ファッション・ストリートの「怪現象」
コロナ禍が明けてから、表参道は人通りが絶えることはない。
1日の歩行者数が15万人とも20万人ともいわれるこの通りに面した商業施設には、一流ブランドが出店を競い合う。そんな、世界を代表するファッション・ストリートに面する「表参道ヒルズ」は、海外にもその名が知られる当地のランドマークである。
表参道ヒルズまえは人通りが絶えない(筆者撮影)
しかし、その一角のテナントが、2年間も空き店舗となっていることに気付いている人はどれだけいるだろうか。
地方のシャッター通りの商店街と一線を画す表参道で、いったい何がおきているのか。「怪現象」のウラには、一等地だからこそ生じた知られざる事情があった。
家賃は「月額1500万円超」…!
「表参道ヒルズ」は、2006年に開業した。天皇も参拝の際に利用した明治神宮の由緒ある参道として1919年に整備された大通りが「表参道」だが、いまは原宿や青山の参道とその周辺の通称となっている。
大正末期から昭和初期に開発された「同潤会青山アパート」は、軍人や官僚、大学教授など当時の名士たちが住んだ高級集合住宅で、都市生活者の文化的シンボルだった。
この同潤会青山アパートの再開発として誕生したのが、「表参道ヒルズ」。世界的権威の建築家、安藤忠雄氏の設計で、旧跡の趣やケヤキ並木を効果的に生かしたデザインは、表参道ヒルズを同地のランドマークへと押し上げた。
ローマの「ヴァレンティノ」やパリの「ディオール」などの老舗をはじめ、新旧のファッションブランドが軒を連ねる表参道ヒルズにあって、くだんの空き店舗は入り口が通りに面する最高のロケーションだ。
当然ながら引き合いも強く、近隣の不動産業者によればテナント希望は「後を絶たない」という。
「過去には、フランスの超高級ジュエリーなど名だたるブランドから問い合わせがありました。また、コロナ禍で景気が後退した折には、欧州の高級自動車メーカーがここにモデルルームを開きたいという話もあった」
景気に左右されず時代を象徴するブランドがこぞって出店を希望するだけに、その家賃も桁違いで、「敷金は1億円を超え、月額の賃料は1500万円をくだらない」(不動産業者)のだという。
こんなロケーションの店舗がなぜ空いているのか。
実は、店舗の所有者であるテナントオーナーと表参道ヒルズを開発した森ビルとの間でトラブルが発生していたのだった。
森ビルに提訴されたオーナー
森ビルが、東京地裁に提訴したのは9月1日のこと。訴状によれば、森ビルはテナントオーナーに対して約2269万円の支払いを求めている。
テナントオーナーら区分所有者で構成される表参道ヒルズの管理組合は、森ビルを管理者に指定している。自身も多くの区画を所有する森ビルが、パートナーで顧客の一人ともいえるテナントオーナーを提訴したのには、次のような事情があった。
トラブルは、訴訟に発展した…Photo/gettyimages
店舗への入口は、所有者全員の持ち物である「共用部」にあたる。
この扉をテナントオーナーからさらに高級感のあるものに変更したいと要望があり、その費用負担をテナントオーナーとすることで管理組合が改修することとなった。
ところが、工事が終わってからもその費用が支払われず、管理者である森ビルはその工事代金2057万円に諸経費を合わせた費用の支払いを求めているのだ。
たしかに、テナントオーナーは自身の希望で扉を変えさせたわけだから、約束の工事代金を払わないというのは道理に反する。しかし、一方でこれは奇妙な話でもあった。
テナントオーナーは、くだんの店舗を貸せば毎月1500万円超の家賃が入ってくる。
店舗を貸し出せば、わずか2ヵ月でその費用は回収できるはずだが、なぜオーナーは空き店舗のままにしているのだろうか。
「危ない扉」
週刊現代の取材に応じたテナントオーナーの大森徹氏(仮名)は、こう憤るのだった。
「工事を行った大林組に納品された扉は欠陥だらけ。不可解な穴が開いているし、扉が正常に開けることができず、危険なのです。
これでは、店を開くテナントの顧客に危害がおよぶ可能性がある。評判がなにより大切な一流ブランドのテナントに、こんな危ない店舗を貸し出すことはできません」
テナントオーナーの憤慨の背景には、いったい何があったのか。
後編『一等地なのに2年間も「空き店舗」の悲劇…!「表参道ヒルズ」で起きた「森ビルvs地権者」裁判に見る「都市再生の後に起きること」』で、テナントオーナーの大森氏の主張に耳を傾けていこう。