた。訪日の爆買いと連動して注目を集めたのが「日中越境EC」という新たなビジネスであり、これには日本の物流企業も新たな商機を模索した。

 しかし、残念ながら日本の物流企業の新規ビジネスにはなり得なかった。都内に本社を持つ物流会社に勤務する前田康さん(仮名)は話す。

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「アリババやジンドンなどが構築する巨大モールに送られる日本からの新たな物量を期待しましたが、すでに中国の物流企業が日本に乗り込んでおり、結局のところ積極的な拡大ができませんでした」

 事業化を思い立ったときには、すでに子会社に航空会社を持つ中国の民間物流企業が、日本での小口貨物の国際宅配便に参入していた。中国系の国際宅配便は最近、都内でも集配拠点を置き始めたが、荷物をかき集めるために、末端の顧客に提示する金額は郵便局が扱うEMS(国際スピード郵便)の半額以下だ。

 日本製品のニーズがありながら日本の物流企業が新市場に食い込めなかった理由はひとつではないが、前田さんは「なんでも自前でやろうとする中国資本の勢いには歯が立たない」と話す。

訪日中国人の買い物は中国系宅配便業者が配達する

 前回の当コラムでも触れたが、大阪観光の核である道頓堀の両サイドを埋めているのは中国系の店舗である。確かに土産物屋も免税店も一目見ればそうだとわかる。

 大阪で生まれ育った田中リュウさん(仮名)は筆者を道頓堀に案内しながら、「中国資本による道頓堀界隈の店舗進出は非常に顕著です」と話していた。

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 道頓堀の近くには、中国系の国際宅配便業者が密集するエリアがあり、中国人訪日客が購入した土産物を祖国へ宅配している。日本の業者を極力介さずに、製造・輸出・販売・宅配まで、自分たちのネットワークで固める“自前化”は私たちが想像する以上に進んでいるようだ。

 ツーリズムのみならず、国外からのヒト・モノ・カネが入ってくる「インバウンド」は、イノベーションの創出や活力の取り込みから、地域経済や日本経済全体を活性化させるという期待が込められていた。

 その一方で、中国人訪日客をターゲットにした市場について言えば、20年の歳月とともに「中国資本による囲い込み」が進み、「日本企業はせいぜいそのおこぼれにあずかる程度」(大阪市内の物販事業者)とも言われるようになった。

 ポストコロナのインバウンド市場では、日本企業も中国依存度を低めてはいる。その一方で日本資本が背を向ける市場では、中国資本による寡占化がいっそう進む予感もある。「日中ビジネスのウィンウィンな関係」という言葉は過去に好んで使われたものだったが、実際はそうはなりにくいという現実が見えてくる。

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