中国メーカーは手頃な価格の電気自動車(EV)で世界の多くの消費者を獲得している。だが、ある大市場ではその存在感のなさが際立つ。米国だ。
米政府は中国のEVを締め出す事実上の要塞(ようさい)を築いた。ドナルド・トランプ前大統領は中国の自動車に25%の輸入関税を課した。ジョー・バイデン大統領はこの政策を支持し、EV購入時の数千ドルの税控除を中国車が受けられないようにするなどの追加策を講じた。
こうした措置により、中国の自動車メーカーは他の市場に急速に浸透しているにもかかわらず、米国製や米国の友好国から輸入された自動車と競争することが事実上不可能になっている。
一部の米政府関係者は、中国メーカーの推進力は極めて強く、中国EVを米国市場から締め出し国内メーカーを守り続けるためには、今の貿易障壁だけでは不十分かもしれないと話している。中国はEVのサプライチェーン支援に巨額の補助金を出しており、それが中国メーカーが不当に安い価格で製品を販売することを可能にしているとの見方だ。
バイデン氏は今月、イリノイ州で自動車労組の組合員らを前に「中国は不公正な貿易慣行を使ってEV市場を支配しようとしているが、そうはさせない」と呼び掛けた。「約束する」
中国は今年、日本を抜き世界最大の自動車輸出国になる見通しだ。現在は世界のEVのおよそ3分の2を製造している。EVで中国最大手の比亜迪(BYD)の昨年の生産台数は190万台と、米テスラの140万台を上回った。
「行く手を阻むあらゆるものを踏みつけ、破壊する力を持った現代のゴジラを思い浮かべてほしい」。そう語るのは、中国のEV業界を専門とする助言会社ゾゾ・ゴー(ZoZo Go)のマイケル・ダン最高経営責任者(CEO)だ。ダン氏によると、中国のEVは100カ国以上で販売されている。「中国がまだ本格的な攻勢をかけていない唯一の市場が、ここ米国だ」
一部の米議員や政策当局者は、その状態を維持したいと考え、輸入関税の強化を検討するようバイデン政権に求めている。
下院中国特別委員会のマイク・ギャラガー委員長(共和、ウィスコンシン州)や同委民主党トップのラジャ・クリシュナムルティ氏(イリノイ州)らは今月、キャサリン・タイ米通商代表に宛てた書簡の中で、「中国メーカーが25%の追加関税を吸収できるようになるのは時間の問題だ」と述べている。
関税の引き上げは、米国内の自動車メーカーから複雑な受け止められ方をする可能性がある。米メーカーは政策が中国のEV産業の台頭を遅らせることを望んでいるが、中国は米国車にとって第2位の市場であり、中国当局が独自の関税で報復する可能性も警戒している。
問題を複雑にしているのは、中国がEV用バッテリーと、その原料となる鉱物の圧倒的なサプライチェーンを構築しているという事実だ。フォード・モーターやゼネラルモーターズ(GM)などが加盟する業界団体の米国自動車イノベーション協会(AAI)を率いるジョン・ボゼラ氏は、米国のメーカーはバイデン政権の掲げる二酸化炭素(CO2)排出量削減の目標達成に向けてEVの生産台数を増やすのであれば、必然的にこれらの供給に依存することになると指摘。「中国はEV産業で10年から15年先行している」と語る。
中国がこれまで標的としてきた主要市場の一つが欧州だ。BYDの人気スポーツタイプ多目的車(SUV)「Atto 3」は、先進的な運転支援システムやシートヒーターを搭載した世界的ベストセラーで、価格は3万9500ユーロ(約646万円)。およそ4万3000ドルだ。また、かつての英国ブランドで、現在は中国国営の上海汽車(SAIC)が所有するMGの「MG5 EV」も人気がある。価格は3万5395ユーロ(3万8500ドル)からとなっている。
コックス・オートモーティブによると、米国での7月の平均EV販売価格は5万3469ドル(約799万円)だった。
欧州連合(EU)はこれまで10%の輸入関税を維持してきた。10月には中国政府の補助金により中国製自動車がEU製より20%程度安く販売されているとして、関税を引き上げるかどうかの調査を開始した。中国製のシェアは足元で1%から8%に上昇し、2025年には25%に達する可能性があるという。
一方、中国の自動車メーカーは関税を回避するため、米国内または近隣の国でEVを組み立てる準備を進めている。吉利汽車(ジーリー)と傘下のボルボが所有する高級EVブランドのポールスターは、来年サウスカロライナ州で生産を開始する計画だ。奇瑞汽車(チェリー)はメキシコに工場を建設中で、BYDとMGはメキシコでの生産拡大に取り組んでいる。
アナリストの間では、車両とバッテリーの生産能力を大幅に増強した中国メーカーの輸出攻勢はさらに強まるとみられている。米シンクタンク、アジア・ソサエティー政策研究所のウェンディ・カトラー副所長は、中国には年間2600万台の国内需要を満たしてなお、約1000万台の自動車を生産する能力があると指摘する。その生産分を世界が吸収できるかどうかは未知数だ。
「われわれの市場があふれつつあることをあらゆる兆候が示している」とカトラー氏は話す。